第6話 それぞれの思惑

 フォートネス学園内、女子寮。近年は女子生徒の方が多いため、男子寮よりも設備は充実しており、必然的に部屋数も多い。それでも消灯を迎えた今は、どこもかしこも静まり返っている。


 ただ唯一、自習室を除いては。



「じゃあ始めるわよ。第3回、クソボケ講師を追い出そう会議!」



 大テーブルの『議長席』に座るサーシャが、声高らかに宣言した。称える拍手は途切れがちで、隙間が目立つものの、プレゼンターは気にも留めない。



「セリスは来てないわね。いよいよ洗脳が完了したのかしら?」


「セリスちゃんは寝てるよ。よっぽど疲れてたみたい」


「フン、まぁ良いわ。あの子はもうアッチ側だもの。計画をバラされる危険性があるしね。リスクヘッジよ」



 サーシャと対面して座るのは、セリスを除いた特進クラスの面々だ。真剣な顔つきを見せるのは、せいぜいアイリーンくらい。シャロンは満腹の腹を愛おしそうに撫で、ヒューリは部屋の隅をボンヤリ眺めている。


 これが首謀者一味だ。飛び出す言葉は、追放とか免職だとか物々しい。それでもメンバーの半分は気配が緩く、小旅行でも計画するような空気と似ていた。



「理事長は、しばらくは留守にするらしいわ。だから私達は、あのクソボケが、とてつもないクソボケだって証拠を集めるのよ」


「サーシャ、語彙力。アンタって頭に血が回ると、とたんにおバカさんになるよな」


「おだまりシャロン! そんな事より、もっと真剣に考えなさいよ! なんかクリティカルで社会的に抹殺できるようなお手軽ネタは無いの?!」


「へいへい。考えまぁす」


「アイリーン。アンタは?」


「ごめんなさい。特に見つけられてないの。サーシャちゃんは?」


「……調査中よ。アイツ、意外とボロを出さないのよね」



 サーシャは親指の爪を噛んだ。地団駄を踏む代わりである。



「あんなクズ野郎だもの。きっと他所で、悪事を働いてるに違いないわ。それを見つける事が出来たら……」


「確か、先生って冒険者なんだよな。事務員さんが言ってた」


「それよ! 過去にやらかした事件とか、そういうのを集めて糾弾してやるの! そしたら理事長だって嫌とは言えないわ」


「調べるったって、どうすんの? 街のギルドまで出かける?」


「フフン。私は貴族のご令嬢なの。だから、こんなにも便利な道具があるのよ」


「そうだった。忘れてたけど、サーシャって伯爵の娘なんだよね。しかも成金パターン」


「この野郎。いっその事、不敬罪で無礼討ちしてやろうかしら」



 サーシャは懐から、掌サイズの水晶板を取り出した。指先で触れ、魔力を通わせることで、認証は完了する。小動物で溢れる画面が表示された。



「うわぁすっげぇ。これがマジカノートかぁ。実物なんて始めて見た」


「フフ。これさえあれば、わざわざギルドまで行く必要がないの。寮に居ながらにして、様々な情報を知る事ができるわ」


「へぇぇ。そんな御大層なもん、どうすんの?」


「知れたこと。アシュレイがどんな奴か、根掘り葉掘り調べてやんのよ」


「よくやるねぇ。そこまで夢中になれるとか、逆に好きなんじゃないの?」


「おだまりシャロン! 今度余計なこと言ったら、舌を引っこ抜いてやるから!」



 悪態をつきながらも、サーシャは指先に微弱な魔力を宿した。所有者と認められ、ロックが外れる。それからは、アシュレイの名を水晶版に書き記し、ギルドが公開する情報を探し求めた。



「見つけたわ。アシュレイ・ロード・オーミヤ。これがクソ雑魚だったらお笑い物だけど」


「どうなんだろ。せめてAランクじゃないと、講師なんて出来ないよな」


「ええと、気になるランクは……!?」



 サーシャは絶句した。顔を寄せたシャロンも同じだ。アイリーンは2人の頭が邪魔で見えず、状況が把握できない。ちなみにヒューリに至っては、この期に及んでも壁のシミを眺めている。



