第3話 すれ違い


そして数週間経った放課後。

私は、陽介の部活が終わるのを待って一緒に帰るつもりだった。

「萌。今日は、悪いけど先に帰ってて。」

「何?委員会かなんか?いいよ。全然、待ってるよ。」

「いや。そうじゃないんだ。クラスの子と、約束があって。」

「そうなんだ。わかった。じゃあ、先に帰るね。」

そう言って、私たちは手を振って別れた。


離れてみると、陽介の存在がどれだけ大きいか思い知らされる。一人で帰る道はいつもより長く感じる。

依存しているわけではないけれど、お互いが側に居る事が当たり前過ぎたんだ。

そんな私が陽介を好きだと認識するには、やはりきっかけが必要だった。

あれは、中2の夏だった。野球の試合中に、陽介が足首に怪我をして1週間ほど入院した時だ。そんなに長い間離れていたのは初めだったし、コロナ禍で面会も出来ない状態だった。1週間も会えないのが、こんなに寂しくて、苦しくて、ツラいとは思わなかった。

なのに、陽介はそんな私の気持ちも知らずに、大人買いしてもらった漫画を読破出来て、面白かったって、そんな話ばっかり。

私は自分の気持ちに気づいたばっかりに、その時、告白もしてないのに、フラれた気分だった事を思い出した。


翌朝は、いつものように陽介と登校した。

「萌。今日はなんかご機嫌だね。」

そりゃ、陽介と一緒だもん。当たり前のように一緒に居られるってやっぱり幸せ。

「え?普通だよ。」 

昨日は一人で寂しかったんだから。

「なら、いいけど。」

私に反して、陽介が何となく元気がない気がした。

「陽介は?昨日の用事なんだったの?」

「いや、別に大したことじゃないよ。」

陽介にしては珍しく、言葉を濁した。

けれど、何度も聞くのもどうかと思ったし、陽介と一緒で私はご機嫌だった。

だから、その時は深く気にも留めなかった。


学校へ着くと靴箱のところで、陽介と分かれて、それぞれの教室へ向かった。


「おはよう。」

勢いよく教室のドアを開けて入ると、

「ねぇ。萌は知ってた?」

クラスの女子が数人、束になって押し寄せて来た。

その勢いに押され気味になりながら、鞄を胸の前に抱え込んだ。

なんかイヤな予感。

「え?なんかあった?」

「昨日、片瀬くんが永島さんと腕組んで歩いてたって!」

「なんか知ってる?」

「もしかして、もう2人は付き合ってるの?」

突然の質問攻め。でも私には腕を組んで歩いてたと言う言葉までしか、耳に入ってこなかった。


陽介が?しばらく呆然としていたが、周りの声で我に返った。

「ねえ。知ってることあったら教えて!」

「永島さんって、陽介と同じクラスの?ミス南の永島さん?」

「そうよ。文化祭でミス南高校に選ばれた永島さん!美男美女でお似合いなのが、また悔しいじゃない?幼なじみの木下さんなら、何か知ってるかと思って。」

まさか、昨日のクラスの子との約束って永島さんだったの?!

私はギュッと胸の痛みを感じ、うずくまった。

「木下さん!木下さん!どうしたの?お腹痛いの?」


「熱はないわね。まあ、休んでるといいわ。担任の先生に伝えてくるわね。」

保健の先生はそう言うと、後ろ手に保健室のドアを閉めて出て行った。


私は布団に潜り込んだ。

自然と目に涙が浮かんできた。

いつかこんな日が来るかもしれないと、想像したりもしたけど、それでもやっぱり、本当は陽介も私の事、密かに想ってくれてるんじゃないかとどこかで自惚れてた。


中途半端な事をするような陽介じゃないもん。簡単に女の子と腕を組んだりしない。と言うことは、本当に永島さんと…。

私はとめどもなく溢れる涙をどうする事も出来なかった。


昼休みになって、沙織が心配して保健室に来てくれた。

「萌〜。だから言ったじゃない。そんなに泣くくらいなら、ちゃんと伝えなきゃ。」

私の泣き腫らした目を見て察したようだ。

「だって〜。怖かったんだもん。もしフラれたら、私は終わりだよ?!」

「それは、萌の想像でしかないでしょう?想像で、自己完結させてるだけじゃない!

