夏祭り

たちばな

夏祭り

「おい」

 賑わう会場。一人待っていた真紘は、誰かに小突かれて顔を向けた。

「あー……えっと……?」

「智だ、馬鹿」

 チッ、とマスクの中から舌打ちが聞こえる。不機嫌そうな、いつもの智だ。

「そんなカリカリしないでよ! つか、律は? 私ら誘ったよな?」

「お前、律が騒がしい場所苦手だって忘れたか? こんな人だらけのうるさい所来るわけないだろ」

「そうか……私、無神経だったな」

 しゅんとして下を向く真紘。智は冷たく、「そうだな」と返す。

「はぁ!? ちょっと智、それはないだろ! 私ら友達……じゃ……ないわ……」

 怒って反論した真紘だが、その言葉はすぐに勢いを失った。

「私は事実を言っただけだ。というかその格好なんだよ」

 重たい髪の下からでも、睨まれていることが分かる。真紘はそれをスルーして、自分の格好に目を向けた。

「は? 祭りといったら浴衣でしょうが。あと団扇」

「それじゃねえよアホ。私が言ってんのはそのお面だ。何で無駄に可愛い猫なんだよ」

 実際に……真紘がつけているのはアニメ風のタッチで描かれた猫の面。きっちり浴衣を着ている分、可愛い猫の違和感と異様さが目立つ。

「良いだろ猫。可愛いし。智を待ってる間に買ったんだよ。私、可愛いだろ?」

「いやそれをつけてるお前を可愛いとは思えねえわ。今すぐ全世界の猫に謝れ」

「酷! 良くそんなつらつら罵倒が出てくるね。もしかして智、テンション上がってる?」

「真紘のそういう所が私のテンション下げてるんだけどな」

 真紘の絡みを素早く切り落とし、智は歩き出す。置き去りになりかけた真紘は慌てて後を追う。

「ちょ、智! どこ行くのさ。私が言うのもあれだけど、智って祭り好きなタイプじゃないでしょ!?」

 団扇を握りしめて叫ぶ真紘に、智はゆっくり視線を向ける。

「だから行くんだよ。はこういうの好きだから、お土産買うんだ」

 智はそれだけ言って、また歩き出した。

「んふ……ははは、智ってそういう所あるよね。律、喜ぶよ」

 真紘も歩調を早めて、智の横に並ぶ。

「ところで、律ってどんな顔だっけ」

「おい」


「ふーっ……」

 噂の中心人物……律は、祭り会場の外で大きく息をついた。早くなってきた呼吸をゆっくり落ち着かせる。

 正直なところ、律は帰りたかった。ここまで来るのに過呼吸になりかけ、たくさんの人の冷たい視線を浴びた。実際に今も見られている。しかし、律は祭りが好きだ。今まで行かなかった……行けなかった分、余計に行きたいのだ。

「大丈夫……準備したろ……」

 震える手で鞄からヘッドフォンを出し、耳につける。いくらか耳鳴りが和らいだ気がした。目は元々髪で隠れているから、少し下を向いて歩けば問題ない。

「よし……」

 汗ばむ手を握りしめ、律は歩き出した。


「あれ? おい真紘、あれ見ろ」

 くい、と浴衣の袖を引かれ、真紘は智の指さす方を見た。

「あれ。もしかして、律じゃねえか。すげえ顔色悪いな」

「えっ。……あー、そうかも?」

「……チッ。お前に聞くんじゃなかった。私行ってくる、これ持て」

「えっ、うわわ」

 突然智に金魚すくいの金魚を押しつけられ、真紘は慌ててキャッチする。その間に智はずんずん歩いていく。

「おい。……お前、律だよな」

「えっ。……あれ、と、智さん。どうも」

「ちょっと智! 急に走るの止めろって。追いつけな……あれ! ……えっと」

 追いついた真紘は律の顔を見たが、ピンとこないのか首を傾げた。

「さっき私が言っただろ。律だよ」

「……ああ! 律ね、やっほー」

「どうも、真紘さん」

 首筋の汗を拭いつつ、頭を下げる律。

「あ! これね、律にあげる。智が頑張って取ったんだよ」

 そう言って真紘が出したのはお菓子の詰め合わせだ。どうやら射的の景品らしい。

「あ……ありがとうございます」

 遠慮がちに受け取る律を見て、智はふん、と鼻を鳴らした。

「私がやりたかっただけだし。ここじゃ人多いからきついだろ、移動すんぞ」

「ひゅー! 智イケメーン!! ツンデレー!」

 華麗に無視する智と、それを茶化す真紘。律はしばらく呆然としていたが、「置いてくよ」という真紘の声で慌てて後を追った。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


「はー楽しかった。……あとは何があんの?」

「あと……花火があります」

 人混みから離れ、三人は一息つく。何だかんだ満喫していた智は眠そうだ。律はその隣で、くじ引きの景品だったスライムをいじって遊んでいる。

「律さ、花火どうするの? 大きい音鳴りまくるじゃん」

「そうなんですよね……俺、帰ります。結構楽しめたし」

 もう一度ヘッドフォンをつけ、帰り道の方に歩いていく律。真紘はほんの少し寂しかった。

「あいつ帰るのかよ」

「ああ、うん。やっぱり花火は不安みたいだな」

「だろうな」

 智はあっさりしていた。二人でぼんやりしている内に、放送が流れ始める。

『ただいまより、花火が始まります! ぜひ、楽しんでいって下さいね!』

「お! これからだ」

 真紘は立ち上がり、黒い空を見上げた。一筋の光。大きな破裂音と同時に光が美しく咲き乱れる。人が少ないのに良く見える、いわゆる穴場だ。

「うおおー!! すげー!!」

「真紘うるさい、声入るだろ」

 その声に横を見れば、智はスマホで花火を撮影していた。表情は良く見えないが真剣なのだろう。もしかして……と、真紘は智に小声で耳打ちする。

「智、それもしかして律に送るの?」

「そんなわけねえだろ。あいつが見たかったなーって言ったら私らはこれの存在をちらつかせて盛大に自慢するんだよ」

 いつもの智だ。性悪というか天邪鬼というか。真紘は盛大に吹き出した。同時にスマホを取り出す。

「ふっ……ふ、ははははは!! 智、それ良いね! 賛成だわ!」

 花火が上がるタイミングで、真紘はシャッターを押した。色鮮やかな花火が静止画になって保存される。

「おおー! 見ろよこれ、私すごくね!?」

「分かった分かった、撮影の邪魔止めろ」

 智は一瞬だけ真紘の画面に目を向け、撮影に戻った。花火はまだ上がっている。

「私、今日ここ来て良かったわ」

 智の横で、真紘がぼそりと呟いた。


 後日、結局真紘が折れて律に写真を送ったのはまた別の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏祭り たちばな @tachibana-rituka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