第15話 糾弾の時は今
クエンが酒場で崇拝される頃の事。アシュレイは学園近く、マルマルドの街に居た。目当ては冒険者ギルドだ。扉をくぐれば、通り一遍ながらも、ほがらかな挨拶が投げかけられた。
「ようこそ、街のほんわか冒険者ギルドへ……って、アシュレイさんんん!?」
「少し尋ねたい事がある」
「ええと、現在は大きな案件は届いてなく。ご紹介出来そうなお仕事は、誠に残念ながら、発生しておらずでして……」
「違う。人探しだ。照会を頼みたい」
「あ、そっち? かしこまりましてぇ!」
顔見知りのギルドスタッフは、カウンターに備え付けられた水晶板を操った。調査するのは、ワーナード・スフラン。セリスの実父だ。
「あの、この方は故人でして。賞金首では無いのですが……」
「稼ぎたいわけじゃない。詳細を頼む」
「ええと、このままじゃ画面が逆さまだから、見えにくいですよね。今整えます。フンゴゴゴ……!」
スタッフは巨大なカウンターを滑らせて、どうにか反転させようとした。言葉で制したアシュレイは、画面の向きをそのままに、とにかく説明を促した。
「では改めまして。この方はBランクの冒険者。享年38歳。依頼中に亡くなったようです。食人屍の群れを討伐している最中ですね。その時のお仲間が、メリッサ・スフラン。同郷みたいです」
「そいつの所在は分かるか?」
「もうギルドから抜けてしまったので、情報が古いかも知れません……」
アシュレイは思いつく限り調べさせたが、取り立てて成果はない。有力な手がかりは、メリッサという女性のみである。スフラン地方の寒村で暮らしている、かもしれない。情報として不確かだが、今はそれに頼るしか無かった。
「転移魔法は苦手だと、四の五の言ってられん」
掌に魔緑石を握りしめ、術式を立ち上げた。風の上級魔法で、体を揺さぶるほどの反動があった。
「よし、成功だ……!」
1度、眼前が白み、やがて暗くなる。しかしどれだけ待っても、視界は明るくならない。成功したはずなのだが。
さらには香ばしい匂いまであり、周囲を探ってみる。差し込む光を頼りに顔を覗けば、自分が牧草まみれである事に気付かされた。
「村の入口に飛ぶつもりが……。少し失敗したらしい」
周囲のヤギが、ひっきりなしに鳴いた。不平を述べているのか、それとも歓迎しているのか、アシュレイは理解が及ばない。
そんな矢先に怒声が飛ぶ。比較的若い、女の声だった。
「そこに居るのは誰!?」
現れた女は頭に白いショール、1枚布の青いワンピースを着ていた。泥と日焼けで、色味は酷くくすんでいる。
「無断で立ち入ってすまない。メリッサ・スフランという女を探している」
「メリッサは、私だけど……アンタは誰なの?」
「ワーナードの娘、セリスについて聞きたい。少しだけ話を……」
「アンタ知ってるの? セリスを知ってるんだよね! 教えて、あの子は今、どこに居るの!?」
「待て、落ち着け」
「隠さないで教えてよ! あの子は恩人の娘なのに、私はこれっぱかしも恩返し出来ないで、もう辛くて堪んないの!」
「話はする。だが、場所を変えたい」
「場所……?」
その時、ちょうどヤギがアシュレイの手を舐めた。牧草まみれの男である。生ぬるい感触の出迎えを受けても、当然の事だった。
それからは場所を移し、メリッサの家へと通された。古びたレンガ造りの家屋。年代物のキッチンテーブルに、椅子やソファ。縁の欠けた食器類。ススがこびりついたランタン。
一通りの物は揃っている。貧しいと言うより、慎ましい暮らしぶりが見て取れた。
「ごめんなさい、今はこんなものしか無くて」
「気持ちだけで十分だ」
来客用の陶器には、香り豊かな紅茶が注がれた。そして縁にかかるレモンスライス。眼にするだけで、唾液が果てしなく込み上げてくるようだった。
紅茶を淹れ終わると、メリッサはひとすすりして、溜め息を吐いた。ほんの僅かばかり、宙が白く染まる。その中に過去を見出したのか、彼女の瞳は暗い。
