第16話 暴かれた嘘

 屋敷の庭で、エルムス夫妻と対峙する。アシュレイは対象的な2人の顔を見た。傲岸そうに眉尻をあげる夫人に、憮然と震える亭主。態度がなぜ、こうも違うのか。ささやかな違和感を覚えつつ、手筈通りに進行した。



「早速だがワーナード・スフランが遺児、セリスについて。彼女には父親の遺産が」


「待ちな。セリスが、ワーナードさんの娘だって?」


「そこからなのか……」


「アタシは初耳だ。亭主が、他所でこさえた私生児だって聞いた。母親は行方をくらましたってね」



 咎める視線が、エルムスに突き刺さる。当の本人は飛び跳ねて震えるものの、口だけは滑らかに動いた。



「それは、すまない。兄の娘というのは事実だ。だが待ってくれ、騙すつもりなんて無かった!」


「何がだよこの野郎。ワーナードさんの娘なら、自分の姪って事になるだろ。その子相手に、テメェは随分と冷たく当たったよな」


「色々あるのだ。エリートとして生まれたからには、血の情すら及ばぬ、鉄の掟がある」


「エリートだと、聞いて呆れるね。だったらどうしてテメェは……」



 ヒートアップする気配を、アシュレイが咎める声で止めた。成り行き任せでは、話が一向に進まなくなりそうだ。



「内輪もめは後にしろ。まだ序盤も序盤だ、後がつかえている」


「チッ。後で覚えてろよ」


「続けるぞ。本来であれば、セリスに遺産が入るはずだった。その額は70万ディナにも及ぶ。これはワーナードが生前、仲間に打ち明けた事があり、その私文書も残されている」


「70万とは、結構な大金だな。それはどうなった?」


「叔父を名乗る男が持ち去った。ワーナード家に残された家財も売り払い、あるいは捨てた。その徹底ぶりは、セリスという人間から、出生の記録を奪い去るかのように見えたという」


「こりゃあどういう事だ、オイ。聞いてねぇぞ。何でそんな真似をした?」


「あれは気遣いだ。父親の遺品があると、思い出して辛かろうと思ったのでな」


「それから70万はどうした。テメェが横取りしたのか?」


「とんでもない! 子供にそんな大金を渡せば災いになるだろう。私がしかるべき時を見据えつつ、責任をもって預かっているのだ」



 エルムスは口が達者だ。次から次へと言い訳が踊り狂う。それなりに筋が通っているので、夫人も今ひとつ責めきれていない。


 アシュレイは咳払いの後、追撃した。逃す気など更々ないのだ。



「その70万があれば、セリスは学生を続けられる。本人の意思に反して、退学させる必要などない」


「退学? 何の話をしてんだよ。学費なら期日内に、アタシが払ったし。寮費だって……」


「エルムスが、強硬的に引き取ると言った。学費を無駄にさせられた罰に、娼婦として働き、その金を返せと脅した」


「テメェ、どういう了見だコラ。実の姪に、体を売って金を返せと言ったのか?」



 カーラー夫人もいよいよ限界間近だ。エルムスの両肩を掴み、強く問い詰めた。相当な力が込められていることは、歪んだ表情からも容易に想像できる。



「痛、痛いぞカーラー。折れたらどうする……!」


「良いから答えろよ。アタシは、どういう了見だって聞いてんだ」


「誤解だ、誤解! セリスの奴、学業が奮わなかった。だから追い込むために、少しばかり強い物言いになっただけだ! 可愛い姪に身売りさせるなど、常識的に考えて有りえんだろう!?」



 弁明は、痛みに苦しめられてもなお、饒舌だ。見ようによっては、責める側のカーラーが不利にも思える。言葉巧みに言いくるめられており、決定打を見失っているのだ。


 そんな劣勢を見かねて、クエンが脇から援護した。軽い足取りで、愛想を振りまきながら。



「あれあれぇ? クエンさんは聞いちゃったんですけど。何て言ってたかなぁ。娼館に売り飛ばす前に、オレが仕込んでやるとか、言ってなかったかなぁ? 追い込むにしては、言いすぎじゃないかなぁ? そんでもって、何を教え込む気だったのか、気になっちゃうなぁぁ?」



 クエンが煽る。甘ったるい口調も、人差し指で頬を指す仕草も、破壊力は十分だ。そうして吹き出した夫人の怒りは、余すこと無く亭主へと向けられた。



「このクソ外道が。病的な女好きは治ってねぇのかよォ!!」


「あとそれからぁ、証書館で面白いもの貰ったんですぅ。この3ヶ月で、慰謝料の支払いが4回も。10万とか、20万もの大金がポポンのドン。随分と金払いが良いんですねぇ、どっから出したのかなぁ?」


「まさかとは思うがワーナードさんの遺産じゃねぇだろうな、どうなんだッ!?」


「いや、違う。私のポケットマネェ……」


「それに慰謝料って何だ、今度は何をやらかしやがったァ!!」


「落ち着け。私は誘われたのだ。相手の女が、既婚者だったんだが、私の溢れんばかりの魅力に負けて……」


「言い訳はもうたくさんだ、クソボケ野郎がーーッ!!」

 


