第37話 ウサギと騎士と蜘蛛の輪舞・上

「俺がもともと考えていたのは、階層主をUSAさんが単独で倒すところを動画配信にしたらどうかってことだったんだよ」


 USAと士道がネクロマンチュラを討伐するための準備を進める最中、おもむろな調子で士道がそんな風なことを口にした。


「階層主の単独討伐って言ったら、わかりやすく冒険者の実力を示すバロメーターだからな。USAさんなら、このぐらいの難易度の迷宮の階層主ぐらい楽勝だろうし、それを初見でやったら、動画の取れ高も高くなるだろ?」


「あはは。そういうのはなんかあくどいと思うけどその通りかな」


 苦笑しながら頷くUSAに、士道もまた頷きを返しながら言葉を続ける。


「ただ、まさかその階層主がネクロマンチュラだってのは完全に予想外だったけどな。とはいえ、だからと言って配信をしない理由はない。いやむしろこれはチャンスだと思うんだよ。USAさんがネクロマンチュラを討伐する様子を撮れば取れ高は間違いなしだ」


 俺も協力するからさ、と告げる士道の言葉に、撮影機材である専用のアタッチメントを点検していたUSAは士道の方へと振り向く。


「私としては、いきなり初めて見る階層主? を倒すのはちょっと緊張するんだけど……」


 顔を強張らせて告げるUSAに、士道は口角を上げながらUSAを見た。


「大丈夫だよ。言ってもネクロマンチュラそのものの討伐難易度は、Dランク相当だから。ネクロマンチュラに操られた冒険者については俺が引き受けるし、USAさんは安心してネクロマンチュラの討伐に集中してくれ」


「あ、うん。任せたよ、士道君」


 士道にそう言葉を向けながら準備を終えたUSAは、一度深呼吸をする。


 そうすることで自分の中にある石動有素の部分を心の奥底へと封じ込めて、代わりに冒険者にして動画配信者であるUSAとしての自分を呼び起こす。


 準備OK。精神統一完了。装備はオールグリーン。


「よし」


 顔を上げる。そこにいるのは動画配信者USAだ。



「USAぁ~。チャンネルぅ~!」



 久しぶりの口上を口にして、USAは動画の配信を開始する。


 カメラがついた球形の撮影用アタッチメントがUSAの周囲を飛び回り、その姿を映す。


 USAは心の底からの笑みを浮かべながらカメラの向こうの視聴者へ呼びかけた。


「どうもみなさんこんにちは~! USAです! お久しぶりの配信で驚きましたか? お待ちになっていた皆様には申し訳ございません! そんな皆様に今日はビックサプライズ!」


 言ってUSAは両手を振って自身の背後を示す。


「本日USAは、ここ西潟民間ダンジョンに来ています! いま第一層の最奥です!」


 元気よく挨拶するUSAに合わせて、USAのエーテル体の視覚情報上に表示された画面にはすごい勢いでコメントが流れていく。


「あ、たっちんさんスパチャありがとうございます! さて、今回このダンジョンに来たのはなぜか。それは~──ここの階層主を倒すためです!」


 ドドンッ、と効果音でもなりそうな声でそう告げるUSAに、コメント欄ではどよめきと驚きと応援のコメントが一挙に表示されていく。それを見やりながらUSAは事情の説明を口にしていった。


「皆さんいきなりのことで驚きですよね。というのもいま大江町ダンジョンは国際迷宮機構ことIDOの調査を受けておりまして、動画配信などができない状態なんです! そんな状況で動画を見てくれるみなさんに私が階層主と戦う様子をご覧いただきます!」


 というわけで、


「今回倒すモンストラスの名は、ネクロマンチュラ! ここ西潟民間ダンジョンに突如現れた厄介な蜘蛛さんを倒していきたいと思います!」


 そこまで告げたUSAだが、そこで彼女はその愛らしい顔を曇らせて画面を見やる。


「……とはいえネクロマンチュラはご存じの方もいると思いますが、厄介な蜘蛛さんです。倒した冒険者の方のエーテル体を奪って自分の手下に加えてしまいます。ひゃ~、怖いですね。特にこの西潟ダンジョンに出ているネクロマンチュラは、現在中級者を50人、さらに上級者を5人も手下に加えている状態! 私一人ではとても倒せそうにありません……」


