第46話 天使

 ───。


 ──────。


 ─────────。


「………ッ⁉」


 ビクッと体が痙攣して、同時に意識が目覚める。


 荒い息。


 その時まで呼吸を忘れていたかのように、肺が空気を求めてやまない。


 ぜえぜえ、はあはあ。


 そう何度も呼吸を繰り返しているうちに、意識もはっきりとしだした。


「ここ、は」


 ポツリと呟き洩らして視線を周囲へと向ける。


 真っ白な天井だ。


 漆喰で塗り固められたそこを、LEDの照明が明るく照らしている。


 視線を横に向ければ、夜闇に包まれた光景が。真っ黒な夜の風景が窓の外に広がる。


「病院……?」


 大江町唯一の病院。その病室にどうやら有素は寝かせられているらしい。


 そんな病院の中にて、ベッドから起き上がり、少女──石動有素は疑問を口にした。


「なん、で、ここに……?」


 疑問しながら上体を起こした。時刻は室内の時計を見るに22時ごろであるようだ。


「……私、なにをしてたっけ……」


 そう言いながら有素は目覚める直前までの記憶を思い出そうとする。


 有素は、確か大江町ダンジョンにもぐっていたはずだ。


 そこでいろいろとあったのは憶えている。


 士道達グノーシスの面々が有素をダンジョンから排除しようとした、とか。


 それに抵抗するため、一人でモンストラスを蹴散らした、とか。


「そうだ。その後、確か──」


 私は。


 あの時。


「──天使にあったんだ」



     ◇◇◇



【ミツケタ】


 そう告げて飛び出してきた異形のモンストラス。


 純白の体に、翼のようなパーツがついたその姿はまさに〝天使〟と言った風で。


 突然USA達の立つ足元を爆発させ、その内側から現れた天使。そんな尋常じゃない姿のモンストラスを前にしてUSAは呆然とする。


「な、なに……⁉」


【ミツケタ】


【ミツケタ】


【ミツケタ】


【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】【ミツケタ】──‼‼‼



 ───。


「がっ」


 すさまじい頭痛。


 頭の中で【ミツケタ】という言葉が鳴り響き続け、頭蓋骨を内側からぐちゃぐちゃにかき混ぜられるかのような不快な激痛がUSAを襲う。


 人が発するような空気を震わせての声ではない。


 脳内に直接叩き込まれた思念とでもいうべきそれに侵されてUSAは、痛みのあまり地面へとうずくまってしまう。


「USAちゃん⁉」


 悲鳴のような声。顔を上げれば、飛鳥が真っ青な表情でUSAを見つめていた。


 飛鳥はじめ、司、道目木の様子を見るに、どうやらいまの声は彼女らには聞こえていないようだ。だが、ただ一人その例外が存在している。


「───ッ」


 士道だ。彼もまたUSAと同じように頭を押さえて、その〝天使〟を睨みつけていた。


 そうして天使を睨む士道は、しかしどういうわけかその顔に笑みを浮かべるではないか。


「は、はは。もしかしたら、と思ったが。まさか本当にいるとはな」


 そう呟いた士道の意味深な言葉に、USAは彼へと視線を向けて、問いかける。


「し、どうくんは? あれのしょうたい、がわかる、の……?」


「……USAさん、無理するな。この激痛じゃあ、喋るだけでも意識が飛びかけるだろ」


 USAの問いかけへ答える代わりに、そう告げる士道。


 士道の忠告どおり、いまのUSAは意識を保つことすら困難だ。


 とはいえ、それで質問に答えないのも苛立ちはするが。


「いいから、こたえて……!」


 USAの問いかけに士道は、顔を苦悶に歪めて、彼女を見やった。


 その上で士道が答えたのは次のような言葉だ。


「……あれは天使だ」


「天、使……?」


 端的かつあまりにも抽象的な士道の言葉にUSAはそうおうむ返しをする。


 そんなUSAにたいして、しかし士道は視線を天使へと向けたまま、


「きわめて危険な存在だよ……いまはそれだけしか言えない」


 短く、しかも答えになっているようでなっていない返答を返す士道。


 それにさすがのUSAもその表情に憤りを露わとした。


「──ッ! さっきからあなたはそればっかりッッッ!」


 頭の中の激痛も忘れてUSAは士道を睨みつける。


 その上で、立ち上がったUSA。そうして彼女は天使へと視線を向けた。


「いいよ。だったら、私があのモンストラスを倒してやる──‼」


「は? ちょ、待──」


 士道の制止を聞かず、USAは駆け出した。


 地面から跳び立ち、そのまま天井を跳ね、天使型のモンストラスへと刃を振るう。