「冒険者ランク……3S……!?」


「どうしたのサーシャちゃん、シャロンちゃん。何が凄いの?」


「スゲェっつうかバケモンだわ。3Sって確か、世界に5人くらいしか居ねぇ、言っちゃあ生きる伝説みたいな……」


「しかも依頼達成率98%ですって? ありえないわよ、こんな成績!」



 サーシャは喚きながら、拳でテーブルを殴りつけた。その真向かいで、渇いた笑いを溢すシャロン。アイリーンも二の句が継げないという様子だった。



「どうすんのサーシャ。ビビるくらいのバケモンだったけど?」


「こんなの不正よ! 金で名声を買ったに違いないわ。そうじゃなきゃ、こんな評価……!」



 冒険者家業は、死の危険と隣り合わせだ。不利を悟れば、ギルドにキャルセルを申し出るし、依頼を放棄して逃げ出す事さえある。そのため、達成率は五分五分が普通。6割で優秀と言われる程だ。


 実際、3Sを与えられた豪傑であっても、9割超えは難題である。8割後半がせいぜいだ。そんな常識を覆してしまったアシュレイは、異彩を放っていた。



「何気にメンバーもヤベェわ。クエン・ナイト・オーミヤってのも、2Sの精霊師。そりゃあ仕事も捗るでしょうよ」


「ねぇ、そのクエンって名前の下。3人居るけど、なんで名前が赤いのかな?」


「これは死んだ仲間だね。こういうのって、普通は登録抹消するのにな。ほら、死人ばっかだと信用に関わるっしょ?」


「ジーク・タルキニアに、シズネ・オーミヤ。それからリノ・ナイト・カバネア。全員が同じ日に死んでるのね。これは使えるかも……」


「ちょっとサーシャ、正気か? 死者を利用するとかダメっしょ。普通に考えて」


「普通に考えてもダメだから、仕方ないでしょうよ……」



 サーシャは言いよどむ。相手は強いと思っていたが、3Sとは想定外だった。


 これでは真っ向勝負など出来ない。不意打ち、闇討ちと、卑怯に徹しても敵わない。学生で、さらに成績不振の自分たちに勝算は皆無と言える。それこそ、天地がひっくり返りでもしない限りは。

 


「誰か、良い作戦は無いの?」


「アタシは考えるのが苦手だかんな。そういうのはお任せするよ」


「気楽なもんね。肉体労働者は」


「そもそも、アタシはアンタらに付き合ってやってんだよ。作戦が無いってんなら、それも終い。ここから抜けちまっても良いんだぞ」


「分かってるわよ。だったら、こんなのはどう?」



 サーシャは、思いつきの作戦を披露した。その名も「逆上したとこを釣り上げろ大作戦」である。


 趣旨は簡単だ。アシュレイを呼び出し、死んだ仲間を侮辱する。そうすれば、憤激して襲いかかってくるハズなので、後は流れ。殴られるままに任せ、その事実を理事長に報告するのだ。


