第45話 暴走兎
「………」
USAは黙りこくったまま、大江町ダンジョンの中を歩く。
とりあえずは、今日の探索についてはUSAも帯同する、ということで落ち着いたのだ。
とはいえ、次回以降はわからない。
そのためUSAはただただ黙るしかなく、そんなUSAを後ろから見やって飛鳥は隣を歩く士道へと声をかけた。
「……士道君。さっきのはどういうこと?」
「ん? なにが?」
飛鳥から突然話しかけられたことに、士道が目をぱちくりさせながらそちらへ振り向く。
そんな士道の態度が気に入らないのか、飛鳥はその端正な眉を寄せながら、士道を見つめ、おもむろにこう告げてきた。
「だから、さっきのUSAちゃんをわざと探索から外そうとするかのような物言い」
告げられた飛鳥の言葉に士道は、ああ、と納得の表情を浮かべる。
「……飛鳥さんも気づいているだろ?」
自分の後頭部を掻くような動作をしながら、士道は目を細めて飛鳥へそう呟く。
声を潜めて呟かれた士道の言葉に飛鳥もまた目を細めて士道を見やった。
「……士道君。なにがいいたいの?」
薄い色合いの瞳で士道を見つめ、問いかける飛鳥。
それがなにもわからないからの問いかけではなく、はっきりと言葉にしろ、という意味合いの問いかけだと気づいて、士道は観念するようにそのことを口にする。
「このダンジョン。前回来た時と空気が違いすぎる」
告げる士道。
空気が違う、と曖昧な表現で表した士道の言葉に、しかし飛鳥は否定せず黒髪がかかった横顔を黙然と見やる。
「さっきは、大丈夫って言ってなかった?」
飛鳥の問いかけに、しかし首を横に振る士道。
「さっきは、な。でもここへ入った瞬間に肌がざわついた。奥へ進めば進むほど、その感覚が強くなってきている。もしやと思ったけど、ここには本当に──」
と、そこまで呟いて、しかし士道は口をつぐんだ。
まるで、その先は飛鳥といえども聞かせられない、と言わんばかりの態度だ。
そのことにさすがの飛鳥も不満気に眉をしかめ、
「士道君。言いたいことがあるなら、言うべきだと思うけど?」
「……すまない、飛鳥さん。このことを告げることはできない、絶対に」
そう告げる士道の言葉は頑なだ。
よほどその事実を口にするのが恐ろしいのだろう。表情の変化が生身よりも薄いはずのエーテル体ですら見てわかるほど顔を青ざめさせる士道の姿にさすがの飛鳥も違和感を覚えた。
「士道君、ちょっと待って。あなた何を感じて──」
いるの? と飛鳥が問うより前に。
彼女達の前を歩く道目木と司から声がかかるのが先だった。
「モンストラスです! 対応を!」
道目木の号令。
それにハタッと我に返って顔を上げたグノーシスの面々とUSA。
見やると彼らの前からはすさまじい勢いで突っ込んでくるモンストラスがいた。
コボルド達だ。
コボルド・ロードが一体に、コボルド・ソルジャーが十体ほど。
それらの姿を視認して、士道はやれやれ、と首を振った。
「またワンちゃんかよ」
ぼやくように呟きながら士道は自身のアタッチメントを抜く。
長短二振りの剣を構えて、迫るモンストラスに対処しようとした士道。
だが、その前に彼をおいて疾走する影があった。
「……ッ⁉ USAさん⁉」
USAが飛び出したのだ。
すさまじい速度で迷宮の回廊を疾駆し、真正面からコボルド達へ突っ込むUSA。
もちろん、そんな風に突っ込んできたUSAにはコボルド達も気づいている。
咆哮を上げ、突っ込んできたUSAを鏖殺しようと、それぞれの得物をコボルドが振りかぶる。迫る白刃に、しかしUSAは、
「───」
ほんの右へズレただけで攻撃を回避。
返す刃で〈ヴォーパル〉を発動し、目の前にいたコボルドの腹を掻っ捌いた。
その勢いそのままに、USAは跳躍。
壁、続けて天井。
彼女特有の高速機動で壁面と天井を駆けまわり、いっきにコボルドの背後へと抜けると、その頭上から跳びかかるようにしてUSAは刃を振るう。
「いやあ──‼」
裂帛の気勢をあげ、コボルド・ロードの脳天に向かって《紅蓮》の刃を突き立てるUSA。