 USAの《紅蓮》は確かに天使をとらえた。


 だが、しかし。


「え──」


「USAさん⁉」


「USAちゃん‼」


 司と飛鳥の絶叫。


 それが響くのを聞き届けると同時に、USAのエーテル体がズタボロになっていた。


「……っ、がっ⁉」


 地面へと叩きつけられるUSA。


 なにかの攻撃をくらった。


 それはわかるのだが、なにをくらったのかがわからない。


 ただ不可視の一撃がUSAのエーテル体を全身ズタボロにして、その機能の主要な部分をほとんど破壊してしまったのだ。


「うご、けない……!」


 エーテル体の筋肉に相当する機能の大半が破壊されてしまった影響で、今のUSAは立ち上がることすら困難だ。その状態で苦悶を表情に浮かべ地面へと倒れ伏すUSA。


 そんなUSAへ──


【ミツケタ】


【カエロウ】


【コッチヘオイデ】


 続けざまの思念。


 天使がUSAの方へと静かに近づいてきて、そんな思念の連続を叩きつけてくる。


 それがUSAの脳をぐちゃぐちゃにかきむしり、その圧にもはや意識すら保てなくなるほど思念が脳裏を制圧してきた。


 天使の思念で頭の中を凌辱されて、USAの意識が遠のきだす。


 そんなUSAの前に立ち、手を伸ばす天使。


【ゴキゲンヨウ】【コンニチハ】【オハヨウゴザイマス】


【アイシテル】【ダイスキ】【カワイイネ】


【コワクナイヨ】【ダイジョウブ】【ワタシハミカタ】


「……あ、がっ……」


 エーテル体に涙を流す機能がなくてよかった。


 じゃなければ、いまごろ涙で視界が覆われて、目の前の脅威を睨みつけられなくなっていただろうから。


 いまはとにかく手を伸ばす天使の姿が恐ろしい。


 これからなにをされるのかがわからない。


 ただ、あの天使の腕に捕まれば、もう二度と帰れないような気がした。


 大好きな大江町に。


 父がいて、母が眠る故郷に。


「い、や」


 いやいや、と子供のように頭を振るUSAありす


 天使から逃れようとまだ動く一部分を使って地面をはうが、それでも天使の腕がのびるほうが早い。


「───ッ! USAさん」


 遠くで司の声が響き彼女が駆け出すのが見えた。


 同時に飛鳥も杖を構え、道目木が地面へと手をかざすし──


 ──それらすべてを天使が一掃する。


「あ──」


 愕然とするUSA。


【ジャマシナイデ】


 そんなUSAの目の前で、天使は腕を振るった姿勢のまま、たたずむ。


 不可視の攻撃は、確かに司達のエーテル体を捕らえ、その体を無茶苦茶に破壊した。


 いかなる攻撃によるものか、爆発四散した司達三人のエーテル体。


 同時に閃光が巻き起こり《緊急脱出》の機構が働く。


 そうして安全圏へと退避した司達にたいして、USAは天使の前に残されることとなった。


 目の前に立つ天使。


 司達を粉砕した手を、そのまま改めてUSAへと伸ばし、天使は思念を発する。


【コワガラナイデ】


【アナタハワタシタチノ──】


「──待て」


 声が響いた。


 士道だ。


 まだ一人、この場に残っていた士道が立ち上がって天使へと話しかける。


 そんな士道の存在にギギギッと関節から音を鳴らしながら士道の方へと向く天使。


 目鼻のない顔で、それでも士道をジッと見つめるその様をUSAも見やる中、士道は、そんな天使へと向かってもう一度言葉を紡ぐ。


「その子を連れて行くな。その子はお前達の仲間じゃない」


【………】


 無言のまま、天使は体をも士道の方へと向けた。


 そうして真正面から向き合う形となった士道と天使は、互いににらみ合い──



【キモチワルイ】



 と、天使が思念を発した。


 ギギッ、ギギギッ、と音を鳴らし、関節を揺らめかせながら体を震わせる天使。その異様な状態にUSAはギョッとする。


 まるで、それは憤りを露わとしているかのようで。


 身の内にとどめられないほどの激情をもって天使は士道を睨みつける。


【ミニクイ】【キタナイ】【ハキケガスル】


【オマエハナンダ】【オマエハキモチワルイ】【オマエハキライダ】


【ミテイルダケデハラガタツ】


【イラダツ】


【シネ】【コロス】【キエロ】【ウセロ】【イナクナレ】


【オマエハ】


【ワタシノ】


【メノマエカラ】


【キエテナクナレ──‼】


 思念による絶叫。


 それと共に、士道へととびかかる天使。


 すさまじい速度で迫る天使に、士道もまたそのアタッチメントを構える。


 そして両者が激突した。

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