「懐かしいよ、ワーナードさん。弱っちい私を見捨てないで、面倒見てくれたんだ。ギルドの報酬もちゃんと分けてくれて。仕事ぶりは雲泥の差なのに」
「食人屍との戦いは、激戦だったのか?」
「ううん。楽に勝てるはずだったし、実際、手早くカタがついた。でも生き残りが居たのよ。油断した私に、牙を剥いて襲ってきた」
「もしかして、それが原因で?」
「庇ってくれた。ワーナードさんが、身を挺して。私はどうにか治療したかったけど、喉笛をやらてね。とてもじゃないけど、剣士の私には、どうにもならなかった……」
メリッサは、まるで昨日の事のように吐き出した。言葉は重たく、苦悩は長かったのだと、想像するに難くない。
「セリスちゃんは一人娘でね。私は贖罪として、あの子を育てようとしたの。でもある日、彼女の叔父が現れてね。全部持っていってしまったわ。セリスちゃんも、ワーナードさんが遺したお金も、家財道具さえも」
「そこを詳しく教えてくれ。覚えている限りで良い」
「構わないけど、こんな昔話を聞いてどうするの?」
「セリスは今、人生の瀬戸際に立たされている。恩返しをするとしたら、今しか無いだろうな」
「そういう事なら、何だって教えるよ!」
アシュレイは事細かに確認した。特に、エルムスが訪れた時のことを、詳しく、念入りに。話は長く、いつしか夜更けを迎えたが、時をかけただけの価値はあった。
メリッサと別れを告げ、野宿で仮眠をとる。そして陽が高く昇ったころ、指輪で連絡をとった。
「クエン、証書館にいって証書をもらってこい。期間は……」
「すんませんアシュレイ様。ちっとばかし頭が痛くって。昼過ぎまで待ってください」
「どうした、風邪か?」
「まぁ、似たようなもんです。遅くまで働きすぎまして」
「では、調子が戻ったら頼む」
アシュレイも自身の足を動かした。魔法でマルマルドに戻り、聞き込みを重ねていく。やがて、帝都に向かうエルムスが、辿ったであろうルートを割り出した。
それから諸々の準備を整えたら、後は詰めだ。指輪越しで相棒に声をかけた。
「クエン、物は揃ったな。それじゃあ帝都の中央広場で待ち合わせよう。服装は学園の制服、講師だと分かるように。頃合いは日暮れ直後。遅れるなよ」
セリスの退学手続きから、既に3日が経とうとしていた。エルムスの手に渡るまで、まだ日数はあるが、のんびり構えるつもりは無い。
アシュレイは、転移魔法で帝都まで辿り着いた。彼にしては珍しく、魔緑石を使い倒すという大盤振る舞い。掌で灰色になった石を握りつぶし、辺りに捨てた。その後は土に還る事を知っている。
彼が着地した場所は、紛れもなく中央広場。今度は成功したとあって、アシュレイは内心で安堵した。肩に背負った大荷物も無事である。それから程なくして、暗がりにクエンが姿を現した。擦り切れた外套の下は学園の制服で、アシュレイと同じ格好だ。
「アシュレイ様。準備はどうです? こっちは整いましたよ」
「オレもだ。時間が惜しい。先を急ぐぞ」
「そこまで必死になるとか、珍しいですね。よっぽどおチビちゃんが可愛いんですか?」
「無駄口を叩くな。行くぞ」
道を先導するのはクエンだ。整備された石造りの道を進み、上り坂をいくつか迎えた頃、光景が変わった。これまでの様な、家屋が雑多にひしめき合う景色ではない。広く仕切られたレンガ壁が織りなす、高級住宅街であった。
場所なら既に把握している。いくつかの豪邸を通り過ぎて、彼らは辿り着いた。エルムス邸だ。他と引けを取らない豪奢な邸宅で、庭の樹木も整えられており、暗がりでも立派である事が想像できた。
「止まれ! 何者だ!」
門前で声がかかる。それは門番なのだが、鉄の甲冑に槍と物々しい。衛兵という方が適切だった。
「エルムス夫妻と話がしたい。通してもらうぞ」
「来客は聞いていない。許可なき者を通せるか。帰れ帰れ!」
「許可は無い、だが用はある。邪魔するな」
「コイツ……痛い目を見せてやろうか!」