突き刺さる刃。
活性化エーテルの白光を放つ白刃はコボルド・ロードの肉体でももっとも柔らかい眼球へと刺さって、そこから血しぶきの代わりに膨大なエーテル粒子を噴射させた。
──GUOOOOOOOOOOOOOOOOOO‼‼⁉
痛みに絶叫するコボルド・ロード。
そのままコボルド・ロードは、全長10メートル以上の巨体を振り回して、自身の片目を奪った小さな戦士を振り落とそうと体をぶん回す。
「………ッ‼」
たいするUSAは、その勢いを利用して再度の跳躍。
後ろへと飛び、空中で姿勢を正して壁面へと着地。
そのまま跳躍。
今度は痛みに苦悶するコボルド・ロードのまたぐらへと侵入し、リキャスト・タイムが終わった〈ヴォーパル〉を発動。
コマのように大きく回転しながら放たれた斬撃は、コボルド・ロードの両足を切り裂き、その巨体をあっさりと地面へ転倒させた。
手下のコボルド・ソルジャーを数体下敷きにして巻き込む形で倒れこむコボルド・ロード。
片目と両足を失い、戦闘力を大きく削がれたコボルド・ロードの背中へ向かってUSAは跳ぶ。そのまま巨大な犬頭人体の背中を駆けて、頚椎の上へ。
「フゥ──」
息を大きく吸う。
そうしてお腹に力を籠め、USAは大きく刃を振りかぶった。
「シア──ッッッ‼‼‼」
横一閃。
はなたれた斬撃は、確かにコボルド・ロードのうなじを抉り、そのまま一刀両断する。
噴き出す膨大なエーテル粒子。
モンストラスと言えど弱点である首を断たれ、コボルド・ロードの命脈は完全に潰えた。
その巨体がエーテルの粒子となって霧散。
足場を失い、両手両足で地面に着地したUSA。
そうして立ち上がろうとした彼女へ、遠くから声がかけられる。
「USAさん、危ない!」
叫び声を聞いてUSAが顔を上げると、そんな彼女の目の前にはコボルド・ソルジャーが迫ってくるところだった。
目の前だけではない。四方八方。
前後左右あらゆる方向から主君を失い怒り狂った犬頭の兵士達がせめてUSAの首を取ろうとせまってくる。
「──ッ! ああもう!」
叫んで士道が駆け出す。
司もその後に続き、飛鳥は杖を構えて魔弾を生成した。
道目木は手を地面にかざし、自身のアタッチメントである迫撃砲型のそれを生み出す。
そうしてUSAを助けようとグノーシスの面々が動き出す一方で、
「───」
USAは刀を一振り。
そのまま腰だめに構え、地面を蹴り、斬撃を振るった。
一回転。
発動した〈ヴォーパル〉によって延長されたエーテルの刃は、直線上にいた犬頭の兵士達を一匹残らず捉えて、その体を一刀両断する。
たったの一撃。
しかしそれだけで、コボルド・ソルジャーは殲滅された。
「な──」
さすがのそれに士道ですら目を見開いてUSAを見やる中。
とてもアマチュア冒険者とは思えない動きを見せたUSAは、ふう、と息を吐いてグノーシスの面々へと振り向いた。
満面の笑みを浮かべて、彼女はこんなことを告げてくる。
「みなさん、どうでしたか⁉ 私、すごいでしょ!」
さながら幼い子供が、自分のやったことを自慢するように明るい声音で。
USAは自分のやったことをグノーシスの面々へ見せつけた。
「これだけできれば、足手まといにはなりません! だから大江町ダンジョンの探索に私を連れて行ってください!」
「USAさん……」
USAが必死に訴えかけるのに、士道が彼女の名前を呼ぶ。
しかしUSAはあえて、それを聞かずに、さらに言葉を言い募った。
「最後までとはいいません! でも、せめて二層までは! お願いします! 私、どうしてもやり切りたいんです。この町のために! 大江町ダンジョンを探索したいんです!」
「USAさん」
士道が呼ぶ。USAはそれを無視する。
「私は町興しのためにこの大江町ダンジョンの探索をやってきました! それで実は大江町ダンジョンがすごい場所だって知って、それで私なんかがもういちゃいけない場所だって、それはわかっているんです、でもそれでも──‼」
「石動有素ッッッ‼」
絶叫が鳴り響く。
USAの──有素の本名を叫び、士道は彼女を睨みつけた。
