第14話 聞き込み上手クエンちゃん
堰を切ったように動き出したアシュレイ達は、明けても暮れても駆けずり回った。
クエンは帝都だ。マルマルドの店で魔緑石を買い漁り、魔力を補填した上で転移魔法。現地に着くなりエルムスの知人に声をかけ、根掘り葉掘りと探る。
クエンは制服ではなく、冒険者時代の装いにしている。その方が都合良いと思えたし、実際、聞き込みはスムーズだった。
「エルムス? 昔は優秀だったな。出自はオレと大差ない平民だったんだが、お偉いさんの眼に止まってな。魔術師ギルドのしがない受付が、今や宮廷勤めだ」
タバコ休憩中の男に聞き込みだ。麻のシャツから覗く逞しい腕は、焼けたように赤い。作業場からは、今も休まず、槌を叩きつける音が聞こえてくる。
「ほうほう。あのクソ野郎、腕は良いんですね?」
「腕は良いんだが、性格が悪い。オレもスス被りの貧民と、稼業を笑われたもんさ」
「鍛冶屋さんには、いつもお世話になってます。私ら冒険者にしたら大切な相棒ですよ」
「ありがとうよ、気を遣ってくれて。どれ、大きな声じゃ言えねぇが、特別に教えてやる」
クエンは、耳打ちされた言葉に顔を歪めた。笑顔と言うには邪悪である。
「ふむふむ。若い女と、街をうろついてたと。しかも夜中、人目を忍ぶようにして」
「オレがバラしたって言うなよ。アイツと揉めると面倒なんだ」
「もちろんです。シュヒギムってやつです。お礼代わりに、この薄銀のブレスレット、お買い求めで」
「まいどあり! ほんとは1500だけど、1400に負けとくぜ」
「うわぁ太っ腹! 次にダーリンと帝都に来た時は、いっぱい買わせて貰いまぁす」
「ダーリン……もしかして旦那持ちかい?」
「また来ますね、そんじゃお邪魔しましたぁ!」
武具屋から立ち去ったクエンは、聞き込みを続行した。エルムスの評判はすこぶる悪い。中には、名前を口に出すのも嫌だ、という知人まで居るほどだ。
ネタはそれなりに集まった。時間をかけた事はある。だが、まだ弱い。考えあぐねたクエンは、ふと芳しい香りに足を止めた。
「酒場……。情報のるつぼって言えば、ここですよね」
聞けるものは、せいぜい出所の怪しい噂話ばかり。それでも裏付けくらいにはなるかと、自分を言いくるめた。
ドアを引いて、夕暮れの日差しを店内に招き入れた。そしてカウンターに向かって、堂々と歩く。浴びせられる奇異の眼に色目。注目を浴びた事で、クエンは身を震わすほどの快感を得た。
そのため、いくらか気取った口調を晒してしまう。
「マスター。エルムスの話が聞きたい」
「先に注文しな」
「そうかい。だったらチェリーエール。ショットで」
オーダーすると、小さめのグラスがカウンターに置かれた。縁から泡が溢れ、脂混じりのテーブルを濡らした。
クエンは一気に煽る。ほのかな酸味と炭酸が、喉を爽快に突き抜けていく。それから、空いたグラスを置いた時、マスターは背を向けたままで告げた。
「事情通はジョルダンだ。そいつに聞け」
「ジョルダン? それはどこの坊やだい?」
「奥の丸テーブル。この辺の顔役みたいなものだ」
「ありがとうよ。チップだ、とっときな」
クエンは銀貨1枚、100ディナをカウンターに残すとと、そのまま奥へ向かった。
そこでは、何人かの男が酒を愉しんでいた。テーブルは、空き皿やグラスで満載だ。空気が籠もっているため、酒と汗の臭いでむせかえるようだった。
「アンタが、ジョルダンかい?」
声をかけたのは、グループの中でも大柄の男だ。非武装の町民。日焼けした肌と、短い黒髪が逞しく見える。
「そうだ。嬢ちゃんは誰だ、見ねぇ顔だな」
「アタイの事はどうでも良い。エルムスについて教えてくれ」
「タダで情報を得ようってのか。虫が良すぎるぜ。それとも何かい、オレ達に気持ちいい事してくれるってのか? 身なりは汚ぇ冒険者だが、抱き心地の良さそうな身体してやがる」
ジョルダンが言うと、連れの3人も笑い、やがて店中が嘲笑った。
クエンにすれば、敵地も同然だ。しかしうろたえない。むしろ、酒を樽でオーダーし、男たちの前に重たい音を響かせた。
「アタイも、タダでとは言わねぇよ。勝負しようぜ」
「勝負だぁ?」
「飲み比べ。アタイが勝ったら、洗いざらいブチまけな」
「オレが勝ったら?」
「煮るなり焼くなり、好きにしな」
「マジかよ! こんなイイ女、高級娼館でもお目にかかれねぇぞ」
不穏な空気の中、勝負は始まった。周囲はギャラリーで埋め尽くされている。ジョルダンからの「おこぼれ」に与りたい一心である。
勝負は簡単だ。交互にエールを飲み干し、空ける事の出来なくなった方が負け。にわかに賭けが始まるものの、皆がジョルダンに託すので、賭けは成立せずに流れた。それほどに、両者の体格差や風格は別物だった。
「あんな細っこい身体だ。すぐに音をあげるさ」
だが、その予想は間もなく裏切られた。ペースが早い。5杯、10杯と飲み干しても、クエンは真水も同然に空けてしまう。
一方でジョルダンは苦しい。勝負する前から、食事で腹を満たしていた事が足かせとなっていた。それでも気迫から、どうにかして食らいついた。ゲップとともに杯を空けてゆく。
(ここが勝負所ね……!)