 堪忍袋の緒が切れた。カーラーは亭主の胸元を掴み、片手だけで持ち上げた。みるみるうちに、エルムスの顔が青ざめていく。



「か、カーラー。苦じい……!」


「思えば最初の浮気は、アタシの妊娠中だったよな。あん時に首を跳ね飛ばしてたら、ここまで世間様に迷惑かけずに済んだろうよ!」


「たすけて、しんじゃう……」


「おう死ねや。死んじまえよ。そして真人間になって生まれ変われやコラ!」



 カーラーは本気だ。アシュレイはクエンの脇を小突き、何か促した。


 今回の目的は、エルムスの殺害ではないのだ。




「あのぉ、奥様。さすがにブッ殺すのは、やりすぎじゃないです?」


「その通りだ、カーラー夫人。まずは我々の要求に応じて欲しい。殺すのは遺産を返してからが、筋というものだろう」


「待ってな。この細首をへし折ったら、家中の金をかき集めてやるよ」


「まぁまぁ奥様。この糞オヤジは高給取りなんですよ? 生かしてるだけでお金貰えるんだから、殺すのはもったいないですじょ?」


「立派なのは肩書だけだよ。女遊びが酷くて、閑職に追いやられたんだ。王宮勤めのエリート云々抜かしやがるが、やってる事は使いっ走り。小間使いと変わんねぇよ」



 その言葉で、腑に落ちるものがあった。そんなポジションであれば、オーミヤの悲劇を知ることもない。そう思えたのだ。



「なるほどな。疑問が1つ解消した」


「アシュレイ様。スッキリしてるとこ悪いですけど、コイツそろそろ死にますよ?」


「致し方ない。夫婦喧嘩は犬も食わん、と言うしな」


「それもそうですね。外野は見守りましょ」



 アシュレイ達は、万策尽きたとばかりに、芝生に腰を降ろした。その和やかさとは異なり、夫妻は修羅場の真っ最中だ。首締めは許されても、今度は襟首を掴まれては投げられる。起こされてから、また投げられる。


 その折檻は、ボロ雑巾になるまで続けられた。制裁が終わった頃には、エルムスの全身の骨が砕け、瀕死の重傷まで追い詰められたのだ。



「命だけは助けてやる。その代わり、稼いだ金は全て家計に入れろ。奴隷のほうがマシだと思える程の、生き地獄を見せてやるよ。この先、楽に死ねると思うな」


「許じてガーラァー、おねがいぃ……」



 嘆願は届かず。エルムスは家人によって、屋敷の中へ連れて行かれた。魔法によって治療を施すためである。


 カーラー夫人は、そんな亭主の行く末など目もくれず、アシュレイたちに頭を下げた。斧など既に、そこらに放り投げていた。



「済まない! アタシも知らなかったとは言え、亭主の悪事に加担していたらしい!」


「話を理解してくれたなら、それでいい。頭をあげてくれ」


「あぁ、セリスにも謝りたいよ。アタシも、なんだかんだ言って、キツイ事してたんだ。一番の被害者である、あの子に……!」


「それは、落ち着いた頃、タイミングを図った方が良い。突然謝られても、困惑するだけだ」


「そうだよね。そもそも金だよね。何とかして工面するよ。今すぐ全額ってのは難しいけど、亭主の肉を切り売りしてでも用意するからさ」


「今は、その言葉が聞けただけで十分だ」



 夫人は早くも切り替えた。家人に命じて、家中の金をかき集めたのだ。特にエルムスの部屋からは重点的に。


 それでも70万ディナには届かず、せいぜい半額程度だ。宝石や手形の類はあっても、金に変えるには時間がかかり、ここで手渡されても困る。


 結局は30万だけ受け取り、麻の袋を背負った。かなりの重量で、金貨の擦れる音が頼もしそうに鳴り響く。



「よし。じゃあこれを、悲劇の少女に届けてやらんとな」


「おチビちゃんの場所は知ってるんですか? もう学園には居ませんよね」


「あっ……」



 アシュレイ、着地点を失念する。首尾よく金を回収できても、当人に渡せなくては意味がない。



「クエン。魔力探査だ。どこにいるか探れ」


「無理ですよ。めっちゃ遠いし、どの辺に居るかも分かんないし。大人しく帝都で待ちましょうよ」


「待て。アイツが大人しく何日も、馬車に揺られるかどうか。何の保証もない。途中で抜け出して山奥を逃げ回り、最悪、魔獣に食われる可能性だってあるぞ」


「じゃあどうすんです?」


「足で探す。帝都に繋がる街道は多いが、大きく遠回りはするまい。最短ルートか、それに準じた道を選ぶはずだ」


「足で探すって、まさか……」


「手分けして街道を探す。相手は馬車だ。見失う心配は無いだろう」


「やっぱりぃぃ! そんなのやめましょうよ、心配しすぎですって! ここで待ってりゃ、じきに会えますから!」


「泣き言を言うな、駆け足!」


「この鬼過保護! クエンさんにも優しくして!」



 アシュレイ達は、足並み乱しながら駆け去っていく。それから夜通しで、暗闇に染まる街道を駆けずり回るのだ。


 後にクエンは語る。魔獣討伐の方がよほど楽だったと。



 

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