第5話 後悔
しばらく無言で陽介の隣に座っていた。
何も考えられないし、考えたくない。
何の実感もない。
静寂の中、野球部員の友人たちが、声をかけてきた。
「萌ちゃん。」
「竹内君…。」
竹内君は、クラスメイトでもあり、陽介の友人でもあり、野球部員の仲間でもある。
「俺たちもまだ信じられないんだけど…萌ちゃんも、俺たちと同じ気持ちだと思って…。」
私は黙ったまま、うなづいた。
そうだ。私1人じゃない。みんな動揺してるし、信じられない。信じたくない。それは、みんな同じなんだ。
エミおばさんも。永島さんも。野球部のみんなも。
いつのまにか、陽介を取り囲むようにたくさんの人が集まっていた。
「俺たち、本当はゆっくり萌ちゃんと話したかったんだ。でも、練習も忙しいし、いつも陽介がそばに居て、邪魔するなって言うから、今までゆっくり話せなかったんだけど…。」
「邪魔なんかじゃ…」
「いゃ〜、それがさ、いつも陽介が萌ちゃんと一緒だから、野球部員の間でも萌ちゃん有名でさ。」
「私が?」
「陽介と萌ちゃんは、幼なじみだって聞いたから、先輩が萌ちゃん可愛いから紹介しろって話になって、そうしたら、陽介が『絶対ダメだ!他の誰でもダメ!萌は俺の萌だから。』って。」
「陽介が?私には何も言ってくれなかったのに…」
「それはね。『大切だからこそ、簡単に好きって言えない。それに、そんな言葉じゃ足りない。』って。」
それに続き他の部員が、
「そうそう、俺ん家のカフェで内緒でバイトしてたんだよ?萌ちゃんの誕生日プレゼントのために!」
そう言うと、みんなが口々に話し始めた。
「だけど、練習があるからなかなかバイトいけなくて、バイト代が貯まらないって嘆いてたよ。」
「でも、ピッチャーだし、身体が資本だから絶対無理するな!ってみんなで言ってたんだよ。」
「そうそう、甲子園で負けた後の夏休みは、野球部の2年生全部員が海の家でバイトしてさ。あの時は楽しかったな。陽介って、パーフェクトに見えるけど、すごい不器用で、かき氷作らせたらさ、シロップかける頃には、もう氷が半分になっててさ。」
「ああ、そんなことあった!あった!」
「あいつ、萌ちゃんの前ではいつもカッコつけてたけどさ、歌わせたらこれがヘタクソでさ。」
「それは、私も知ってる。」
みんなにつられて、私もクスッと笑った。
「『歌ってる時の萌ちゃんはキラキラしててカッコいい』って言ってたな。」
私が?キラキラ眩しかったのは、陽介の方なのに。
結局、その日は夜通し陽介を囲んで、みんなと陽介との思い出話を語り合った。
私の知らない一面も知る事も出来た。
私の事をカッコいいと思っててくれたところ。
実は意外に独占欲が強く嫉妬深いところ。
結構、人前で平気でのろけちゃうところ。
いろいろな顔の陽介がいたことを知った。
陽介は生きてる!みんなの心の中で。
翌日、陽介は荼毘に付された。
******
それから数週間が経った。
でも、私は未だに学校へ行けていない。
みんなが私の心配をしているのもわかるけど、腫れ物扱いされるのも嫌で、結局時間だけが過ぎて行った。
「おはよう。」
家の外から元気な声が聞こえた。2階の部屋の窓から下を見下ろすと、沙織が大きく手を振っていた。
「沙織。」
「1人じゃなかなか踏ん切りつかないと思ってさ。一緒に行こうよ。そばについててあげるからさ。」
「沙織…」
沙織の優しさが、身に沁みた。
いつもなら、陽介と2人での通学路を、今日は沙織とゆっくりゆっくり歩いて行った。
学校へ行くと、みんな極力普通に接してくれた。そう気遣ってくれているのが、わかった。それがかえって陽介が亡くなったのは本当なんだと突きつけてくる。でも、陽介がいなくても、日常は変わらず進んでいくんだと実感した。
「萌、英語の教科書持ってる?課題やってないでしょ?」
「あると思うよ。待って。」
私は机の中に手を突っ込んでゴソゴソと探した。すると、何か指に角があたった。
「何?」
取り出してみると、淡いピンク色の封筒が出てきた。宛名も差出人も何も書いてない。
なにこれ?不思議に思いながら、封筒を開けると、懐かしい陽介の部屋の匂いがした。中には、ガーベラの写真のカードが入っていた。
陽介だ!
すぐに開く勇気が出なくて、手が震えた。
私はその手紙を持って、人気の少ない廊下の突き当たりまで走って行った。
壁にもたれかかりながら、手紙を胸に抱いた。
陽介からの手紙は初めてだ。しかも、なぜ机の中にあったんだろう。と思ってハッとした。そうだ!事故の日、陽介は一人で学校に戻ったって。もしかしてその時に?
震える手で、そっとカードを開いた。
『
萌へ
ずっと言いたくて
ずっと言えなかった
あまりにも萌の存在が大きくて
誰よりも何より大切な存在なんだ
萌 大好きだ
陽介 』
それだけが書かれていた。
不器用な陽介らしい文面だった。
「あはっ…、それだけ?」と笑いかけたのに、目から涙が溢れた。
陽介が亡くなって、現実として受け止められてなかった。信じられなくて、信じたくなくて、私は魂の抜けた抜け殻のようになってしまって、涙さえ出なかった。
今になって、陽介からの最期の手紙なんだと実感した。
やっと陽介本人から言ってもらえた。
でも、心は届いても、通じ合えない。私の気持ちを陽介に伝える事が出来ない。陽介の寝顔を見る事も、触れる事ももう出来ないんだ。
両想いだったとわかっても、陽介とキスする事も抱きしめることも抱きしめてもらうことも、もう出来ないんだと、今更ながら気づいてしまった。
そう思うと次から次へと涙が溢れて、私はところ構わず、座り込んで大声を上げて泣いた。
悲しい…寂しい…心の半分をもぎ取られたようで苦しい。
伝えられなかった後悔が私の心を引きちぎるように痛い。
「萌!」
駆けつけた沙織が私の肩を抱いた。
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