機を捉えたクエンは、これまでのルールから外れ、一気に3杯飲み干した。唖然としてしまう周囲には構わず、ジョルダンに挑戦状を突きつけた。
「1杯ずつなんてチンタラやってられない。ここは3杯でいこうや」
ジョルダンは瞠目(どうもく)した。だが、受けねば恥とばかりに、震える手でグラスを掴んだ。一杯目は決死の思いで飲み干す。しかし二杯目。どんなに傾けてもエールが減らない。
そんな様が見れたのも束の間だ。グラスが手からこぼれ落ち、口からは盛大にエールが吹き出した。汚い噴水である。
「すげぇぞ、この姉ちゃん! ジョルダンに勝ちやがった!」
歓喜が轟く店内で、一転して沈むのはジョルダンの取り巻きだ。多額の酒代に青ざめてしまったのだ。
「おおい、どうすんだよ。樽なんて頼んじまってよぉ」
「やべぇけど、負けた方が払うもんだろ。財布裏返してでも」
「そんな金ねぇよ、一杯ひっかけるだけだったのに……カカァに殺されちまう!」
そんな悲鳴を遮るように、丸テーブルが激しく叩かれた。薄暗い店内に輝く3枚の金貨。それを見せつけるなり、クエンは言った。
「こんだけありゃ足りるだろ。悪くない酒だった」
「良いのかい? こんな大金もらっちまって……」
「余ったエールも要らねぇ。店の奴らに配ってやんな」
「あ……アネゴぉぉーー!」
店内が大きく揺れた。もはやクエンを他人とは思うまい。誰も彼もが樽に駆け寄り、謎の女性に感謝の弁を叫ぶようになる。
そんな騒ぎから抜け出したクエンは、やっとの想いでカウンターに辿り着いた。
「可愛い坊やたちね。アタイも、あんな頃があったかしら」
「アンタせいぜい20歳だろ。みんな年上だ」
「女に、年齢と過去を聞くのは無粋でしょ」
「それにしてもな、あのジョルダンに勝つとは。しかも金払いが良い。もしかして、慰謝料が入ったクチかい?」
「慰謝料? えっ、何それ?」
「エルムスの名が出たからな。それ絡みかと」
「面白そうな話ね。じっくり教えてもらえる?」
酒場の話は、何かと尾ひれが付くものだ。それでも今回ばかりは、事実に沿ったものであると、後々知ることとなる。
しかし今は酒が美味い。特に歓迎された酒ならば尚更だ。
「おぅい、誰か芸やれ芸! アネゴをもてなすんだ!」
「じゃあタバコ芸やりまっす。いざ、煙の輪くぐりぃ!」
「バッキャロウ! ガキ相手じゃねぇんだ、もっと凄いのやれよ!」
「そんじゃあオレっち行きます! 口から飲んだエールを鼻から出しまブシャア!」
「きったねぇなオイ! 次だ次!」
あらん限りの宴会芸が披露され、腹を抱えて笑い、最後は大合唱。楽しい酒は、楽しいままで終わる。ただし、請求額は重たい。その額面は、アシュレイの顔が激しく引きつる程である。
それでも大枚はたいた甲斐あって、一応は有力な情報を得られた。それがエルムスを追い詰める一手となるなら、安いと言えるかもしれない。たとえ、数百食分に匹敵する出費だったとしても。
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