第15話 審判

話が急展開したのは、俺が死んで35日目の事だった。

本来なら5度目の審判の日で、俺のこれからの行き先が決まるはずだった。

正路は俺の前に現れると、いつもと様子が違っていた。少し慌てた様子で、

「驚かずに私についてきて下さい。決して悪い事はありませんから。」

そう言って正路に手を握られると、目の前が一瞬で白いモヤに包まれた。

白いモヤが晴れると、まるで瞬間移動したように、一瞬で周りの光景が変わった。


正路の言葉とは正反対で、いかにも悪い事が起こりそうな、不穏な空気に包まれた空間だった。まるで洞窟の中のような暗く、冷たい空間で、嫌な予感しかなかった。


目が慣れてくると、目の前の玉座のような椅子に誰かが静かに座っているのが見えた。

正路は、黙ったままお辞儀をした。

「おまえが片瀬陽介か…」

その低くて響く声は、とても人の声とは思えなかった。

赤黒い肌で眉は太く、目はギョロとしていて口もでかい。険しい表情で、ゆっくり立ち上がると2メートルはあるのではないかと思うほどのデカさの上に、かなりのガタイの大きさだった。

俺は腕で防御しながら、無意識に後ずさっていた。

「片瀬陽介…。お前は死後、一人の人間の命を救ったそうだな。」

「え…人間を救った?」

俺はこの状況の中で、頭はパニクっていた。

「陽介様!高木様の事ですよ。」

正路が俺にそっと耳打ちしてきた。

「あ、ああ。はい。そうなります。」

そう言うと、そのまるで鬼のような巨大な妖怪?は、姿とは似つかわしく、困った顔で大きなため息をついて、玉座にドシーンと大きな音を立てて座った。

「こんな事は初めてだ。」

その妖怪は頭を抱えると、手で隠れていない片目だけギョロっと俺に目を向けた。

こわっ、なにこの状況?俺は震え上がっていた。

「片瀬陽介!本来なら、私が審判を下すところだが、そもそもお前は死ぬ天命ではなかった。」

俺は混乱していて理解するのに、しばらくかかった。

「は?どう言う事だよ!」

「お前は本来88歳まで天命を全うする運命だった。だが今回の事は偶発的に起きた事だった。」

「間違いだった?ってこと?なら、今すぐ戻してくれよ。」

俺は声の限りに叫んだ。

「それは出来ない!」

即答だった。

「なんだよそれ!」

俺はしゃがみ込んで頭を抱えた。


「お前は覚えているのか?事故の時、雷に驚いて飛び出した猫を避けたために、車の事故に巻き込まれてしまったんだ。猫の命と自分を引き換えにしてしまったんだ…」

「そうか…あの時…無意識に避けて自転車ごと転んでしまった。そこへ雨でスリップした車が…」

頭の中でなんとも言えない事故の時の衝突音がこだまして、目をぎゅっと瞑った。

「そして、死後…またしても人間の命を救った…49日彷徨う間はみんな自分の最後の望みを叶えるので精一杯なのに…他人の命まで救ってしまうとは…信じがたい…」

妖怪は頭を悩ませている様子だった。

すると正路が、

「どうか善処していただけると幸いです。」

そう言って、深々と一礼をした。

俺もそれに習って、一礼した。

「異例ではあるが、仕方あるまい。二つの命を救った片瀬陽介。お前の2つの望みを聞いてやろう。」

俺が食い気味に、

「では、生き返らせ…

と言おうとすると、手で制止され、

「それは無理だ。あくまでお前はもう死んだ人間だ。天上界に行きたいなら、それもいい。だが、すでに死んで荼毘に付されたお前が生き返る事は出来ない。」

天上界?天国ってことか?こんな気持ちのまま、天国へ行ったって幸せとは言えない。この世にこんなに未練を残したままいけない。


「俺は…俺は…萌に会って話がしたい。」

「いいだろう。ただし、一夜限りだ。わかったか?」

「わかった。」

妖怪は目をつぶって納得したようにうなづいた。

「じゃあ、もう一つは?」

そう言われて、俺は戸惑った。本当なら生きて戻して欲しい。それがいちばんの願いだ。だけど、それが叶わないとしたら…

「正路の記憶を戻して、昇華させてやりたい。」

「陽介様!何を言ってるんですか?望みを叶えてくださるなど、異例中の異例ですよ。もっとよく考えて、ご自分のために…」

「いや、いいんだ。それが俺の願いだから。」

「陽介様…」

正路は目に涙を浮かべた。

「その記憶は正路、お前を苦しめるかもしれんぞ。」

妖怪が重い低い声で呟いた。

正路は、その言葉を聞いて絶句していた。

「でも、ずっと記憶もないまま、一人で彷徨い続けるのはつらすぎる。俺は正路と次の世界に行くって決めたんだ。」

「本当にその願いでいいんだな?」

妖怪が念を押した。

「ああ。」

俺は鼻息も荒く、大きな声で返事をした。

「わかった。」

そう妖怪の返事を聞いたと思った瞬間、すでにその異様な空間からは抜け出していた。


目の前には、俺たちを取り残したまま、いつもと変わらない日常が流れていた。

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