 無意味な暴力行為は禁止されている。クビが一発で飛ぶ事も十分に有り得た。



「どうよこれ。絶対上手くいくと思わない?」


「あのなぁ、死んだ奴をエサにするって、マジの外道じゃん」


「サーシャちゃん。さすがに死者を冒涜するのは、ちょっと……」


「なによアイリーンまで。この作戦に不満でもあるの?」


「それとさぁ、流れで殴られろって。そんなの耐えられんの? アタシら、間違いなく即死だと思うけど」


「じゃあどうしろって言うの。それとも、あのクソゴミ講師を野放しにする? そんでもって、教えを乞うっての?」



 その言葉を聞き、真っ先に返したのはアイリーンだ。自分の指先を睨みつけ、心の深い所から言葉を発した。



「それは嫌だよ。あんな、誰かを踏み台にして、のし上がろうとする人なんか……」



 続けて同意したのはサーシャだ。誰を睨むでもなく、虚空に眼をやり、眉間にシワを寄せた。



「私だってゴメンだわ。人の事を駒扱いするとか。冗談じゃない、虫唾が走るわよ」


「まぁね、サーシャとアイリーンが毛嫌いしてるのは分かったよ。でも作戦が良くない。別の方法を考えようって」


「考えろって言うけどね。一発でクビになる作戦なんて、他には淫行とか、着服くらいしか……」



 サーシャが爪を噛みながら思考を巡らす。やがてヒューリと眼が合い、これだ、と叫ぶ。



「思いついた! 色仕掛けで釣り上げろ大作戦よ。ヒューリ、これからアイツの部屋にいって、襲われてきなさい!」


「ふわぁ? 私、ですかぁ?」


「そうよ。気弱で従順でおっぱいが大きい。童貞男が好きそうなポイントを押さえてるじゃない。これ以上の適任者なんて居ないわ」


「私に、出来るかなぁ……」


「ちょっと待てよサーシャ、ヒューリが男性恐怖症だって知ってんだろ! それなのに、なんつう事を!」


「別に、最後まで相手しろだなんて言わないわよ。決定的なシーンになったら止めるから」


「そんなん許さねぇ。卑劣にも程があんだろ!」


「だったらシャロン、代わってやんなさいよ。筋肉女が好きって趣向が、どれだけ一般的かは知らないけどね」


「こんの野郎……!」


「止めてください、2人とも。ケンカしないで」



 ヒートアップする口論を止めたのは、ヒューリの呟き声だ。か細く、ささやかなものだったが、場を制するのに十分だった。



「あのさ、ヒューリ。ちゃんと理解してる? アンタの純血が汚されるかもしんないんだよ?」


「はい、分かってます。私なんかで務まるか、不安だけど」


「アシュレイ先生が相手だよ、男なんだよ、怖くないの?」


「あの人は、そんなに怖くないです。それに、もしかしたら、止められるかなと思うし」 


「止めるって、何を?」


「先生の涙。ずっと、ずっと泣いてるの。私なら、もしかしたら、泣き止ませる事が出来るかもって」


「ヒューリ、アンタまだそんな事を……」



 予想だにしない返答に、シャロンは言葉を失う。そして、有無を言わせぬ号令が、声高に響いた。



「はい、何だかよく分からないけど、決まりね。作戦決行よ。ヒューリは部屋に侵入して、私達はドア付近で待機。奴が欲望のままに襲いかかったところで、悲鳴をあげましょう。後は周りの大人達が上手くやってくれるわ」


「シャロンさん。男女の仲って、どうやれば良いんです? 知ってたら教えて欲しいなって」


「いや、アタシもよう知らんけど……」


「さぁさぁ善は急げ。兵は失速を尊ぶものよ」


「失速じゃなくて、拙速じゃねぇの?」


「おだまり! とにかく急げって事よ!」


「それから兵は拙速を……って、ダラダラ会議するくらいなら、動いた方がマシって意味だったような」


「うるさいうるさい、お喋りはここまで! 走りなさい!」



 こうして4人は、自習室の窓から抜け出し、講師寮へとやって来た。そちらは特に監視や施錠はされておらず、出入りが比較的自由だった。


 もちろん、潜入も容易い。



「良いことヒューリ。ここだって思ったら、ちゃんと合図出すのよ。じゃないと助けるのが遅れちゃうからね」


「あの、サーシャちゃん。やっぱり止めようよ。トラウマの上塗りになっちゃいそう……」


「なによアイリーン。今更じゃないの。本人がやるって言うんだから良いのよ」


「じゃあ、行ってきます……」


「気をつけてね、ヒューリ」



 ヒューリは1人、アシュレイの部屋に足を踏み入れた。ローブで身を包み、中は衣服を着けていない。経験のないシチュエーションに、自ずと足が震えた。



「そこにいるのは誰だ?」



 暗がりの方から、野太い声が聞こえる。窓から差し込む蒼い月明かりが、ベッドの膨らみを朧気に照らした。


 そこでアシュレイが寝ている。ヒューリは当たり前の事を思い出し、今更ながら慌てた。



「あの、その、私の事はご存知でしょうか? 同じクラス、特進クラスの……特進ってのは特別進学の略で。そこのヒューリ・ロメオって言います! こ、こんばんわ!」


「今は死ぬほど眠いんだ。用件なら明日にしろ」


「あの、えっと……月がキレイですよねぇーーなんて思いまして」



 今一つ噛み合わない会話。それはヒューリという少女が、極端な場面に追いやられた事が原因である。ただでさえ男慣れしていないのだ。スムーズな会話など、期待する方が悪い。



