第2話 進展したい

「朝から熱いですねー。木下萌さん!」

そう言い、肩をポンと叩かれた。

振り返ると、友人の沙織が立っていた。

「沙織ー。おはよう。そんなに暑いかなぁ?」

「あんたたち2人の事よ。朝からイチャイチャと。」

「イチャイチャなんかしてないわよー。」

顔が赤く熱くなるのがわかって、手で顔をパタパタと仰いだ。

「第一、イチャイチャするような仲じゃないし。」

自分で言って、落ち込んだ。

「まだ告白してないの?」

「え?そんなに驚く?言えないよ。そんなに簡単には…」

「どうしてー?片瀬くんが萌の事、大事にしてるのは誰が見てもわかる事じゃん。告白しちゃえば、幼なじみからカレカノに昇格よ?!」

「そんなに、簡単なことじゃないよ。なら、どうして?陽介からは告白してくれないの?」

「そこにこだわってるの?」

少し呆れたような口調で言われた。

「違うよー。陽介から言ってこないって事は、女として私の事見てないのかもしれないでしょ…って、自分で言ってて悲しくなるわ…でも、それだったら、私が告白する事で、今の関係を壊すくらいなら、今のままの方がいいのかもって…」

「あー、それはわかるわ。」

「でしょ?小学生の頃は、真っ黒になって一緒に遊んでたから、幼なじみの女の子っていうより、仲間感が強いんだよね。」 

「じゃあさ、私は仲間から女に変わったんですってところを見せたら?」

「え?どうやって?」

「2人でデートでもするのよ。とびっきり女らしく、化粧して、ワンピースにハイヒールでも履いてさ。女アピールしなくっちゃ、意識してもらえないんじゃない?」

「なるほど。でも、私にそんな事できるくらいなら、もう告白してるよ。」

「そんな情けない顔しないの!」


2人で話し込んでいるうちに、あっという間に学校に着いた。すると、グラウンドの方から歓声が聞こえてきた。


「見に行ってみる?」

「うん。もちろん。」

そう言うと私は沙織とグラウンドに向かって駆け出した。


カキーン!

バットにボールが良い音をたてて当たり、高く弧を描いて飛んで行った。

「うわー。陽介回れ回れ。」

「キャー、片瀬くーーん!」


グラウンドの金網越しで、黄色い声援を送るたくさんの女子たちがいた。

「皆さん、朝から精が出ますね〜。」

「何?沙織、その言い方!オバさんみたい。」私は吹き出した。

「こんな朝っぱらから、いくら推しのためと言えど、私には朝からこのテンションの高さはないわ。ホント!陽介くんの人気は甲子園以来、うなぎのぼりね。」

「弱小チームだったうちの高校野球部が、地方大会勝ち抜いて、準々決勝まで行ったのは初めてだったしね。やっぱりピッチャーの陽介は注目の的だよね。」

「萌!うかうかしてると、陽介くん、ファンの子たちに取られちゃうよ。怖がってばかりじゃ、伝わんないよ。そろそろ決断する時じゃないの?」


沙織の言葉がドーンと重く心の奥底に響いた。

わかってる。私は幼なじみと言う立場だから、大事にしてくれてるだけで、彼女じゃない。もし、他の子が陽介の彼女になったら?いや、考えられない、考えたくもない!

私はギュッと目を瞑り、首を振った。

今が幸せなだけに、告白して変わってしまうのが、怖かった。

いつか、そのうちに、もっと決心がついてから…。呪文のように何度も唱えた。


そうこうしてるうちに、文化祭シーズンが到来した。

「陽介のクラスは、何するか決まったの?」

「まだ揉めてるなぁ。萌んとこは?」 

「うちはね。ミュージカル!」

「良いなぁ。萌、歌上手いもんな。」

「んー。でもちょっと自信ないんだよね。」

「どうして?」

「…主役なの。」

そう言って私は恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。

「ん?なんか不都合でもあるのか?」

「美女と野獣の主役って言えば?」

「ベル?えー、ベルの役やるんだ。」

「笑った?今、笑ったでしょ?」

私は涙目になりながら、ふくれっ面をした。

「大丈夫!笑ってない。萌なら出来る。出来る。」

「似合わないって思ってるんでしょ?」

「あははっ、でもいいんじゃん?!野獣に立ち向かっていく強さとかは、そのままでいけるよ。」

「やっぱり、そう思ってんだ。」

やっぱり、そう思ってるんだ。頭の中で、反芻した。わかってはいたけど、改めて口にされるとやっぱり悲しい。


陽介とは、子どもの頃みたいにじゃれあったり、ふざけ合ったり、2人でいると時間が経つのも忘れてしまうほど楽しい。陽介の不器用で、雷が怖いって言うとこもむしろ可愛く思える。でも最近時々見せる陽介の紳士な対応に、私はドキドキさせられてばかりだ。いつかこの思いを伝えるんだと思いながらも、勇気が出ない。すぐ側にいるから…言おうと思えば、いつでも言えるから…と毎日同じことを繰り返し考えていた。


   ********


萌は気づいてないんだ!自分に自信がないみたいなこと言ってるけど、歌ってる時の萌はイキイキとしてて、キラキラ輝いてる。初めてちゃんと萌の歌を聞いた時、俺は本当に身動き出来ないほどに釘付けになったんだ。

透き通るような透明感のある声、説得力のある声量。萌に吸い込まれるように、俺の心は奪われたんだ。そう、俺はいつのまにか、萌を好きになってたんだ。

それは、幼なじみとしてなのか、女としてなのか、あまりに一緒にいすぎて、わからなくなっていた。

    

******


そんなある日、

俺はいつも通り、部活を終えて部室を出た。

もうすでにあたりは薄暗くなっていた。

校舎を見上げると萌のクラスの電気がついていることにきづいた。

「さすがに萌は帰ったよな?」

そう思ってメールを送ってみたが既読にならない。


萌がいるとも確信のないまま、教室の前に立つと、ドアが少し開いていた。

「あ、萌…」

ドアに手を伸ばした瞬間、萌はクラスメイトの男に抱き寄せられ、熱く見つめ合っていた。

俺は一瞬凍りついた。

勢いよくドアを開けると、2人が俺に気づき振り向いた。

俺は有無を言わさず、男の肩を強く押しのけ、2人の間に割って入った。

「何してんだよ!」

いつになく強い口調で叫んでいた。

するとクラスメイトの男は訳がわからないといった様子で、

「何って…2人でミュージカルの練習?」

「そうよ!主役の私たちがちゃんと練習しておかないと先に進まないから、2人で居残り練習してたのよ。」

萌にそう言われ、俺は真っ赤になった。

「ごめん。早とちりした。」

「はあ、はあーん!」

クラスメイトの彼は状況把握したらしくニヤニヤと笑った。

「ん?なに?」

萌はどう言う状況か理解できていない様子だった。

すると、彼は俺の肩にポンと手を置くと、

「心中お察しします。」

そう言って去っていった。

あーあーあー。やっちまった。

俺は真っ赤になったまま、頭を抱えてうずくまった。

「え?なに?どうしたの?」

「ごめん。練習の邪魔して。」

「ん?大丈夫だよ。もうそろそろ終わるつもりだったし?」


俺は、萌とアイツがキスするんじゃないかと思ったんだ。そんなの絶対いやだ!あり得ない!そんなところ見たくなくて、止めたんだ。

俺…俺、萌のこと、絶対女として好きじゃん。

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