第41話 黒騎士と道化猫
「──そうか、あなたが……」
士道の言葉を受けて源蔵が発した第一声はそれだった。
その言葉に、有素含め周囲の人間は怪訝な表情を両人に向ける。
「士道君。石動町議とはお知り合いなのですか?」
「うーん。まあ、そんなところ」
司がそう問いかけるのに、いっそ呑気な表情でそちらへと振り向く士道。
たいする源蔵は、完全に押し黙り、一言も発さない。
「お父さん……?」
父は普段から饒舌な方ではない人物だ。だが、それにしても輪にかけて、今回の沈黙は重苦しい。その姿に首をかしげて父を見る有素に、源蔵はハッと我に返ったような表情をした後、空気を入れ替えるように咳払いした。
「んん。失礼。かつての知り合いにあって驚いていただけだ。
「ええ、構いませんよ」
頷く士道に、源蔵はしばしそんな少年の顔を見つめる。
その後に顔を伏せが源蔵が、改めて顔を上げるころには、有素もよく知る父の表情になっていて、そのまま父源蔵は娘である有素へと振り向いた。
「有素。お前が迷宮でいろいろとやっていることは聞いている。父として思うところはあるが、いまは何も言うまい……だが、くれぐれも危ないことはしないでくれ」
「あ。う、うん。わかった、お父さん」
急に父から真面目な表情でそんなことを言われて、やや面食らった表情をしてしまう有素だが、それを伝えたかっただけなのか、父はそれ以上会話をするつもりはないらしく、代わりに秘書の男性になにかを伝える。
すると頷いた秘書の男性がどこかへと電話をかけだす。その間に源蔵は、最初の用向きであったグノーシスの面々にたいする挨拶をはじめてしまったので、娘である有素は、それ以上父と何かを話すことはできなかった。
◇◇◇
それからしばらく。士道と源蔵は、お互い車に揺られて、大江町の道路を走っていた。
「娘さんを置いて行ってよろしかったんですか?」
隣に座る源蔵に向かって士道がそう問いかける。
たいする源蔵はしかめつらしい表情をしたまま士道へ答えた。
「あなたとの会話には娘がいない方がいいでしょう」
言って士道を見やる源蔵。
その眼差しはなんとも言えない感情の色が混じっていた。
驚き、疑い、怪訝、憤り……まあそういった複数の感情がまぜこぜになって一言では言い表せられない形で士道へと向けられるので士道としては苦笑せざるを得ない。
「そんなに見つめられても困るだけですがね。俺の顔になにかついていますか?」
冗談半分の軽口を口にする士道にたいし、しかし源蔵はその表情を変えずに問う。
「……本当あなたが、あの〝名無しの攻撃手〟なんですか?」
「その問いかけには〝ええ〟と答えておきますよ」
なにげない表情と仕草でそう答える士道。
それにたいして源蔵は眉間を揉み、信じがたいという声音でこう告げた。
「まさか、あなたがあの黒輝士道とは……狙撃手さんはそれを知っておいでで?」
そんな風に問いかけてきた源蔵の呟きに士道が浮かべたのは、意外そうな表情だ。
「おや、その物言い。もしかして掲示板を覗いていたりしました?」
あの掲示板で、狙撃手が現狙撃手ランキングの第一位であることを暴露したのはつい最近の出来事だ。ここ最近のログまで追っていなければとても出ない言葉に、源蔵も失言だと気づいたのか、どことなく気まずそうな表情をする。
「……書き込みはしていませんが、時々覗いたりしていました」
言いながら何とも言えない表情を浮かべる源蔵の視線に、士道は察するものがあったのか、ああ、と納得の表情で頷いて、
「あれですか。攻撃手を名乗る人物が現れたから、その人物が何者かわからなくて、書き込みを躊躇した、というところでしょ」
士道の問いかけに、源蔵が返したのは沈黙だ。
しかしそれは否定ではなく、肯定のそれえなのだと、士道は言われずとも理解した。
「まあ、気持ちはわかりますよ。二十年前に行方不明になったはずの人物の名を名乗る輩が突然現れたんだから、警戒もするでしょうね」
告げられた物言いに、何と言っていいのかわからないという様子で沈黙する源蔵。
「……その物言い。やはりあなたはあの〝攻撃手〟なのですね」
「ええ、その攻撃手です」
再度交わされた言葉。しかしその意味は先ほどまでとは打って変わっていた。
源蔵はまじまじと士道を見つめ、その上で名状しがたい感情を乗せた眼差しで、士道へと向かい問いを発する。
「正直信じられません。だって、あなたは、あまりにもお若い」
源蔵の言葉に、頷きをもって答える士道。
「まあ、その通りで肉体的にも精神的にも年齢は17歳ですよ」
「……では、やはり」
そこまで告げて、しかしその続きを源蔵は口にせず、代わりに彼が問いかけたのは、このような言葉だった。
「……あなた以外の者は? 舞姫さんなどはどうなりました?」
「……彼女は去年に。一緒に目覚めてしばし共に過ごしましたが、やはり間に合わず。最後の延命のため東京無限迷宮に突撃などしましたが……無駄に終わりました」
顔を伏せ、そう告げる士道に、源蔵は息を飲んで士道を見る。
「……そう、でしたか……ほかの方々は?」
「俺以外のロットはおそらく残っていないでしょうね。同族は俺が最後になるかと」
告げた士道の言葉に源蔵は息を飲む。
その意味を理解できるのは車内でも士道と源蔵だけだ。
二人にだけ通じる言葉を交わし合った後、二人の間に深く重い沈黙が訪れる。
一分、二分……と一言も発さない時間が続いてしばし。
その沈黙を打ち破ったのは意外にも士道だった。
「──それにしても、迷い娘と道化猫のご息女が
揶揄するような士道の言葉に、源蔵はその時ばかりは直前までいだいていた感情を忘れ、苦笑もあらわに頷きを返す。
「私もそう思いますが──妻は、あの物語が好きでしたので」
源蔵の言葉に、ああ、と頷く士道。
「そうだったな。あの子は、あれが好きだった」
言って、その口元に微笑を浮かべる士道。その上で、彼は車窓の方へ視線を向け、大江町の街並みを見やる。
「……あの子は、最後まで幸せでいましたか?」
「それは、私が保証します。私も私の娘も、妻を愛し、妻からも愛され、最後まで幸せな人生だったと胸を張って逝かせてあげることができました」
「……そう、ですか……」
源蔵の言葉に士道は目を伏せる。
窓の方を向いて源蔵にはその表情を伺い知ることはできなかったが、それでも彼が抱いている感情は理解できる気がした。
「あの子を幸せにしてくれてありがとうございます」
最後に士道はそう告げて、そこから先の会話は続かなかった。
士道も源蔵も、それを必要としなかったからだ。
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