第4話 セリスは魔法少女
セリス・スフラン。15歳。特進クラス在籍。専攻は魔術科。彼女の一族は、多数の魔術師を輩出しており、特に父親は宮廷に招かれる程の実力者だ。その血筋もさることながら、小柄な体型も、前衛よりは魔術師向きだった。
外見の特徴として、金色の髪とサイドテール。そして無表情というものがある。感情を削ぎ落とした様な振る舞いは、やたら騒ぐサーシャとは対象的で、かえって目立つ存在だった。
そんな魔法少女セリスは、着席したままだ。教わりたい、というのは冗談でなく、真意としか思えない。
虚を突かれた形のアシュレイだが、一応の準備はある。分厚い本を片手に、黒板の方へ向いた。
「じゃあ、予定通り魔術の授業だ。内容は、中級の……」
「待って。そこからじゃなくて、最初からお願い」
「最初ってどこからだ?」
「初歩の初歩。その本の1ページ目から」
「お前な。いくら成績不振だと言っても、それくらいは知ってるだろう。基礎知識だ。初日に習う内容だぞ?」
「もちろん。でも先生の解釈を聞いてみたい。何か発見があるかも」
「まぁ、オレは構わないが」
魔術書の1ページ目、そこに書いてあるのは概念だ。魔術が何たるか、について、大仰な言葉が連なっている。踊り狂う美辞麗句。必要性を疑いたくなる装飾語の津波。もはや読み上げる事さえ面倒になり、自分の考えを述べる事にした。
「魔術とは何か。それは一言で言えば、術式による魔法の発動だ。定められた様式に則り、古代語で決まり文句を並べる。発動させる魔法の属性、効果範囲と威力、目標とする方向に距離。それらを指定したら、必要分の魔力を投じて発動させる。適量の魔力は言語化できない。何度も挑戦して覚えるしかない」
「ふむふむ。なるほど」
「魔術は、精霊に依存する精霊術と違って、シチュエーションを問わずに発動できる。砂漠で氷を出したり、青空に雷を起こす等。その代わり、術者の魔力を多く消費するから、乱発ができない。ちなみに魔術は、魔緑石をあしらった杖で扱うイメージ強いが、無くても問題ない。慣れれば素手でも発動できる。どうだ、理解したか?」
返答の代わりに、セリスは拍手を打ち鳴らした。その響きには、感激や感動といったニュアンスが籠められている。
「すごい。分かりやすい。本の百倍は素晴らしいと思う」
「確かにこれを教材にしたら、意味が分からんだろう。実地で体験する方がよっぽど良い。習うより慣れろだ」
「座学で教える先生が、それ言っちゃう。なんか変なの」
「所詮は、臨時の雇われだからな」
「それにしても、どうして書物って偉そうというか、鼻につくの。書いてある半分は自慢話とか、偉業をダラダラと」
「言ってやるな。著者の自伝を兼ねる側面もあるんだよ」
「そう。本に書かなきゃ、聞いてくれる人が居ないのね。寂しい人達」
「そんな背景じゃないと思うがな」
アシュレイはページをめくり、次の単元に移った。最初に登場するのは火属性魔法。生活に馴染み深く、扱いも比較的簡単なので、1番に習う事が多い。この本でも、そのように扱われている。
それから火属性の概念を解説し、汎用的な古代語を黒板に書き記す。指先に付着した石灰を、自分の掌ではたき落とした頃、再び拍手が鳴らされる。
「素晴らしい。驚いた。今までの授業で1番楽しかった」
「それはどうも。だったら理解したよな?」
「ううん。分かんない」
「おい、素晴らしい説明じゃなかったのか」
「違う。そうじゃなくて。分からないのは私の魔術」
「お前の?」
「言われた通り、書いてある通りに、ちゃんと実践してる。でも上手くいかない。変な風になる」
この時アシュレイは、初日の模擬戦闘を思い出した。確かに妙なタイミングであったり、大きく外れた位置で魔法が発動したものだ。
単なるミスだろうと、今の今まで認識していた。
「気になるか?」
「それはもう。まともに発動した事なんて、数えるくらいしかない」
「そこまで失敗するとか、ある意味才能だ。じゃあ行くぞ」
「行くってどこに?」
「興味が湧いた。お前の術式を見せてもらう」
それから向かったのは訓練グラウンドだ。予定に無い使用である。元々授業をしていたクラスから煙たがられたが、そこの講師はアシュレイの姿を見るなり、角の区画を開けてくれた。どこか、渋々という態度ではあったが。
「よし。遠慮なく試せ。魔法が明後日の方に飛んだとしても、周囲に張り巡らせた結界が、事故を防いでくれる」
「何をしたら良いの」
「手始めに、炎の魔法を唱えてみろ。目標はあのワラ人形だ」