 USAの言葉に反応してコメント欄にはUSAを心配する声であふれた。


『ええっ、ネクロマンチュラってあの?』


『うわ、マジかよ。一番面倒くさいモンストラスじゃん。しかも手下がそんなに……』


『俺、東京の無限迷宮十五層で一回戦ったことあるけど、マジでヤバいからなあの蜘蛛。取り巻きにされた冒険者の存在も厄介だけど、ネクロマンチュラそのものもそこそこ強いんだよなあ。初心者あたりが単体のネクロマンチュラに安易に挑んで倒されるのはよくある話だ』


『特に今回のネクロマンチュラはもうすでに50人の中級者と5人の上級者を手下に取り込んでいるんだろ。これを見るに、第一層で蜘蛛型のモンストラスだからって軽く見られていたら被害が広がったって感じか』


『うわ~、厄介ぃ~。え、てかUSAちゃんそんなのに単独で挑むの? ヤバくない』


 コメントから流れてくる心配の声音にUSAも苦笑しながらそれにこたえる。


「あはは、そうですよね~。私もそう思います──ですので」


 言ってUSAは、隣を見た。そのUSAの視線に誘導されて撮影用アタッチメントもそのカメラをUSAが見た方向へ向ける。


 そこに控えていたのは、すっかり準備万端になった黒衣の少年だ。


「今回は、そんな私を手助けしてくれるゲストをお呼びしました! 紹介いたします。現Dランク冒険者で、元七星剣の黒輝士道くんです!」


「どうも、よろしく」


 短くあいさつしながら画面へ映りこむ士道。


 その姿を見た瞬間、コメント欄ではUSAの目から見てわかるほどのざわめきが起こった。


『く、黒輝士道⁉』


『え、あの去年星征旗で大活躍した⁉』


『黒輝士道ぉぉおおおおおおおおお! なぜ貴様がUSAちゃんと一緒に居る‼‼‼⁉』


「みなさんこんにちは。ご紹介に預かりました黒輝士道です。と言っても、いまはプロを引退したしがないアマチュア冒険者ですのであしからず。今回はUSAさんと協力してネクロマンチュラの討伐を行ってまいりたいと思います」


『黒輝士道ッ‼ 貴様覚えていろよ⁉ 俺達の許可なくUSAちゃんの隣にいやがって‼ フランスから帰ったら次こそ貴様の頭を撃ち抜いてやるッ‼』


 ……なにやら一名ほどコメント欄でやけに荒れている人物がいるが、それはさておき。


 USAはそんな士道を紹介するとともにくるりとその体を一回転。


 そのまま彼女は、ネクロマンチュラが居座る迷宮最奥を見やった。


「それではみなさん。準備はいいですか? さっそく討伐を行ってまいりたいと思います!」


 彼女がそれを告げると同時に、戦いの火ぶたは切って落とされる。



     ◇◇◇



 階層主であるネクロマンチュラが居座るという場所は、やけに広い空間だった。


 横にもそうだが縦にも。全体的な形は円形の筒状とでもいうのだろうか。


 巨大な筒のような、あるいは、あまりにも巨大な木をくりぬいてできたようなその空間に一歩踏み込んだ瞬間、USAはその姿を目撃する。


「うわ」


 人だ。


 いや、正確にはエーテル体か。


 木目のような紋様が描かれた円形の地面の上に複数人の人影が立っている。


 誰も彼もアタッチメントで武装しているが、それが正常な人間の操るエーテル体でないのはUSAでも一目でわかった。


 誰も彼もがその体の表面に、黒い粘液のようなものをこびりつかせているからだ。


 コールタールのように真っ黒でドロドロとした粘液に体の表面を覆われ、生気も意思も感じられない中身亡きエーテル体達はUSAが侵入してくると同時に、どことなく鈍重な動作で、ぐるりとこちらを見やってくる。


