第14話 正路の過去

しばらく俺を見下ろしていた正路が、黙ったまま俺の隣に同じように座った。

どれくらい沈黙が続いたのだろう。

正路と2人でこうして並んで座っていると、段々と気持ちが落ち着いてきた。


しばらく経って、その沈黙を破ったのは俺だった。

「どうするのが正解だったんだろう。俺のした事はかえって、萌を傷つけただけじゃなかったのか。あんな悲痛な泣き声を聞くために伝えたんじゃないのに…」

「残念ながら、私には分かりません。」

正路は、静かにそう言った。


「正路は死神なのか?」

「死神ではありません。」

「じゃあなぜ、死んだ人の道先案内人なんかしているんだ?」

「私もあなたと同じ死んだ人間です。しかし、全く記憶がありません。記憶がないので、どこへ行けばいいのか、どうすればいいのかわからないのです。でも、この世に未練があるのか、どこへも行けず、ただずっと彷徨っているのです。」

遠い目で話す正路の横顔。最近、たまに人間らしい表情が垣間見えるようになった気がする。

「わからないのなら、もうこのまま死後の世界へ行こうと思わないのか?」

「何度も、そう考えましたが、なぜか、この世に引き止められるんです。でも、それがなぜなのかわからない。正路という名前も、私の道先案内人がつけてくれた名前で、本当の名前ではありません。正しい道に進むようにと言うことでつけてくれた名前です。」

「え?じゃあ正路は一体どれくらい彷徨っているんだ?」

「もう8年になります…」

「そんなに?」

「俺はたった28日で、こんなにつらい思いをして抱えきれないでいるのに、それを8年も?」

すると正路が少し苦笑いをしたように見えた。

「陽介様ほど大変ではありません。なにしろ、私には記憶がありませんから、悲しみ苦しむことはありません。」

だから8年も彷徨ううちに感情を無くしてしまっていたのか。


「正路も突発的な事故なのか?」

「いえ、事故の場合は逆に記憶が鮮明なことが多いです。だから、そうではないと思うんですけど…何も…わからない。ただ…」

正路は言い淀んだ。

「ただ?何?」

「私の道先案内人は、私に…とてもよく似ていた。まるで私…だった。」

正路は確かめるように、ゆっくりと話した。

「え?」 

俺は一瞬どう言う意味かわからなかった。

「正路がふたりいるってこと?」

「いや…私の思い違いかもしれません。その頃の記憶も曖昧ですし…」

正路は、横に首を振った。

「その後、私と同じ人には会ったことはありません。私の幻覚だったのかもしれません…」

同じ顔、同じ人がふたり…俺はある仮説を思いついた!

「もしかして正路!それって双子だったって事じゃないのか?」

「双子?…考えたこともありませんでした。」

少し慌てる正路。だがすぐに、そのトーンが落ちた。

「でもそれも確かめる術がありません。」

「んー。でも、双子ってそんなにたくさんはいないよな?俺が思うに正路は24、5ってとこで、それから8年経ってるってことは、32、3だろ?…ちょっとついてきて!」

俺は、正路の手首を掴むと、走り出した。

ちょっとひらめいたんだ。それもあるが、何かしてないと、いろいろ考えてしまう。今は他のことを考えていたい。


******


「ここは…」

正路が辺りを見回した。

「そうだよ。学校の図書館!」

俺は得意げに笑って見せた。

「何を考えてるんですか?」

「一か八かだよ。」

そう言って俺は図書館の中を探し回った。


「あった!」 

「え?卒業アルバム?」

「そう。双子って、割と少ないんじゃないかと思うんだよね。この学校とは限らないけど、確かめてみる価値はあるんじゃないかな?」

そう言いながら、俺は卒業アルバムを一冊出しては、何年のアルバムか次々と確認していった。

「33くらいってことは、高校卒業が…15年くらい前か?とりあえず、この辺りから…」

そう言って、アルバムを取り出して、一人一人指差し、確認していった。


******


どれくらい時間が経っただろう。もう時間の感覚さえなくなってきた。


「あー、やっぱり無理かー。」

床一面にアルバムを広げてみたが、やはりそう簡単に見つかるわけない。

「正路は?なんか見つけた?知ってる生徒とか先生とか…」

「すいません。全然わかりません。」

「そりゃ、仕方ないよ。8年も記憶がないんだ。そんなに簡単には思い出さないよな?」

少し期待しただけに、正路もがっかりしたようだ。

「若く見えるだけで、案外もっと年取ってんのかもな。」

俺は冗談でこの場を和ませようとした。

取り出しかけたアルバムに引きずられて、一気にその棚のアルバムが床一面に散らばった。

「大丈夫ですか?」

「ああ、俺は大丈夫。」

2人で散らばったアルバムを拾って回った。


おもむろに、正路の手が止まった。

「何やってんだよー。正路も片付け手伝ってくれよ。」

固まったまま動かない正路に声をかけた。

「正路?」

俺が正路の視線の先を追うと…

いた!

「正路じゃん!」

今より少し髪が伸びてもっさりした感じだが、切れ長の目元、間違いない正路だ。

「他のページは?同じ顔の…」

正路が慌ててページをめくると、

「いたよ!もう一人の正路…」

2人はそのまま時が止まったように、固まった。

まさか本当に双子だったとは。

でもどちらが正路か、一目で分かった。

「正路と同じ、口元のほくろがあるのは、こっち!」

そう言って写真を指差した。

そこには、相原 悠太と書いてあった。

そして、もう一人正路と同じ顔をした相原 聡太だった。


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