第4話音無さんは純愛派
いつもの放課後の教室。
「私は女に別れを告げてその女の家を出た。別れを告げたとき女は未練がましく私にすがってきたが素気無く追い払った。所詮は私の金目当ての女だ。大事にする道理もない。
そもそも本妻が家にいない間の遊びだけの関係なのだから。俺は……。ってもう限界だよ新藤君。なんでこんなにドロドロしてるの?」
音無さんは俺が書いた小説である「二人の女」の原稿を持つのを辞めて机に置いた。内容は社会人の主人公が妻の出張中に愛人を作ったことによって起きたある事件を書いた大人向けの小説だ。
「音無さん。俺の書いた話のドロドロはまだまだこんなものじゃないぞ。こんな序盤で読む手を止めるにはもったいないぐらいのドロドロを……」
「私たち高校生なんだからさわやかな青春の話の方が書きやすいと思うよ」
「俺はこういう破滅しかない不倫系の方が書きやすいと思うけどな」
さわやかな青春ものはどう書いたらいいのか俺には全く分からない。仮に書いたとしても、強引にでも悲劇的な方向にもってくと思う。たとえば、恋人が突然死するとか、主人公が交通事故に遭って記憶喪失になるとか。そうやって非日常ものにしないと普通の日常なんて俺が書いたとしても確実につまらなくなる。
「不倫っていうのは物語を創るうえでの一種のスパイスだ。だから、不倫自体は物語の主題ではないよ!」
音無さんが変な誤解しないように俺は予防線を張る。不道徳的な男だと認識された嫌すぎる。
「新藤君は不倫しないよね?」
なぜか音無さんは引き気味な目で俺を見ている。彼女の声からも俺をからかっている様子はみじんも感じられない。さっきの予防線は全然通じていないようだ。
「あくまで話を作るうえでの話だよ!。 現実では肯定していないから! それに音無さんに読んでもらった小説の主人公も罰受けるから。」
「ど、どんな罰を」
音無さんは罰の内容がかなり気になったのか真剣な声で問い返してきた。
「最終的に不倫していたのが双方にバレて主人公は二人に殺される」
「……。とことん暗いねこの話」
音無さんの顔はそれを聞いて青ざめてしまった。彼女は原稿用紙をもう一度手に持ち丁寧に読み返しているようだ。
「でも、ドラマチックな話にはなっているよね、音無さん?」
「わたしの知っているドラマチックと違います、新藤君。これじゃあ終わり方に救いがなさすぎるよ」
音無さんはバッサリ俺の意見を切り捨てる。
「最近のはやりを取り入れたんだけどな」
「いったいどこにはやりの要素があったのかな?」
「悪いことしたやつが因果応報な目に遭うところだよ。不倫男が弄んだ二人の女に殺されるなんて最高にスカッしないかな?」
「まず主人公を悪者にするところがずれている気がするよ。それに殺して解決する問題じゃないと思うし。誰も幸せになれない結末になってるとわたしは思うよ。 新藤君、わたしの持ってる原稿以外にもまだあるのなら、読ませてくれないかな?」
「持ってるぞ」
俺は音無さんに原稿を渡す。今渡したので小説の終わりまでだ。短編小説なので量はそんなにはないが、わざわざ読むなんて……。
十分後。
「全体を読んだ感想を言うね。女の人のキャラは芯があってよかったよ。二人の主人公にについて話し合うシーンは心に残りました。それだけに余計に主人公のキャラがひどいと思います。」
「だって、主人公はクズのつもりで書いたし」
「それが致命的にダメなんだよ」
「ええ~!」
「わたしが今から主人公のダメな点を挙げるね。一つ目は金に対すう執着だね。不倫相手のことを言えないくらい……」
音無さんはとても熱心に俺の作品に対する意見を語ってくれる。正直に言えば、思っていた反応とは違った。それでも、彼女が俺の作品を真剣に読み込んでくれているのが嬉しい。
嬉しい。嬉しいのだが、このダメ出しいつまで続くのだろう。
音無さんのダメ出しが終わったのは下校時刻の十分まえであった。
とりあえず結末と主人公のクズさをなくすのが着地点になった。
「音無さんの貴重な意見ありがとう。それと今日は俺の小説のことばかりになってごめん」
「いえいえ、わたしがつい熱くなってしまったのが原因です。素人がいろいろ口出してしまってすいません」
音無さんは毒舌編集者モードからいつもの優しい音無さんに戻っていた。少々言い過ぎたと思っているようで顔は俯き気味である。
「違うよ音無さん。読者の生の感想こそ作家にとっての一番の宝なんだから、これからも容赦ない感想を頼むよ」
「そ、そうですか。なんだか照れますね」
音無さんは頭を両手で押さえながらもはにかんだ笑顔を見せてくれた。
「今日は俺にとっては実りある日だった。けれども、音無さんには何の収穫もなかったからな。明日からは音無さんの好きな小説の一場面をコピーして読んでもらうことにする。好きな小説なら内容は気にしないで読むことだけに集中できるし」
俺の小説を読んでもらったのは完全に俺のことしか考えてなかったしな。そりゃ、アマチュアの小説なんて読んだらアラが気になって当たり前なんだから。これは本来の形式に戻すだけの話なのだ。
「そうだよね。また新藤君の小説を読んで熱く語ってしまって時間が無くなったら意味ないしね。明日はちゃんと小説のコピー持ってくるね」
音無さんはそさくさと帰る準備をして、教室のドアに手をかけた。
「そ、それでは今日もありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
そう言って音無さんはペコリと頭を下げた。
「こちらこそありがとう。明日もよろしく」
俺は音無さんを見送ってから帰る準備を始めた。彼女と一緒に帰ろうと思えば帰れる。しかし、二人で下校するのは恥ずかしく感じるのでいつも先に音無さんに帰ってもらっている。
それに加えて窓から下校する彼女を見るのが好きなのもある。遠目から見ても彼女のトレードマークである腰までかかる長い黒い髪からは気品さを感じる。
そんな彼女を見ながら俺はボソッと呟いた。
「音無さんの好きな本ってどんなだろ?」
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