第7話 現実
数週間前のことーーー
ぼんやりする頭で目覚めると、雨音の合間に、遠くからサイレンの音が聞こえる。近づいてきているのか、やけにうるさいな…
俺はなぜこんなところで倒れているんだ?体を起こそうとしたが、あれ?痛いわけでもないのに、身体が思うように動かない。重い身体を無理やり反動をつけて起こしてみた。
なんだったんだ?さっきまで重く感じた体が逆に軽く感じた。
大雨の中、辺りを見回してみると、交差点の信号は停電のせいか灯りを失っていた。
やっぱり事故があったのか…
交差点のところで軽自動車が横転している。そこから、数メートル手前にタイヤがグシャグシャになった自転車が倒れていた。視線を落とすと、
「うわっ!」
俺の足元に人が倒れていた。
俺は尻もちをついたまま、後ずさった。
「きゅ…救急車…」
震える手で、あらゆるポケットをまさぐったが、携帯が見つからない。
その時、救急車のパトランプの光が視界に映った。
到着した救急隊員が倒れていた人を担架に乗せて運ぶのを、俺はボーッと見ていた。
「息はあるのか?」
なんとなくそう思った。
担架からするりと力なく腕が垂れ下がった。
視界に入ったその腕時計に見覚えが…
「え?あれは萌にもらった時計と同じ?!」
「そうですよ。気づきましたか?」
背後から声をかけられて、ハッとして振り向くと、真後ろに全身黒づくめのスーツ姿の男が立っていた。
「近っ…」
俺は、後退りをした。
見るからに怪しい雰囲気。異様なほど白い顔に、黒い目が光っていた。顔立ちが綺麗なだけに冷たい感じがした。
手にはシルクハットを持っていて、今の時代になんと不似合いな格好なんだと思った。直感でいかにも怪しい人物と感じた。出来るだけこういうタイプとは関わらない方がいい。
「なっ…なんですか?」
「お迎えに上がりました。片瀬陽介様。」
そう言うと黒づくめの男が、俺に一礼した。
「え?」
「見ての通り、あなたは先ほど事故でお亡くなりになりました。」
手で救急車を差し示した。
「そうです。あれがあなたです。」
「は?何言ってんだよ、意味わかんない…」
俺は混乱する頭を抱えながら、救急車に担ぎ込まれる俺?を見た。
「あれが俺?嘘だ!俺はここにいる!悪い冗談はやめてくれ。」
「どちらも本物のあなたですが、もう彼の方は抜け殻ですがね。」
この大雨の中、救急隊員はずぶ濡れになりながら、担架を救急車の中へと担ぎ込んでいた。
ハッとして俺は、自分と黒づくめの男を見比べた。
なぜだ?なぜなんだ?こんな大雨なのに、俺とこの男だけは濡れていない!俺は凍りついた。
「理解して頂けましたか?私たちは実体がないので…それでは参りましょう。」
「行くってどこへ?っていうか、あんたは誰なんだ?」
「申し遅れました私、行き先案内人の
「案内人?」
「はい。そうです。」
この状況が飲み込めず、まるで夢を見ているようだ。
正路と名乗る彼とのやりとりも、他人事のようで、まるで実感がない。救急車のいなくなったこの場所で呆然と立ち尽くした。
「これじゃ…俺の方が抜け殻だ…」
「では、参りましょうか。」
そう言われて、我に返った。
「嫌だ!待ってくれ!俺にはやらなきゃ…伝えなきゃいけないことがあるんだ!まだ逝けない!逝くわけにいかないんだ!」
俺はうずくまりながら、叫んだ。
「皆さん、そうおっしゃいます。特に突然の事故死の方は。」
正路と名乗る男はとても冷静だった。
「すぐに逝くわけではありません。段階を踏んでからです。」
「段階?」
「まず、あなたがどうなったか見に行きましょう」
そう言われついて行くと、そこは病院だった。
******
「ようすけぇーーー」
母の悲痛な叫び声が聞こえた。
ベットには俺が青白い顔で横たわっていた。
父、母、そして萌のお母さん、野球部の仲間が数人、俺を囲んで号泣していた。
萌は?萌がいない?
俺は慌てて、萌のところへ走った。
萌の家に着いて、玄関のドアを開けようとするが、実体がない俺には開けられない。何度試みても、ドアノブが掴めない。
覚悟を決めて、ドアにぶつかって行った。
すると、するりと体がドアを通り抜け、勢い余って玄関に倒れた。
起き上がると、急いで萌の部屋へと階段を駆け上がって行った。
さっきと同じように部屋のドアを押してみると、そのまま何もないようにすり抜けられた。
萌はベットの上に膝を抱えて、座り込んでいた。
身じろぎもせず、目は虚でどこを見ているのか…
萌はもう俺が死んだことを聞いたのか?!
「萌!俺だよ!陽介だよ。」
しかし、萌の耳には届いていないようだ。全く反応がない。
「萌…」
手を伸ばしてみても、萌を通り抜けて触れることもできない。
「萌…」
結局俺に気づかない萌の側で、ずっと隣に寄り添って座っていた。
萌は一晩中、ピクリとも動かなかった。
カーテンの隙間から、朝日が差し込んできた。
「陽介、起こしに行かなきゃ。」
そう言って萌はゆっくりと立ちあがろうとしたが、その場にへたり込んでしまった。
「萌!大丈夫か?」
萌の体を起こそうと、腕を掴んでみるが、俺の手はまた
もう萌に話しかけることも、触れることもできないんだと気づいた。
俺は、本当に死んだんだ…。
そう思うと悔しくて悔しくて涙がとめどなく溢れた。
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