そのまま士道はUSAへと距離を詰め、その胸倉をつかみ上げる。
彼女を睨みつけ、士道が叫んだの次のような言葉だ。
「お前、なにをやっているのかわかっているのか……⁉」
「え、あ。し、士道君……?」
すさまじい形相でUSAを睨む士道。
その姿にさすがのUSAも臆するような形となって二の句が継げなくなる。
そんなUSAに、士道はギロリを睨んだまま、血を吐くような叫び声をあげた。
「俺は言ったよな? 冒険者は責任を持たなくちゃならないって。だけど、なんだ、いまの行動。仲間を置き去りにして勝手にモンストラスに突っ込んで、挙句それを倒したことを自慢して、自分も役に立つとアピールする? ふざけるな‼」
怒声する士道。
尋常じゃない怒り方に、後ろで見ていた司達グノーシスの面々は息をつめてその場で固まり、一方士道に睨みつけられたUSAは、そんな士道を睨み返していた。
「……ッ! だって……! だって、ここは私達の町なんだよ⁉」
ほとんど反射的な形でUSAが言い返す。
士道を睨み返し、感情の迸るまま、USAは絶叫を上げた。
「大江町は私の生まれ故郷で、大江町を復興するために今日まで頑張ってきたの! 大江町ダンジョンで私が頑張ってきたのもそう! ここで私が頑張ればみんなが評価して大江町が盛り上がるって信じてきたからなのッ‼」
そこまで呟いて、USAは掌を抉らんばかりに強く拳を握りしめた。
「でも、だけどッッ‼ そんな私の頑張りすら、あなた達は取り上げようとしている‼」
慟哭のような絶叫がUSAの口からこぼれ出る。
「都会の人達はいっつもそう! 私達からなんでもかんでも奪っていく! 私の頑張りも、町の人達の想いも! お母さんが愛したあの海岸だって!」
それは紛れもないUSAの本心だった。
母が愛した海岸は、しかし周辺の栄えた町の住民の利便性のためだけに埋め立てられた。
せめてそれでも町を守ろうと奮闘していたUSAは、ようやっと大江町ダンジョンで自分が活躍することで、その契機を見出したのだ。
なのに、それも士道達のような外から来た人間が奪おうとしている。
「そんなの……! そんなのないよ⁉ どうしてあなた達は、なんでもかんでも私達から奪うの⁉ 私達のものを自分のものにするの⁉ なんで私達に残してくれないの⁉」
自分の胸倉をつかみ上げる士道の腕を掴み返して、握りしめ、USAは咆哮を上げた。
「私は冒険者じゃない! 私は──石動有素は大江町の人間で、大江町を愛しているの! そんな大江町のためになることを、外から来たお前達が奪っていくなッッッ‼」
「な──」
目を見開き、そんな声を士道は漏らす。
一方のUSAは、エーテル体ゆえに涙を浮かべられない状態で、しかしそれでもその両目を血走らせるように士道を強く睨み、たいする士道もまた感情を激発させるかのように唇を噛みしめ、何かを叫ぼうとした。
「この──ッ‼」
しかし、その士道の言葉が最後まで口にされることはない。
その直前。
【ミツケタ】
「え?」
「は」
声が響いた。
USAと士道。その二人の頭に直接。
そう思った瞬間。
ドォ────────────────────────────────ッッッ‼‼‼
すさまじい衝撃が、その場にいたすべての人間に襲い掛かる。
USAと士道が立っていた足元が爆発し、はじけ飛んだ。
その衝撃に二人ははじけ飛ばされ、そのまま地面へと打ち付けられる。
「──ッ⁉ なにが⁉」
突然の事態に叫び顔を上げるUSA。
そんな彼女が見やった視線の先で、その姿を目撃する。
「は──?」
異形の化物だった。
のっぺりとした白い胴体。
まるで骨にも見えるほど威容に細い関節部。
口も目もなにもついてない顔がそこにあって。
そしてその背には、翼のような形状のものがあった。
その姿はまるで、
「……天使……?」
そう言い表す以外に、表現しようのない存在が、USA達の目の前に現れる。
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