「そこに居るのは誰だ?」


「ふあ? あの、ヒューリです。槍術科の。1年も習ってF判定なんで、名前を覚えて貰う価値も、ないかなって思いますけど」


「今は死ぬほど眠いんだ。用件なら明日にしろ」


「あの、その、えっと。こんなにも月が蒼いから、先生とお話ししてみたいなぁーーなんて思ったり……」


「そこに居るのは誰だ?」


「ふあぁ!? ヒューリです。ヒューリ・ロメオ! 2年目の槍術科で、テストは全部Fで、他にはえっと……。スリーサイズは、上から91、65……」



 窮地に陥ったが為に、なぜか聞かれてもない情報を晒してしまう。その様子は、ドアの向こうに控える仲間たちにも伝わった。



「なに。どうして3サイズの話になってんの?」


「訳が分からないわ……。ヒューリの声しか聞こえないし」


「これってもしかして、堂々巡りになってる?」


「そんな風にも聞こえるけど、何でよ?」


「さぁ……」



 聞き耳を立ててみるが、やはり聞こえてくるのはヒューリの声だけだ。



「あの、その。突然過ぎるとは思いましたが、お近付きになれたらって。先生とは、ちゃんと喋った事もないので」


「はぇぇ!? 槍術のヒューリですぅ! すいませんすいません。私なんかが名前なんて名乗ってぇ!」


「ひぇぇぇ! お、おち、お近付きになりたかったんですぅ! すいません私なんかがぁぁ!」



 一体どんな会話が繰り広げられているのか。サーシャ達は不審に思い、僅かにドアを開いてみた。


 するとそこには、部屋の隅で縮こまるヒューリの姿が見えた。肝心のアシュレイは、ベッドに潜り込んだまま。立ち上がる気配も見せない。



「奴はあそこに居るのよね。童貞風情が、据え膳に手を出さないなんて、どんな了見かしら」


「あれ? サーシャちゃん。枕元が光ってない?」


「言われてみれば。何かあるのかしら」


「もしかしてこれは……?」



 アイリーンは息を殺して、室内に足を踏み入れた。そして確信を得ると、ベッドに歩み寄り、枕を持ち上げた。


 その裏面には術式が刻まれており、ほの明るく輝いていた。



「みんな、先生はここに居ないよ」


「そこに居るのは誰だ?」


「これを見て、魔術を施してる。声に反応して、自動的に返事するように設定されてるみたい」


「今は死ぬほど眠いんだ。用件なら明日にしろ」



 呆気に取られる一同。ヒューリなどは気が抜けてしまい、両手を着いて崩れ落ちた。



「だったら、クソボケは今どこに居んのよ?」


「さぁ。見当もつかないけど」


「これって、偽装工作ってヤツだよな。そこまでして、なんで居留守を?」


「わからないよ。とりあえず、外出してるって事くらいしか……」



 その時だ。窓の外から異質な光が差し込んだ。目も眩む程の輝きに、一同は腰を抜かして驚いた。



「今のは何!?」


「たぶん、理事長室……」


「それは本当ね、アイリーン?」


「うん。一瞬だったけど、確かに光ってたもん」


「きっとクソボケはそこよ。行ってみましょう!」


「ちょ、ちょっと待って!」



 先駆けするサーシャを、転げながら追いすがる仲間たち。今の光は、アシュレイの不在と何か関係があるのか。


 誰も口には出さなかったが、無関係でないことは、薄々と感じていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る