萌の気持ちが萌にしかわからないように、片瀬くんの気持ちは片瀬くんにしかわからないの!伝えて聞いてみないとわからないじゃない?

それとも、萌は人の気持ちが読めるの?

じゃ、今私は何考えてる?」

捲し立てるように沙織に問い詰められ、

「え?萌ってバカだなぁって?」

「全然違うわよ!お腹空いた。早く食堂行こう。」

2人は顔を見合わせて、大笑いした。

沙織らしい慰め方だと思った。


すると、保健室のドアが、大きな音を立てて開いた。

陽介だ!

「萌、どうした?大丈夫か?」

沙織は気を利かせて、静かに出て行った。

「あ。もう大丈夫。お腹が少し痛かっただけ。もう薬飲んで落ち着いた。」

「そうか。よかった。…その…あのさ…」

「なに?どうしたのよ?」

「いやぁ、昨日のさ、放課後永島と出かけたのが、噂になってるけどさ。別に付き合ってるとかそう言うんじゃないから。」

「なにそれ、私に言い訳なんかする必要ないよ。彼女でも何でもないんだから。」

明るく振る舞ってみたものの、私の胸はまたギュッと痛みを感じた。

そうなんだ。私はただの幼馴染。陽介が誰とデートしたとしても、怒る立場にない。

私は、それ以上陽介の口から永島さんとのことを聞きたくなかった。

「沙織とご飯食べに行くんだ。じゃあね。」

そう言って私は陽介を置いて、保健室を出て行った。


それから、校内で陽介と永島さんが楽しそうに喋っているのを見かけると、胸がギュッと痛くなるのを感じた。

確かにすごいお似合いだ…。


私は、陽介に自分の気持ちを伝えることが出来ないままだった。

私のこの気持ちどこへ持っていけばいいのか、わからない。


   ******


永島との一件以来、何となく萌に避けられている気がする。

なんで怒ってるんだ?

怒らせた?怒らせたってことは嫉妬してくれてるってこと?


なら、萌も俺のこと想ってくれてるってことだよな?!

いつか…いつか…そのうちに…って、告白を引き延ばしてたから、誤解されてしまった。

何とかしなきゃ、今の関係を壊したくないからって、いつまでも黙ってるわけにはいかない。

俺もそろそろ決断しなきゃ。


   ******


そんなある日、テレビでは大型の台風が近づいていると言うニュースが流れていた。私たちの街も夕方から雨風がひどく、風が窓を叩きつけていた。


「すごい雨ね。今日、陽介くん練習試合だったんでしょ?もう家に帰ってるのかしら?」

母が窓越しに外を眺め、そう呟きながらカーテンを閉めた。

「さあ、わかんない。」

「どうしたの?喧嘩でもしたの?いつもなら雷の怖い陽介くんの心配するのに。」

「喧嘩なんかしてないよ。それにもう雷が怖いって言う年でもないでしょ?」

「その割には元気ないんじゃない?」

私は母の問いをスルーした。

なんて言えばいいの?もう失恋決定?

これからも幼なじみとして、陽介の側にいたい。でも、私のこの気持ち、どこへ持っていけばいいの?会えば、陽介が好きだって気持ちが溢れて苦しいのに。


リーンリーンリーン

珍しく家の固定電話が鳴った。

夜遅くに鳴り響くその音は、何となく私を不安な気持ちにさせた。


「もしもし…」

母が、しばらく電話相手と話した後、私の方へ振り返った。

「萌。出かける用意をしなさい。」

いつになく、低い静かな声で言った。

「どうしたの?」

胸がザワザワした。

「陽介くんが…」

「ん?」

「陽介くんが…亡くなったって。」


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