門番が槍の柄で殴りかかってきた。それをアシュレイは片手で流し、隙を作る。勢い余って泳いだ敵に、拳を浴びせた。それだけで鉄の鎧は弾け跳び、余波で屈強な男を吹き飛ばす。そしてレンガ壁を決壊させるまでに至った。
「ちょっとアシュレイ様! 私ら制服ですよ、学園の評価に響きますけども!?」
「正当防衛だ。そして学園の評価が下がっても、オレ達には何ら不都合はない」
「あわわ……どうか減給処分になりませんように……!」
夜更けにこの騒ぎだ。付近はにわかに騒然とする。武装した男たちがランタンを手に集結し、まとまった。総勢10人という、個人宅とは思えない部隊が揃うのだった。
「思ったより多い。エルムスという男、相当に恨みを買っているらしい」
呑気な観察も、とある女の登場で終わりを告げる。周りの男連中よりもひとつ抜けて大きな体。装いは淑女らしいドレスなのだが、手にした得物が異様だった。
それは長柄の斧で、先端には突き刺す用途の刃も付いている。この重量級の武器を、小枝のように振り回しては、力強く構えてみせた。
アシュレイは、こんな時で無ければ、拍手くらいはしただろう。それだけ扱いが巧みだった。
「アンタら、何モンだい。ここがエルムス邸だと知ってるんだろうね? 亭主が留守でも手薄じゃねぇ。南中海でもその人ありと謳われた、百人首のカーラー。その力を試してみるかい?」
待ち受けたのは、女傑として知られる剛の者だ。かなりの遣い手である事は、ささいな仕草からも分かる。
「実力のほどを見てみたいが、違う。用があって来た」
「盗人か? それとも仇討ち?」
「どちらでもない」
「変な奴らだね。武器を持たず、正面からやって来たかと思えば、門番は殴り飛ばす。不気味ったらないよ」
「預けたものを返してもらう。それだけの事だ」
「見覚えないね、アンタみてぇなトボケ面(づら)は。会った事もない奴から何を借りろってんだ」
「その前に役者を揃えるぞ」
アシュレイは、肩に背負った大荷物を放り投げた。それはカーラー夫人の足元に落ち、転がった。その拍子にうめき声が聞こえだす。布で覆われた荷物も、イモムシにも似た動きを繰り返した。
夫人は怪訝な顔になって、斧の柄で布を剥がした。そうして露わになった男の姿を、驚愕しながら見据えた。
「アンタ、何やってんだい。学園に行ったんじゃなかったのかよ?」
「フゴッ。フゴフゴ! フゴォ!」
猿ぐつわが弁明を阻む。夫人は、布と同じく、斧の柄で外してやった。
「ぷはぁ! よく聞けカーラー! こいつらはとんでもない悪党だ! 帝都に戻る途中、宿に泊まっていただけの私を、無理矢理さらって来たのだから!」
「オレ達が悪党、か」
「その顔は見覚えが有るぞ、貴様は学園の講師だな! これだけ大それた事を仕出かしておいて! 言い逃れが通用すると思うなよ!」
「真の悪はオレ達か、それともお前らか。間もなく明らかにしてやる」
「黙れ黙れ! 貴様らなんぞ、精鋭騎士団に一掃されてしまえ!」
気色ばんで叫ぶエルムスだが、想いは夫婦で一致しない。カーラー夫人は構えを解き、不敵な笑いを浮かべた。
「ほぉ……。人さらいの上、家に押し入ってきた奴らよりも、アタシらが悪人だって言いたいんだな? 面白い、聞いてやろうじゃねぇか」
「カーラー、余計な事を! 騎士団に通報すれば、此奴らをまとめて始末出来るのだぞ!」
「うるせぇよ。良いからアンタは早く立ちな。いつまで這いつくばってんだ、みっともない」
カーラーは腕組みしながら、場が整うのを待った。
エルムスは膝が笑っているらしく、立ち上がるのにやたら手間取った。そうして立ったかと思えば、夫人の影に隠れるような場所に陣取ってしまう。普段と変わらぬ立ち位置だった。
いよいよ始まる糾弾の時。アシュレイは、逸る気持ちを抑えながら、懐に手を忍ばせた。その感覚は、決戦前夜に抱くものと似ている気がした。
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