第11話 指輪は格別

 麗らかな日差しが降り注ぐ日曜日。週に一度の休みとあって、フォートネス学園そばの街は、普段よりも大賑わいだ。


 マルマルドの街。学園をバックアップするような位置づけだが、帝都と地方都市の中継地点としても広く知られている。そのため往来は人で溢れかえる。気晴らしに訪れる学生のみならず、冒険者や行商人と、多様な人々が袖を擦り合うのだ。


 そんな中、物々しくも鎖を引きずる音が鳴り響く。音だけでなく見栄えも異様。筋骨隆々の男どもが、傷だらけのままで首枷に囚われる姿は、否応なしに目をひいてしまう。



「おい、キリキリ歩け。今更逃げられると思うな」



 鎖を引くのはアシュレイである。隣のクエンも、大差ない人数を、力づくで引き連れていた。


 そんな彼らが向かうのは街の路地裏、日陰の道に入る。娼婦の甘い言葉を聞き流し、飲んだくれの前を通り過ぎ、ようやく目的地に到着。一軒の施設に足を踏み入れた。付近でも類を見ないほどに大きな建物は、冒険者ギルドである。


 

「賊徒の引き渡しに来た。大所帯だ、スタッフを集めてくれ」



 アシュレイが入り口で告げると、受付の女性は椅子から転げ落ちた。その拍子にスネを打ったようで、赤くなった肌が痛々しいものの、本人は気にかけた風でない。眼を疑う程の大戦果に、右往左往するばかりだ。



「え、えっと。お早いお戻りで! 本当に、湖賊の全員を囚えたのですか?」


「出払ってる奴も居たかもしれん。とりあえず主だった者全員と、その一派を可能な限り」


「す、す、スタッフ総出で受け取りますぅ!」


「あとついでに、魔獣も何体か退治した。証拠の依代だ。金に代えてくれ」


「ひぇぇーー! お仕事上手っ!」



 それからは報告と精算だ。囚われの賊徒は、屈強なスタッフたちに連れて行かれた。騎士団に突き出すまでの仮の牢屋へ送られるのだ。


 湖賊が蓄えたものも、ギルドに渡す。食料に武具、金貨に珠玉。膨大な物資を運ぶ場合、普通は馬車や人手を雇うのだが、彼らは転移魔法を扱える。多少の工夫により、2人だけの搬送を可能にした。


 屋外に晒した物資の方にも、何人かのスタッフが集まっている。持ち主不明の財宝を、これからどう扱うのか。それは国によってルールが異なるが、少なくとも、アシュレイの手元には入らない。



「えっと、ええと、賞金クビ3人が全員生存。手下が12名生存……生きてる? ギリ生きてるな、うん。他にはジャイアント・リザードの生皮が5枚で、えっとえっと……」


「落ち着け。別に急ぐ理由はない」


「は、はひ、はひぃ!」



 このスタッフ、態度こそ危なっかしいものの、仕事ぶりに問題は無かった。羊皮紙に書き込まれていく金額と、その総計に狂いは見られない。



「ええと、お支払い報酬はしめて、5万6千ディナでいかがでしょうか!」


「いかがも何も、取り決め通りだ。進めてくれ」


「少々お待ち下さいませぇぇ!」



 スタッフがカウンターの中を探るが、金が足りない。急ぎ上役の元へ駆け寄り、奥の金庫を開放してもらう事で、ようやく揃うという有様だった。


 アシュレイは金の詰まった麻袋を背負い、その場を後にした。クエンは、恐縮を続けるスタッフに愛想を振りまき、主の背中を追いかける。



「魔獣を狩れたのは好都合だった。装備の新調ができる」


「アシュレイ様ってば、本当に500万を超える大金を手放しちゃうんですもん。今の今まで無一文って、計画性無さすぎ」


「別に良いだろ。こうして金が入ったんだから」


「だけど、それも仕送りにしちゃうんでしょ?」


「余ったらな」


「あぁもうほんと、鬼ストイック!」


「買うべき物は買い揃える。お前も必要な物があれば、早めに申告しろ」


「そうですか? 実は今日ね、私の……」



 その時、横から見知らぬ男が割り込んだ。金の匂いを嗅ぎつけてか、不自然な笑みを押し付ける。



「旦那、どうです。今すんげぇ良い情報入ってますよ。ユスリでもタカリでも、ボロ儲け間違い無し! 今ならたったの800ディナで……」


「あっち行ってください。今は仕事を終わらせたとこです!」


「あんだよケチくせぇ。別の奴に売っちまうからな、後悔しても知らねぇぞ!」



 男が捨て台詞を残して立ち去った。しかし、アシュレイの超然とした姿は目立つのか、続々と売り込みの声が押し寄せてくる。下着姿も同然の女やら、無数の麻袋を担ぐ壮年の男まで。



