四季を食べる

牛尾 仁成

四季を食べる

 仕事が終わり、帰宅する前にスーパーに寄る。


 カレイが安く、つやつやに身が張っている。おいしそうだからつい手が出てしまった。ポップによると、カレイは春が旬らしい。


 カレイに下ごしらえはしない。トレイから出して水気をふき取ってやるぐらいだ。


 平鍋にカレイを横たえ、醤油、酒、みりん、砂糖で味付けして、水を入れて煮込む。一煮立ちしたらスライスしたショウガを乗せてアルミ箔で落し蓋を作って被せておくと短時間で味が良く染みる。ウチは都市ガスじゃないから、ガス代が高いのだ。


 真新しい皿に乗せられたカレイは茶色の煮汁に浸されて、ホカホカと湯気を立てていた。箸で背中を割ってやると、雲を裂くような感触で箸が通る。黒い表皮と煮汁を吸ってうっすらと色づいた白身をつまみ、口に含んだ。


 うまい。


 醬油と砂糖の甘じょっぱさに白身魚の淡白な味わいがとても合う。


 ショウガの香りと辛みがアクセントとなり、飽きの来ない味わいが生み出され、箸がまったく止まらない。端のえんがわ部分にはしっかりと油が乗っており、小骨を取り除いて、ちまちまとつまむように食べた。ミカンの果肉ほどの小さな身のどこにこれほどの旨みがあるのだろう、と疑いたくなるほどの美味さだった。


 ふと、気が付くとカレイは骨を残して、綺麗に無くなっていた。

 

 誰か隠したんじゃないよな? そう思いたくなるほどあっと言う間だった。




 会社の同僚から野菜を分けて貰った。何でも農家をやっている実家から送られてきたが、多くて食べきれないらしい。自分も一人暮らしだから大した量は食べない、と言ったが自炊してるんだからどうとでもなるだろ、と言われ袋いっぱいの野菜を持たされてしまった。


 中を見ると、青々としたズッキーニや真っ赤なトマトが顔をのぞかせていた。


 今日はカレーだな、と安直に思い付き帰り道でルーを買った。


 カレーは国民食と言えるほど普及していて、誰でも簡単に作れる。デカイ鍋に水と切った食材、カレールーを投入して煮込めば完成なのだ。林間学校でほぼ100%の採用率を誇るのだから、そのお手軽さが分かる。

 

 けれど、その道は奥が深い。本格的に作るのなら複数のスパイス練り合わせてベースを作り、時間のかかる焦がし玉ねぎだとか、はちみつ、ヨーグルト、チョコレートなどの隠し味もたくさん用意しなくてはならない。要は時間と資金が許す限りこだわりたければいくらでもこだわれるのだ。


 自分の場合はと言えば、特にこだわりは無い。一からカレーペーストを作るほどの凝り性でもないので、安い豚肉、玉ねぎ、人参を入れた鍋に文明の結晶たるカレールーを投入するだけである。


 カレーがコトコトと煮込まれている横で野菜の準備をする。ズッキーニとナスは輪切りにして、黄色いパプリカは縦に切り、それらをさっと焦げ目がつく程度に炒める。


 深皿にカレーが盛られ、夏野菜がゴロゴロと乗っている。目を引く鮮やかさと汗ばむような暑さでも食欲を呼び起こす刺激的なスパイスの香りが、部屋いっぱいに広がった。カレーを一口食べる。


うまい。


 ルーに凝縮されたスパイスの辛みとバターや肉等のエキスが奥行きのあるコクを生み出し、味蕾をはじけさせた。咀嚼すればするほどに美味い辛みが走り、体中の汗腺から汗が吹き出す。でも、食べる手は止まらなかった。辛みに耐えかねた時、鮮やかに輝く野菜を頬張ると、熱せられたことにより甘みが増した野菜が清涼剤として口の中を癒してくれた。辛い、甘いの無限ループに陥ったスプーンは深皿が空になるまで動き続けたのだった。




 仕事で嫌なことがあった。


 どうしてあんな言い方をしてくるのか理解できなかった。考えるだけで、頭が痛くなるし、またあいつと顔を突き合わせて仕事するなど想像もしたくない。


 そんなわけで、ストレスフルの時は酒に逃げるに限る。


 またぞろスーパーに寄って、発泡酒ではなくビールを買う。サンライズでやたら巻舌で読み上げたくなるあのメーカーのビールだ。ただ酒を飲むのも味気ないので、当てが欲しくなる。


 今日はシイタケが安い。なるほど、秋の味覚ということか。


 買ってきたシイタケの石突を切り落とし、残った傘に醤油を垂らす。

 余っていたスライスチーズを傘の大きさにちぎって乗せ、オーブンで5分程度焼く。これで完成である。手抜きにもほどがあるが、料理なんてやってられないから、これでいいのだ。がぶり、と熱々のシイタケにかぶりつく。


うまい。


 熱々のチーズとシイタケの肉厚な身が崩れて中からジュワーっと、旨みが溶け出した出汁が溢れる。子供の時はそんなに好きじゃなかったシイタケだが、大人になってみるととても味わい深い素材であることを知った。醤油の香ばしさが絶妙に効いている。そして左手に握ったグラスに注がれた黄金の酒である。ぐいっと流し込むと口の中にある油が押し流され、スッキリとした苦みが染みわたっていくようだった。


 頭の中にある嫌な記憶も一緒に飲み干した気分になれた。

 

 


 会社も御用納めとなり部屋でゴロゴロしていると、買い物に行かせられた。面倒だと思いつつも、掘り出し物を求めて年末の食材が並ぶ棚から食材を選ぶ。


 野菜を切り、肉を切り、タラの切り身を食べやすい大きさにする。


 こたつの上では赤い鍋が地獄のようにグラグラと煮立っていた。


 そこに切り分けた材料をこれでもかと投入する。


 冷える夜にはチゲ鍋が一番だ、とこたつの反対から寝ぼけた声が聞こえた。


 なまけ者には鍋は当たらん、と言ってやった。


 フタの穴から白い蒸気が噴き出すのを確認して、フタを開ける。


 なまけ者が物欲しそうな顔で鍋を見つめるものだから、ついつい手が滑って鍋を余計に取り分けてしまう。心底嬉しそうな顔で、うまそうな鍋だと言ってもくもくと食べ始めた。


 そんな様子を見て、誰かとごはんを食べるのも悪くないか、などとガラにでも無い言葉が思わず口を突いて出そうになったので、慌ててチゲ鍋を口に運ぶ。


 うまい。

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