『女の園のエデン』その2

 当初書くつもりだったのは、ふたりのイヴのストーゲイが、介入によりエロスへと変質していく様子、純粋で無垢な、幼児的全能感に裏打ちされた愛、容易に裏切られ、人が長じれば自然と失われていく類の愛が、ほころび崩れ落ちていく様。ふたりが不幸せなキスをして終了。このバッドエンドでおしまいのつもりでした。


 おとんが「ん、」と言えばおかんが無言で醤油かソースかあるいは塩コショウを差し出す、なんでおかんはおとんの「ん、」で欲しがってるもん分かったの?

 これぞ愛、純朴、素朴、朴訥な愛、道端に落ちてる水垢やヤニで汚れた純愛。

 巨大なスクリーンで上映される大それた愛でなくそういうものをスタート地点とする。

 そう決めたはいいんだけど、具体的にそのシーンをどう描くか。

 もうだめ。全然思いつかない。

 コップのことなんて何ひとつ考えずに思い付きで水差しを傾ける、この描写を思い付くのに本当に苦労して、当該場面は〆切前日ぐらいまでずっと空欄でした。


 三話の服を着せるシーンも同様で、ふたりの決定的な断絶、主人公を絶望させるための出来事というのがまるで思いつかなくて、前日か当日まで思いつかなくてあーうー唸ってました。

 だってさあ、普通作品に存在する仲たがい、喧嘩のシーンって、お互いのすれ違いによるもので、大事なものに対する認識のずれとか、そういうので引き起こされるのが定番だけど、このふたりは一切すれ違わないのよ。そう設定したから。

 ほんとにもうずっとじたばたしてどうにもならず疲れて不貞寝してたんです。

 〆切に追われてとにかく棚上げして別の部分を書き進めよう、という中で手癖で書いた服作りに逃避した、という一文を見て「アッツカエルコレツカエルヨ!!!」というテンションでぴゃーと書きましたね。


 とにかく、そもそもこの後語りで語ることがいっぱいある、というのが作中で語ることがいかに難航したか、というのを示しております。

 とにかく主人公がものを知らない。そして世界がとても狭い。なんもない。

 ちなみに舞台はどうにかこうにかテラフォーミングした惑星に突っ込まされたガッタガタの播種船という感じの設定なんですが、そういうのも全部視点人物には伏せられている。つらい。突如正体を現した黒幕の≪蛇≫がラストバトル前にすべての真相をペラペラ喋ってはくれないかと何度考えたでしょう。ニンジャが出てもいい。


 アルジャーノンみたいにどんどん賢くなって貰おうと思ったけれど長い時間経過を描くだけの文字数が足らず、後年イヴが人々へ語った内容、という形式にすることでなんとかその辺を緩和したりもするんですけどまあ辛い。

 そんなこんなで、書くつもりのなかった≪蛇≫の愛に言及していくことになります。主人公にはたくさんのことに気付いてもらって、成長と共に変わっていく自己認識=愛のかたちを必死に語ってもらうことになりました。

 

 スタート地点となる幼児的な愛、無根拠な自己との同一視、たまたま同一の存在としてのつがいがいるために純粋な愛として成立してしまう愛。

 それと対置する、裏切られてなお乗り越え、自らの意志で相手を受け入れる愛。

 自分の一部だと思っていた者の、まるで知らない一面に出くわした時の裏切られたかのような身勝手な失望、その試練の先にある揺らぐことのない強い愛。

 そういうものを書こうとしたとき、書き始める前まで考えたこともなかった、愛する上での情報格差の問題というものに突き当たる。

「≪蛇≫はあまりに長生きで、≪蛇≫はあまりに物知りで、私たちにその思うところを窺い知ることは叶わない。」

 メモに記した一文を見返して、ラストの展開は固まっていきました。

 無知な住人たちと、膨大な時間を生き膨大な知識をもつ≼蛇≫、前者が後者を愛することの困難さ、愛する者を傷付けること、愛されなくてもいいという覚悟。


 正直なところ、病気も設定による自縄自縛も抜きにしてさえ、自分の考える愛の形をを伝えるのは非常に困難な作業で、十分にやり遂げたとはいえず、きっともっと良い描き方があったはずだという念があり、かつそれは具体的にどういうものだという問いに答える言葉も出てはこない。

 愛というのは繰り返し何度も挑むべき、挑みがいのあるテーマだなあと思うところであります。









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