「お兄さん、イイ男だね。5千ディナでどう? 一生忘れられない経験、させてあげるけど?」


「間に合ってます! そういうのは一生涯、クエンちゃんだけが相手するんで!」


「おいおいそこの旦那、世にも奇妙な『見えない宝剣』はどうだい? 弱っちいヤツには遣えねぇが、旦那みてぇに強そうな人なら、存分に扱える……」


「剣も要りません! すんごいの持ってます!」



 その間にアシュレイは、足も止めずに歩き去る。断るのはもっぱらクエンで、応答しては追いかける事を繰り返した。


 その為、伝えるべきことを告げられず、気を揉むばかりになる。



「あの、アシュレイ様、ちょっと聞いてもらっても……」


「おうおう止まれ、そこの色男!」



 またまた横槍が入る。クエンはうんざりするが、今度は商売ではない。道を塞ぐように立つ3人の男。使い込まれた鉄鎧に、曲刀、あるいはナイフ。万端に武装する男たちだった。


 ここで、さすがのアシュレイも足を止めた。



「何の用だ。邪魔だぞ、退け」


「へっへっへ。ギルドからつけてたんだ。まさかあの『根こそぎモシグリーン』一家を滅ぼしちまうとは。一体どんな手を使ったんだ。よっぽど悪どい事したんじゃねぇか?」


「話してやる義理はない」


「そう言うなよ兄弟。せっかく知り合ったんだ。お互い、笑ってサヨナラしたいよな?」



 男が柄に手をかけた。浮かべる笑みは獰猛、絡みつく感覚すらある。3人とも違うのは得物くらいのもので、滲ませる害意に大差無かった。


 アシュレイは眉間にシワを寄せた。また面倒な事になったと、徒労感に襲われたのだ。クエンも似た印象を受け、つい呆けてしまう。


 しかし男たちは、不幸にも読み間違える。恐怖のあまり怯んだと解釈したのだ。



「おうおう聞いて驚け。うちの親分はな、泣く子も黙る『登り屋ザイル』だ。Bランクの冒険者様だぞ」


「Bランクか。ならば仕事には困らん。ギルドに行って汗水流してこい」


「てめぇ、嘘だと思ってやがんな。本物だぞ。マジもんのザイル様だぞ!」


「オレの名はアシュレイ。3Sランクだ」


「あ、アシュレイ……?」



 男たちは硬直し、互いに顔を見合わせた。それからは、空を向いてまで笑い出す。心底おかしくて溜まらない、と言いたげだ。特にリーダー格のザイルは、大きな太鼓腹を叩き、ツバを撒き散らす程になる。



