第4話 突然の別れ

「萌!萌!開けなさい!」

ドンドンドン!

母が私の部屋のドアを叩く音が聞こえる。

けれど、私の心にまでは届かない。

部屋の鍵を閉め、布団に潜り込んだまま、閉じこもった。

「萌…。」

力なく呟く母。諦めたのか、ドアを叩くのをやめ、しばらく沈黙が続いた後、階段を降りていく音が聞こえた。母の足音も重かった。


陽介が亡くなった?意味わかんないんだけど。そんなわけないじゃん。

昨日だって、今朝練習試合に行く前だって、いつも通り元気だった。なんで?なのに亡くなるわけないじゃん。


あれから、何時間経ったんだろう。

一晩中、ベットでひざを抱えて座ったまま、みじろぎもせず朝を迎えた。

昨日の台風が嘘のように、眩しい朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。

一睡もしてないのに、なぜか頭だけは冴えていた。


「陽介、起こしに行かなきゃ。」

私はゆっくり立ち上がった。けれど、足に力が入らず、その場にへたり込んだ。


すると、部屋のドア越しに母が私に話しかけて来た。

「萌。話せる?」


私はヨロヨロと立ち上がって、無言でドアを開けた。

「今晩がお通夜で、明日がお葬式よ。今日は、あなたも行くのよ。」

「行かない。」

私は俯いたまま、母とは目線を合わせなかった。

「何を言ってるの?きちんとお別れをしないと後悔するわよ。」

私はキツく唇を噛んだ。

「お別れ?だって、陽介は死んでない…私に何も言わずに死んだりなんかしないわ。」

私は叫んでいた。


すると、母に両腕を強く掴まれ、体を揺さぶられた。そして、すごい気迫で肩を押さえつけ、私を座らせた。

私の目を見つめる母の目も潤んでいた。

「萌。よく聞いて、お通夜やお葬式は亡くなった人のためだけじゃないのよ!」

私は認めるのが嫌で、母から目線を外した。

「………。」

「遺された人のためでもあるの…今すぐにわからなくても、行けばきっとわかるから。一緒に行こう!」

「………。」

私はそれ以上、何も言う気にはならなかった。


   ******


エミおばさんのたっての希望で、お通夜は自宅で営まれた。

おばさんの気持ちを考えるだけでも、私は胸を引き裂かれる思いだった。


陽介は練習試合を終え、一度学校へ立ち寄ってから、1人自転車で家に急いで帰ったと聞いた。

だが帰宅途中で、雨風がひどくなり、視界が悪い上に、道路は浸水が始まっていて、スリップした車の巻き添えになったそうだ。


いつもと違って、一階のリビング横にある和室で陽介は、眠っていた。

私が起こさないと陽介は起きないんだ…。

私は陽介の側に座ると、

「陽介!遅刻するよ。起きて!」

もちろん返事はない。いつもと変わらない綺麗な顔で眠っている。

「何でいつもすぐに起きてくれないかなぁ?」

そう力なく呟いた。

すると、肩にそっと手が置かれた。

振り返ると、永島さんがそこに居た。

「少し話せる?」



「急にこんな事になるなんて思ってもみなかったから…でも、もし誤解してたらそのままにしてちゃいけないと思って。」

そう永島さんが話を切り出した。

「誤解?」

「そう。片瀬くんとの事。」

私はごっくんと音を鳴らして、唾を飲み込んだ。

「私と片瀬くんが、腕を組んで歩いてるのを見た人がいて、私たちが付き合ってるって言う噂が流れたでしょ?それは、誤解なの。あれは、片瀬くんが私に借りを返してくれただけなの。」


何のことだかさっぱりわからなかった。


「私の口から言うのも、どうかと思ったんだけど、もう私にしかあなたに伝える事が出来ないから…

実はね。文化祭で、萌さんはミュージカルに出てたでしょう?その時間帯は、片瀬くんはクラスの出し物の係が当たってて、萌さんのミュージカルを見に行ける状況じゃなかったの。

でも…

『萌が歌ってるのを見逃したくない。どうしても見に行きたいんだ。係を代わってほしい』って言われたの。

私もミスコンの準備でバタバタしてたから、迷ったんだけど、クラスの手伝いをしてないのは私だけだったし、片瀬くんがあんまりにも一生懸命頼むから、じゃあこれは借りね。私が困ったり助けて欲しい時には手を貸してって約束したの。」

「え?」

「それで、この前私の元彼が、ヨリを戻そうってストーカーみたいにしつこいから、片瀬くんに彼氏のふりをして、あの時の借りを返して欲しいって…そう言うわけで、私たちは付き合ってるわけでも何でもないの。ただの友人。それだけなの。」

「そうだったんですか…」


私は他人事のように答えた。今さら、それがわかったところで、私にはもうどうすることもできない。無力感に苛まれていると、

「元彼に会いに行く途中に片瀬くんに聞いたの。彼女作る気ないの?って、 そしたら『俺には萌がいるから。俺にとってかけがえのない人だから。』って…」


どうして、私はそれを陽介から直接聞けなかったんだろう。どうして、陽介は言ってくれなかったんだろう。


それを聞いても、涙も出ない。嬉しいはずなのに、嬉しくない。もちろん実感もない。

真実味が感じられない。


私は何を怖がっていたんだろう。

何を怖がって、気持ちを伝えるのをためらっていたんだろう。

結果的に両思いになるとか、フラれるかもしれないとか、そんな事より、私の本当の気持ちを陽介に伝える事が一番大事なことだったのに。

今になって、気づくなんて…

陽介を失うことが一番怖い事だったのに…。

側にいるのが当たり前だなんて…この世の中当たり前なんてひとつもないのに。好きだから、側にいたのに。


いつのまにか、沙織が駆けつけていた。

私の顔を見ると、そっと力強く私を抱きしめてくれた。

私はなにも言えなかった。

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