更地の地面には、人型を模して編んだワラが、地面に突き立っている。主に弓術や、武術の打ち込み稽古に使うものだ。
「その前にお手本。腕前を見せて」
「まぁ、良いだろう」
アシュレイはワラ人形と向き合って、人差し指を突き立てた。すると指先が煌めき、古代語による文様が円を描きつつ回転。手早く組み込まれた術式に、僅かな魔力を注ぎ込み、発動させた。
「ファイヤービット」
手のひらサイズの火球が、ワラ人形に襲いかかる。それは頭に命中し、人間で言う頭髪の部分が燃えた。すかさずアシュレイは、火が燃やすままに任せず、虚空を殴った。遠当ての技だ。その風圧は凄まじく、離れたワラに点いた炎を揺さぶり、鎮火させてしまった。
今となっては、微かな白煙が昇るだけだ。
「よし。お手本は終了。同じのをやってみろ」
「凄いことを、シレッと2つもやった。追いつけない」
「素手の術式と、遠当ての事か? それを真似しろとは言わん。杖を使って良いから、同じ魔法を唱えろという事だ」
「やる気を持ってかれる。でもめげない。頑張る」
セリスは大して迷いを見せず、杖に両手で掲げた。杖の先端に埋め込まれた魔緑石が煌めく。続けて古代語の文様が円形になって、煌めく。
回転する術式を眺めても、特に不審な点など、アシュレイから見ても分からない。これで失敗するのなら、魔力量の問題かと思う。あまり、つまずきそうにないポイントだ。年単位で研鑽を積んでいる筈なのだから
だが相手は、学園でも屈指の落ちこぼれ。1年かけて真面目に学んだ今も、E判定という屈辱に甘んじている。それは言葉にすれば、才能無しと言われたようなものだった。
「いくよ。ファイヤービット」
その言葉と共に、辺りの地面が赤く染まる。続けて吹き荒れる熱風が、アシュレイの肌を打った。不穏だ。そう思った矢先、火柱が高く立ち昇った。
ワラ人形に命中はしていない。しかし、凄まじい火力だ。紅蓮の炎はワラにも燃え移り、瞬く間に燃やしてしまう。そして標的を焼き尽くしてもなお、火勢は弱まらず、ゴウゴウと音を立てて燃え続けた。巻き上がる火の粉は、さながら滝登りするかのようだ。
「えっと、成功?」
「見て分からんか、失敗だ」
「成功寄りの失敗?」
「大失敗だ。誰がファイヤーウォールをやれと言った。同じ魔法にしろと言ったろう。しかも、この距離で、動かない的を外すんじゃない」
「やっぱりおかしい。やろうとしたのはファイヤービット。飛び出したのはウォール。どうして?」
「どうしてって言われてもな」
アシュレイから見ても、途中までは完璧だった。しかし初級の術式であるのに、発動したのは中級レベルだ。それは理論的には可能だ。簡易な術式に対し、過剰なまでの魔力を注ぎ込めば良い。手法として一般的でないというだけだ。
ただし、誰にでも出来る芸当ではない。常用するのは熟練の魔術師くらいだ。未熟者が試したなら、発動には至らず、魔力を消耗するだけで終わる。
「つまりコイツの力量は、高位の魔術師と同等……」
「どうしたの。好意って言った? 私に惚れた? 歳の差を考えて欲しい」
「いや、まさかな。子供だし、実戦経験のないヒヨッコだぞ。それが歴戦の騎士や冒険者と同レベル?」
「そうそう。私はまだ子供。求愛なら大人になるまで待って。その時に考えてあげる」
「おい。ちょっと試させろ」
「試すって何を。青い果実に欲情した? 通報しなきゃ」
「さっきから何の話をしてんだ」
「特殊な性癖について」
「魔術の話はどこにいった!」
仕切り直し。新たなワラ人形を用意して、場を整えた。
「良いか。術式は同じでいい。その代わり、ありったけの魔力を注ぎ込んでみろ」
「何だ。てっきり愛憎絡み合う情事になると思ったのに。いくじなし」
「まだ言うか。真面目にやれ」
「やらいでか」
杖を構えたセリスが術式を展開する。ここまでは変わらない様子。それから肩で大きく息を吸って、気迫が籠められると、状況は一変した。
まず旋風が巻き起こる。魔力の注入だけで風が吹いた。かなりの遣い手、少なくとも学生に出来る事ではない。
「なんだ……術式が……?」
アシュレイは、この異変よりも杖先に眼を向けた。白い輝きを放っていたものが、朱に蒼にと色味を変え、歪んでいく。
それを見た瞬間、声を荒げて叫んだ。
「何をやっている、今すぐ止めろ!」
「凄いコレ、新しい扉が開けそう……」
「おい、聞こえないのか! 今すぐ止めるんだ! 言う通りにしないと、命に関わるぞ!」
「この力なら行ける。もう誰にも、馬鹿にさせない力が……」