「あの武神アシュレイが、こんなクソ田舎に居る訳ねぇだろ。帝都だ軍都だの、儲かる街をうろついてるハズだ。もうちっとマシな嘘つけや!」


「アシュレイって言えば、とんでもなく残虐なんだぜ。動くもの全部斬りつけて、血肉を浴びるのが何よりも好きだってよ。そんなお前が、随分と大人しいじゃねぇか」


「それから、病的なくらいに女好きだ。少女から老婆まで手当り次第。一晩で百人相手にしても、全然足りねぇらしいぞ。娼婦のお誘いを断る訳ねぇだろが」


「アシュレイ様、酷い言われようですけど?」


「何をどうしたら、そんな噂が流れるんだ……」



 そこそこ強めの精神攻撃が、アシュレイのやる気をそぎ落とす。もちろん、話はそこで終わらない。



「とにかくよ、下手な嘘はやめとけや。武神アシュレイを名乗る男は、お前で4人目だよ」


「信じないなら別に良い。それから、用件があるならさっさと言え」


「分かんねぇのか、この状況で。さっきギルドで大金を受け取ったろ、それを置いていけ。ついでに女もだ」


「たまんねぇなぁ……こんなイイ女、なかなかお目にかかれねえ」


「命が惜しけりゃ言うこと聞きやがれ」



 男たちが剣を抜き、刃を煌めかせた。途端に周囲で悲鳴があがり、大勢の住民は我先にと逃げ始めた。


 これには、いよいよアシュレイも面倒になる。強盗を囚えた所で、大した金にはならず、むしろ事実確認だ聴取だと何日も拘束されてしまう。ただの厄介でしか無かった。


 その姿を、暴漢達はまたもや誤解した。物事を都合よく解釈する性格なのだ。



「ワッハッハ、確実な死に絶望したか。その潔さに免じて、腕一本で勘弁してやらぁ!」



 ザイルと名乗る男が、迷いなく曲刀を振り下ろした。しかし薄皮すら切れずに地面をえぐる。そしてアシュレイから、反撃と呼ぶには大人しい動きで、ふくらはぎを蹴られた。


 すると巨体は威力に抗えず、激しく宙を舞う。勢いはそのままに高速回転。やがて地面に刺さり、突き立った。今となっては、頭から潜ったようにしか見えない。



「この野郎、よくも親分をやりやがったギャルルん!」



 手下2人も似た運命をたどる。攻撃は虚空を裂き、反撃で宙を舞っては頭から突き刺さる。終わってみれば全員が、地面に珍妙な花を咲かせる結果となった。



「無駄に時間を食った。行くぞ、クエン」


「ねぇねぇアシュレイ様。イイ女って言われちゃいましたよ」


「こんな連中に褒められて嬉しいか? なんなら、付きっきりで介抱してやれば良い」


「そういう意味じゃないですよぅ。もう……」



 頬を膨らますクエンを連れて、アシュレイはとある商店へとやって来た。武具防具を扱う有名店で、質の高い装備ばかりだと評判だ。



「いつもより良い所に来ましたね。何かお目当てでも?」


「たまには奮発しようかと思ってな」


「奮発? それってもしや……!」



 クエンは目敏く、壁掛けの目玉品に注目した。それはシルク仕立てで、離れていても分かる上質なツヤ、肌触りも極上そうだ。その名も妖艶のビスチェ。高額商品であるのに、やたら布面積は小さく、肌の露出は避けられない。そして何と言っても透けるのだ。裸も同然の格好でも、裸とは違う。その僅かな差分が男心を昂ぶらせ、虜にするだろう。


 お値段、今ならなんと5万2千ディナ。目眩すら伴う額面だが、買える。買えてしまう。これさえ有れば、きっと朝も夜も無くなるだろう。休む間すら惜しんで、何がしかの行為は繰り返され、ベッドは軋み続けるのだ。



「とうとう、この日を迎えるんですね。私、今日という記念日に、大人の階段を……」


「クエン。サイズを見るから着てみろ」


「はい! 今すぐ、たちまちに!」



 呼ばれて駆け寄るクエンだが、その顔はみるみるうちに曇る。袖を通したのは、色気の欠片もないローブであったからだ。



「耐炎、耐冷素材の糸を、職人が丁寧に織った品だ。魔法攻撃や、火炎の息などから守ってくれるぞ」


「あぁ、はぁ。そっすか」



 確かに高いだけあって、戦場での効果は申し分ない。だが見た目は劣悪。ずんぐりしていて、首から太ももまで、肌の露出は全く無い。


 改造するか、と思う。胸元を広げて背中も開けて、腰回りを強く絞る。それでだいぶ良くなるかと考えた。そんな思惑を知ってか知らずか、真新しいローブを購入。もちろんビスチェはお預け、目もくれなかった。



「まぁ、期待薄でしたし。予想通りですよ」


「そう言えば、昼飯は店を予約してる。食いに行くぞ」


「えっ、えっ。そんな事してたんです!?」



 アシュレイには珍しいことだ。稼ぐくせに浪費を嫌う彼は、余計な出費を避け、安く済ませようとする。それが今、わざわざ予約したと言う。これにはクエンも胸が高鳴り、足取りも浮つくようになる。



(もしかして今日の事、覚えててくれた……?)



