3話 遭遇

 昔を思い出した。何故か、不意に思い出したのは丁度この坂辺りで遊んだことがあったからだろう。そういえば、あの子は一体どこの子だったんだろう?こんな辺鄙な田舎なら大抵は顔見知りで知らない子なんていない筈なんだけど……それに、その事を両親に話したらえらい剣幕で怒られて、その後しばらくの間は外に出してもらえなかった記憶も蘇って来た。まぁ、夜遅くまで遊んでいたから仕方ないのだけど。

 

 人っ子一人いないどころか車さえ通らない道を思う存分に走るのはとても気持ちが良かった。都会ならばこうはいかないと、そんな風に思いながら彼方此方を走っていた俺は何時の間にか母が口酸っぱく注意した鬼追坂にやってきていた。


 そこそこの勾配に何本ものカーブはそれなりに危険なようで、時折スピードを上げすぎた車が転落して事故を起こすという縁起でもない坂。母を含む古い連中は事故が起こるたびに"鬼が出た"と口を揃えたが、そんなことある訳ないだろう。

 

 が、その坂の入り口に差し掛かった辺りで急に寒気がした。ソレまでの生温い空気とは明らかに違う冷えた空気はまるで真冬の様に冷たく、だから級に身震いがした。寒い。気が付けばそう呟いていたが、だけど少し運動すれば温まるだろう。


 そう思ってペダルに足を掛けたその時、真後ろから何か音が聞こえた……様な気がした。いや、有り得ないから。科学が胡散臭い伝承や神の存在を否定してどれだけ時間が経っていると思っているんだ?大丈夫、何もいやしない。そう、その時までは楽観視していた。実際に後ろを見るまでは。


 後ろは直線、そして十数メートル先には不気味に明滅する街灯。それは数百メートルおきに設置されていているために、まるでその場所だけ切り取られたかのような印象を与える。俺が振り向けば、真っ暗な闇の中にポツンと浮かぶ街灯の光の中に浮かぶ人影。いやいやいやいや、さっき通った時にそんな奴いなかっただろ?ならアレはナンダ?と、遠目で観察すれば、それは明らかに異常な格好をしていた。


 身に纏うのは白地に赤黒い斑点がまばらについた和服、ここまでは良い。問題はその次。顔を見れば鬼の様な面をかぶっていた。この時点で相当ヤバいと思っていたのだが、その手に持っている物に気づいた俺はヒッと声を漏らした。包丁だ。アイツ包丁持ってやがる、しかも赤い何かが滴っている。血だと、そう気づいた頃には俺はペダルを踏み込んで坂を下っていた。

 

 夜の道路で出会ったのは鬼の面を被った和服を着た何か。胸のふくらみから見れば恐らく女。手には包丁を持ち、服と包丁は血塗れ。悪戯かも知れないと、最初はそう思った。思っていた。思いたかった。


「何なんだよ!!」

 

 必死でペダルを漕ぎながら俺はそう叫んだ。耳に届くのは俺の情けない叫び声、チェーンの音、風、そしてペタペタと素足で走る足音。後ろを振り向けば全速力のロードバイクに追いつこうとする和服の女。有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ないだろ!!幾ら何でも早すぎるッ。突如始まった鬼ごっこに俺は戸惑いながらもひたすらに漕ぎ続けた。


 止まったらどうなるか……そう考えれば背筋に冷たい何かが走り、また同時に母の忠告を素直に聞いておくべきだったという後悔が浮かんだ直後、目の前に灯りが見えたその中には所謂いわゆる巫女装束を纏った女の姿が見えて、その女は何かコチラに手招きをしている。

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