「クソッ、話を聞け!」
アシュレイは掌に術式を起こし、そして横一文字に振り払った。魔法による風の刃が、セリスの杖を真っ二つに切り裂いた。
それで魔術の胎動は終わる。行き場を失った魔力が暴風となって吹き荒れて、いずこかに消えた。
「ここまでとは、想定外だ……。魔力の注入で、術式が歪むだなんて」
「先生。私、何しちゃったの?」
「お前がやろうとしてたのは、上級も上級。最難関の合成術だ。恐らく色味からして、炎と風だろう」
「そんなの知らない。でも、出来そうだった。邪魔するなんて意地悪」
「違う。合成術は扱いが難しく、粗悪な術式だと暴発するんだ。下手すれば反動の全てが、術者に降りかかる。体が四散しかねんぞ」
「それは困る。バラバラとか。まだ死にたくない」
「だったら今後は無茶するな。オレの命令に従え」
「全力でやれって言った」
「……ここまでとは思わなかったんだ。それより、いつまで座り込んでる。今日はもう良いから、部屋に戻って休め」
アシュレイが掌で追い払う仕草をした。それを受けてセリスは、従うでも、非礼に怒るでもない。両手をアシュレイに向かって、差し出すばかりだ。
「何の真似だ?」
「疲れて立てない。抱っこ。おんぶでも可」
「甘えるな。ガキでもあるまいし」
「世間一般では、15歳なんて子供。甘える資格は保持してる」
「そうか。この程度で音をあげるのか。せっかく、魔術に特化した講師を紹介しようと思ったんだが。このザマじゃ当面は……」
「お疲れ様。明日もよろしく。ごきげんよう」
セリスは何事も無かったように立ち上がり、1人で歩き出した。
その後姿を、アシュレイは頭を掻いて見送った。
「訳わからん奴だ、色々と……」
エリス・スフラン。魔術科。昨年の試験では前・後期のいずれもE判定だ。しかし、潜在能力はA判定どころか、判定不能なレベルである。
鍛え方次第では化けそうだ。自分やクエンに匹敵、場合によっては超えるかもしれない。そこまで考えて、首を振りながら苦笑した。
「何を絵空事を。そもそも、真面目に講師をやる意味が無いんだ」
アシュレイは、去りゆく背中を見送った。小さい、幼い。あんな少女が、血みどろの戦場を知らずに居られるなら、むしろ幸せなのではないか。そんな想いが胸に込み上げた。
そんなアシュレイを、離れた位置から眺める姿がある。物陰から覗く3つの頭。特進クラスの生徒達だった。
「聞いたでしょう? 言うこと聞かなきゃ殺すって。やっぱり、とんでもない悪党だったわ。強いのを良いことに、女の子を力づくで支配しようだなんて。アイリーンが聞いたら、顔を真赤にして怒り狂ったに違いないわ」
「えぇ〜〜? さっきの台詞は、そんなニュアンスじゃないような……」
「おだまりシャロン! 悪党ったら悪党なの! それにしても焦れったいわね。理事長さえ居れば、とっとと糾弾して追い出せるのに」
「それ私情じゃん。キレすぎだっつの。ねぇヒューリ?」
あまりの剣幕に、シャロンは助け舟を求めた。しかし、問いかけに対する反応は薄い。口調もやたらと遅いのだが、普段通りである。
「えっ、何? ごめんなさい、聞いてませんでした」
「アハハ……。ヒューリはどう思うの、先生の事。サーシャは毛嫌いしてるけどさ」
「私? 私は……」
緩やかなクセのある黒髪の隙間から、茫洋とした瞳が覗く。それは腕組みをしながら佇む、アシュレイの背中に注がれた。
「泣いてるんだと、思います」
「泣いてる? 誰が?」
「先生。昨日から、ううん、多分もっと前から。ずっと泣き続けてる気がします。迷子になった子供みたいに、1人きりで」
「迷子、ねぇ……。相変わらずヒューリは不思議な事を言うなぁ」
「フンだ。あの傲岸不遜な態度、どこが迷子なの? 可愛げのない、腹立たしいだけのクソ野郎じゃないの」
「泣いてますよ。でも今は、ちょっとだけ泣き止んだ……かも?」
「あぁもう。その話ヤメ! 寮に戻って作戦会議よ。アイリーンも呼んで、セリスを正気に戻す計画を立てるの!」
「正気に戻すって。アタシは様子見で良い気がするけどねぇ。アシュレイ先生って、思ったより悪くないような……」
「良いから! 駆け足!」
怒鳴り続けるサーシャに、仕方なく従うシャロン。2人の後を慌てて追うヒューリ。特進クラスの生徒達は、1人を除き、遅くまで長々と打ち合わせするのだった。
アシュレイを取り巻く環境は、未だ厳しいままだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます