第43話 それぞれの想い

 翌日、有素とグノーシスの面々は二日ぶりに大江町ダンジョンへやってきていた。


「──今回の探索では第一層のすみずみまでを見ていくことで、これまで未探索だったエリアの情報を集めていくことを重視します」


 代表して道目木がそう告げるのに、疑問を呈したのはUSAだ。


「第二層にはいかないんですか?」


 前回は第一層の最奥まで言って攻略を終了した。


 てっきり次は第二層に向かうものと思っていたのに、ふたを開ければ第一層の探索とのことなので、そう疑問するUSAへ、道目木は落ち着いた声音で答える。


「この迷宮の攻略を重視するのならば、それでもよいのですが……第二層はUSA三も含めて未確認のエリアとなっていますからね。どのような脅威があるのかわからない。我々の目的がこの大江町ダンジョンの調査である点を踏まえても、第一層を隅々まで調べるのが得策かと」


 そう言われて見ればそうか。


 USAも納得し「わかりました」と引き下がる一方で道目木はほかのグノーシスの面々と手筈を確認しだす。


「………」


 ふとUSAは、視線を隣の方へと向けた。そこには黒髪の少年──士道が立っていて、彼は道目木達の輪に加わるわけでもなく、さりとてUSAへ話しかけるわけでもなくぼんやりとした表情でダンジョンの中に立っている。


 無言の彼を横目で盗み見るUSA。彼女はしばし迷った末に士道へ話しかけることにした。


「し、士道君。ちょっといいかな……?」


「……? ああ、いいよ」


 幸いにして、というべきか、士道は平然とした声音でそう答えてくれたので、USAはなんとなしに安堵で胸をなでおろしながら、恐る恐ると士道へ問いを発する。


「えっと、その……体調は大丈夫?」


「えっ、いや普通に悪いけど」


 さらりとそう答える士道に、USAは一瞬なにを言い返したらいいかわからなくなり、顔を引きつらせるまま押し黙ってしまう。


 一方の士道はやはりなんでもなさそうな表情で話を続けていた。


「今朝も吐血したし、頭はずっと痛いままだし、エーテル体になったから多少マシにはなったけどやっぱり思考は鈍いな──やれやれ、本当にこの体はポンコツだぜ」


「……そ、そうなんだ……」


 士道の言葉が本当ならば、確かにそれは一大事だ。


 普通なら病院に行った方がいいんじゃないか、とお勧めするレベルである。


 しかし平然とした表情を浮かべる士道からはそれが本当なのか、ちょっとした冗談なのかUSAには測れず。結局USAはなんとも言えない表情を浮かべるしかなかった。


「えっと、士道君。その、無理はしないでね?」


「ん? ああ、お気遣いどうも」


 USAの気遣いにぶっきらぼうにそう返す士道。


 その時、ちょうどよく道目木達の話が終わったようで、こちらへと三人が近づいてきた。


「??? どうかなされましたか? なにか、二人の間の空気が悪いような?」


 USAと士道の間に流れる微妙な空気に気づいて司がそう問いかけてくるので、USAは慌てたように、ぶんぶん、と手を振ってごまかしを口にする。


「な、なんでもありませんっ! ありませんから! それよりも第一層の探索ですよね? 具体的にはどのように進めるんですかっ⁉」


 食い気味に司の言葉を否定するUSAに、司は若干引き気味になりながらも、律儀な性格の彼女らしくUSAの質問に答えてくれた。


「え、えーと、探索については、とりあえず前回は最短経路で突っ走りましたので、今回は横道などを探索しつつそこになにがあるのか、を調べていく感じですね。それと同時にマッピング作業も進めていく形になります」


「マッピング作業?」


 はじめて聞く単語にUSAが首をかしげて司を見やる中、それにたいして答えたのは横にたたずんでいた士道だった。


「ダンジョン内の構造を地図にするんだよ。そうやって地図化していく作業を冒険者用語でマッピングっていうわけ」


「ああ、なるほど」


 士道の解説を聞いて、納得を浮かべるUSA。


 そんな彼女に横から道目木が話しかけてきた。


「USAさん。我々もできる限り探索を行いますが、可能ならばあなたがこれまで得てきたこのダンジョンの地形情報についても教えていただきたい。おおよそで構いませんから、事前に知るのと知らないのでは安全性が大きく違いますので」


「あ、はい。わかりました。えっとですね──」


 道目木の要請を受けてUSAがこれまでの大江町ダンジョン探索で得てきた情報を彼へ伝える会話へ向かう中、一方の士道は無言で立ち尽くすばかりで一言も発さなくなった。


 そんな士道の様子に気づいて、彼へ近づいたのは飛鳥だ。


「士道君。ヤバそう?」


 端的にそう問いかける飛鳥へ、士道は視線だけ向けて首を横へ振る。


「まだ大丈夫ですよ。俺も──


 士道のその言葉に、飛鳥は「ふうん」と呟いて目を細めるのだった。



     ◇◇◇



 大江町ダンジョンの第一層は、コボルド系のモンストラスが大量に現れる場所だ。


 ダンジョンの構造は古城型。


 周囲を石壁のようなもので覆われた閉鎖空間でありつつ、それなりの広さを持つここは、上下左右を飛び回って戦うUSAにはうってつけのダンジョンだ。


 そんな大江町ダンジョンには、復路となる道がいくつか存在している。


 まだUSAの知名度がそこまででもなかった時代に、彼女もそういった道に入っては行き止まりに直面して、また引き返して、また行き止まりで……というのを何度も繰り返した。


「基本的には、この第一層で間違った道を行くと、行き止まりに行き当たると思ってください。少なくとも私が入った道はすべてそうでした」


 USAが告げる言葉に道目木はじめグノーシスの面々が頷く。


「その点は古城型ダンジョンによくある形式ですね」


「ん。少なくともこのダンジョンの構造はあまり変わったところはないかな。でも──」


 言って飛鳥が視線を前へと向ける。ちょうどそこから複数態のコボルド──コボルド・ソルジャーやコボルド・ロードといったコボルド系の中でも上位種に属するモンストラスたちが吶喊してくるところで、それを見てやれやれと首を横へと振る飛鳥。


「あれは、私に任せてもらってもいい」


「ええ、お願いします」


 道目木の返答を聞いて、飛鳥は杖型のアタッチメントを構える。


 すると、彼女の周囲に赤色に光るエーテルの塊が発生し、そんなエーテルの塊を弾丸として迫りくるコボルド達へ向けて撃ち放った。


 真正面から飛鳥の放った魔弾にぶち当たる形で数体のコボルドの肉体が爆発四散。残りのコボルドもそれが尋常な生物なら致命傷といっていい深手を負う。


 それでも止まらずに前進してこようとするコボルド達に飛鳥はさらに魔弾を生成して斉射。


 今度こそ、コボルド達がズタボロにされてエーテルの粒子となって霧散する。


 その姿にUSAは、おお、と感心の声音を口にした。


「すごいです、飛鳥さん!」


「ふふん。もっと褒めて褒めて……とはいえ、私の魔弾一回では倒せないのか」


 USAの心の底からの賞賛に気をよくした表情を浮かべた飛鳥だが、その直後に端正な眉をしかめる形で呟いた言葉に、横で司も頷く。


「そうですね、飛鳥さんほどの術師でも、一撃で倒せないとは。やはりこの大江町ダンジョンのモンストラスは、侮れません」


「本当に。他のダンジョンなら、最初の斉射で十分に殲滅できた。それができないとなると、なかなかに厳しいね。第二層以降の探索にはそれこそ本格的な遠征チームを呼ばないと危ないんじゃないかな?」


 ぼやくように呟かれた飛鳥の言葉に同意するように道目木が頷く。


「そうですね。他のダンジョンの例を考えても、第一層でここまでの強さを持つモンストラスが出るのならば、第二層以降には我がファームも本腰をいれないといけないでしょう」


 そんな言葉を告げながら、そこでなぜか道目木はUSAの方へと視線を向けてくる。


 突然道目木からの視線を受けてUSAは目を白黒させながら道目木を見た。


「えっと、道目木さん? 私の顔になにか?」


「……いえ、その──」


「──USAさんをこれ以上探索に付き合わせられないな」


 言い淀む道目木の言葉を引き継ぐ形で、士道がそう告げる。


 USAはそんな士道の言葉に、え、と驚きの声を上げた。


「そ、それってどういう……?」


「言葉通りの意味だよ。第二層以降は、それこそ日本最強──いや、世界最強と言える四大ファームが本格的に人員を動員してまで探索しないといけない場所になるだろう。そんな場所にUSAさんのような、まだアマチュアの冒険者は連れて行けないだろ」


 そういうことでしょう? という視線を道目木に向ける士道に、道目木は言いづらそうな雰囲気を漂わせながらも、こくり、と頷き返した。


「黒輝君のいう通りです。USAさんにはここまで探索にお付き合いいただきましたが、これ以上あなたの力を借りるわけにはいきません」


「そ、そんな──!」


 慌ててUSAが道目木へ言い募ろうとしたところで、間から飛鳥が割り込んできた。


「USAちゃん、勘違いしないで。道目木さんは別にあなたが実力不足だと言いたいんじゃないの。でも、大江町ダンジョンのような危険性が高いダンジョンを本格的に探索するとなると、あなたみたいな〝普通の〟女の子を巻き込むわけにはいかない。だからどうかわかって」


 飛鳥が意地悪でいっているのではないのはUSAも理解できてしまう。


 そのため沈黙するUSAの横で道目木が躊躇いがちに言葉を継いだ。


「……正直に申しまして、高難易度ダンジョンの攻略には人員に相応の連携力が必要となります。言いたくはないですが外様の人間を抱えていては危険が伴うぐらいに」


「まあ、もっと言うならこのダンジョンが本格的に高難易度の迷宮と認定されたなら、アマチュア冒険者のUSAさんは、今後このダンジョンに出入りすることができなくなるだろうな」


「───ッ」


 道目木、続いて士道の言葉にUSAは大きく息を飲む。


 USAにとって大江町ダンジョンは特別な場所だ。


 大江町というさびれた町を復興させる契機となるかもしれない場所で、そしてなによりUSAだけが探索していた場所として、いまや彼女の手でこのダンジョンを攻略したいという目的までUSAの心に芽生えていた。


 そんな場所から自分が追い出されるかもしれないという事実に、USAは多大なショックを受けて黙り込んでしまう。


 正直自分でも想像以上に精神が衝撃を受けていて、二の句を継げなくなったUSA。


 そんな彼女に司だけが気づかわしげな視線を向けていたが、そんな彼女でも何も告げないあたり、士道や道目木が言う言葉は事実なのだろう。


 USAにもそれがありありとわかってしまうあたり、唇をかんで黙り込むしかない。


「せ、せめて。この第一層だけでも探索をお手伝いできませんか……?」


 一縷の望みにかけてそう問いかけるUSAに、グノーシスの面々は互いに顔を合わせる。


「ま、まあ。それぐらいなら……」


 司がUSAの側にたって肯定を口にしようとする中、厳しい意見を口にしたのは士道だ。


「いや、第一層でも十分に危険だろ。いままでなんとかなっていたのは、奇跡に近い形だ。まだ未探索のエリアがどうなっているかもわからない以上は、USAさんの力を頼りすぎるのもどうかと思うぞ、俺は」


「私も士道君に同意見。なんというか、私の経験上、こういった類のダンジョンはだいたいなにかヤバいものが存在している可能性が高い。そんな場所にまだプロでもない女の子を連れて行くのは危険がありすぎる」


「……そうですね。いくら第一層は《緊急脱出》が機能するといってもそれが万全とは限りませんし、USAさんを抱えていては我々自身の生存率にも関わります」


「───」


 士道、飛鳥、続けて道目木、と第一層ですらUSAがかかわることに否定的な意見を述べる面々に、USAはクラリと自分の視界がかしぐ感覚を得た。


 いや、USAだって理屈はわかるのだ。


 先の西潟民間ダンジョンでも、USAはダンジョンがどれほどの脅威を持つ場所か、と士道から教えられた。


 その危険性はUSAも頭では十分理解している。


 理解しているが……、


「……それは、ないよ……」


 USAのそんな呟きは、しかし士道達の耳には届きはしなかった。

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