 そう思うだけで、両手が手持ち無沙汰で、もどかしくなる。アシュレイの腕に指でも絡めたくなるが、それには及ばない。衝動を覚えた頃、店に到着してしまったからだ。



「予約してたんだが、出来てるか?」


「あいよシュラスコ。最後の2本シュラスコ」


「いくらだ……84ディナか」


「まいどあり。また来てシュラスコ」



 アシュレイは長い木串を、クエンに手渡した。相手の曇天顔など気にも留めず、牛肉に食らいついては講釈を垂れた。



「メガネの事務員が教えてくれたんだが、ここは話題の屋台らしい。安くて美味いと学生の中でも評判だ。よく売り切れるから、前もって予約しておいたが、正解だったな」


「オシャレなレストラン、気まぐれフルコース、スパークリングワインを添えて……」


「どうしたクエン。要らないのか?」


「あ、いえいえ。空腹ですよ。純然たる腹ペコです」



 今日は私の誕生日ですよ。その一言が告げられず、仕方なく肉をかじった。すると豊かな脂が口に押し寄せてくる。香りはオリーブ。味付けは粗塩で、仕事あがりの体に染み込むようだ。


 美味い、美味すぎる。そう叫ぶ代わりに、夢中になって貪った。先程の曇り顔など忘れたかのように、今は晴れやかである。


 

「はぁ〜〜、これで1本50ディナしないとか。確かに人気出ますよ」


「ここの様な、安くて美味い屋台は今後も増えるだろう。フォートネス学園の評判が、世界中に知られつつあるからだ。そう、事務員が言っていた」


「まぁ、それがホントか嘘かは分かりませんが、活気づくのは良いことです」



 クエンは最後に串をへし折り、廃棄用の木箱に捨てた。もう予定など無い。あとは寮に帰るだけだ。



「さてと。そろそろ戻るんですよね?」


「そうだな。その前に、渡したいものがある」


「何ですか? ローブならもう受け取りましだが」


「違う。別件だ」



 アシュレイが手渡したのは、飾り石付きの指輪だった。太陽の日差しを浴びて、光沢のある緑が際立って見えた。



「これ、どうしたんです……?」


「お前と連絡を密にする為に、買っておいた。指示を出すのに、いちいち探し出すのは手間だからな」


「しかも2つ……お揃いですか?」


「対になってる。まずは着けてみろ」



 クエンは指輪を薬指にはめた。緑の石は、魔緑石と呼ばれるもので、魔力に反応する性質を持つ。そこに今、微弱な魔力を流し込んでみる。すると、予め書き込まれた術式が走り、特定の魔法が発動した。



「どうだ。ちゃんと聞こえるか?」



 眼の前で喋るアシュレイの声が、二重になって聞こえた。



「魔力を注ぎさえすれば、離れていても会話が出来る。ただし指から外すと、大声で叫んでも聞こえなくなるから、注意しておけ」


「これを私に? 本当にくれるんです?」


「他に誰がいる。それとも嫌か?」


「とんでもない! ふふ、アシュレイ様ったら、そうまでして私を束縛したいんです? しかもペアアクセサリーとか。ちょっと愛が重たくありませんか?」


「ペアって言うな。仕様上、対になってるだけだ」


「ありがたく頂戴しますね。えへへ……」



 それから2人は帰路についた。大して長くもない距離。少々の雑談で学園に到着するだろう。



「アシュレイ様って、なんだかんだ言って優しいですよね。どうしてそういう部分は、噂にならないんでしょ?」


「オレが知るか。そもそも、何故あんな悪評がたってるのか。青天の霹靂だ」


「別に良いですけどね。私はアシュレイ様の良いところ、たくさん知ってますから!」



 クエンは歩きながら、アシュレイに微笑みかけた。彼女の両手は、今も手持ち無沙汰だ。行き場のない指を、アシュレイの腕に絡める代わりに、自身の手を撫でた。



「誕生日にペアの指輪をプレゼントとか。誤解されちゃっても知りませんからね……」



 真新しい指輪は、今も緑色に煌めいている。太陽の光を喜ぶかのように。

 


 


 

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