「な、なんかまるでゾンビ映画に出てくるゾンビみた──っ⁉」


 USAが画面の向こうの視聴者に向かって言葉を紡ごうとした瞬間、そんなUSAへと向かってすさまじい速度でエーテル体……面倒くさいから亡者でいいか……が襲ってくる。


「───ッ‼」


 とっさにUSAは《紅蓮》を抜刀。


 迫ってきた亡者が振るうアタッチメントの刃を受け太刀する。


「こ──のッッッ‼」


 叫んで、気合一閃。USAの斬撃でもって、亡者の一人を投げ飛ばした──直後。


「えっ⁉」


 USAの懐に低い姿勢で飛び込んでくる亡者。仲間の亡者を弾き飛ばしてUSAが体勢を崩したのを見計らったかのようにUSAの懐へと飛び込んできた亡者は、その武装が短剣型のアタッチメントだったこともあって、素早い動作でいくつもの斬撃をUSAに見舞う。


「──〈シールド〉!」


 とっさにUSAは自分の懐で〈シールド〉を展開。


 それがギリギリで間に合って亡者の振るう短剣はなんとか防がれた──だが、


「USAさん、危ない!」


 士道の声。


 同時にUSAのすぐそばで舞い踊る火花。


 遅れてUSAは自分が銃型のアタッチメントを装備する亡者に狙撃されかけたのだと悟る。


 直前で士道がその《アバランチ》をシールドモードにして、防いでくれなかったらUSAの頭を撃ち抜かれて脱落していたことだろう。


 その事実に気づいてUSAは一瞬でそのエーテル体の表情を青ざめさせた。


「この人達、連携している──⁉」


「──これがネクロマンチュラの厄介なところだ。ネクロマンチュラの手下にされたエーテル体の亡者は、生前の技術をそのまま再現する! 戦闘技術はもちろん仲間との連携だって生前そのまま! いや、ネクロマンチュラに操られている分、生前以上かな⁉」


 言いながら士道は続く狙撃をさらに防ぎながらその狙撃を行う亡者を睨んだ。


「おそらくこの狙撃をしている亡者が取り込まれたという五人の上級者のうちの一人だ! 俺がその亡者を押さえる! USAさんはほかの亡者に気を付けながらネクロマンチュラ本体を探してくれ! その後は臨機応変に各自の判断でッッッ‼」


「りょ、了解!」


 言いながら〈韋駄天〉を使い超高速で走り出す士道。


 その背中を見送る暇もなく、さらに突っ込んできた亡者を裁きながらUSAは視線を四方八方へと巡らせる。


「え、えっと。ネクロマンチュラ、ネクロマンチュラ──」


『USAちゃん、上、上!』


 USAの視界に一種よぎったコメントにそんな言葉が大量に並ぶのを見てUSAは視線を上へ。そうして見やった視線の先でUSAは驚くほど巨大な影を見る。


「あれが、ネクロマンチュラ⁉」


 全長にして10メートル近くはあろうか。


 全身真っ黒な表皮で覆われたその姿がいつの間にかUSAの頭上に存在していた。


 そうして現れた漆黒の大蜘蛛は、そのままUSAへ向かって一直線に落下してくる。


「──ッ。私が田舎育ちじゃなかったら、倒れていたかもね!」


 とっさにバックステップでUSAはその急降下による突進を回避。


 一方のネクロマンチュラはその状態から起用に立ち上がってガサガサとこれまた生理的嫌悪を覚えるような動作でこちらへと振り向くと、その体と牙を置きく広げて見せた。


 ──SYHAAAAAAAAAA‼


 大蜘蛛の絶叫。


 それに呼応するようにUSAの周囲にいる亡者たちがいっせいにとびかかってくる。


「ああもう──!」


 叫んでUSAは、とっさにすぐそばにいた亡者へ跳びかかった。


 逆に自分から突っ込むことで亡者の勢いが乗り切る前に《紅蓮》を振るう。


 それによってまず一人の亡者を両断。エーテルを吹き出して霧散するその亡者をしり目に、USAは地面を踏みしめて前方へ向かって跳躍。


 すれ違いざまに二人の亡者を両断して、さらに迫ってきた亡者の体を片手でつかんで別の亡者が放った銃撃の盾とする。


 そうして亡者の視界を遮って身を低くするUSA。


「───」


 無言、無音で地面すれすれを駆け抜けるUSAは、銃撃を加えてきた亡者へ接近──その体へ《紅蓮》の刃を突き付けた。


「やあああ!」


 亡者の胸元へUSAのきばが突き立てられる。エーテル体の急所である胸元を確かに貫いたことでその亡者は活動を停止した。


「やった!」


 喜ぶUSA──その時。


「え──」


 影。驚いて振り向いたUSAは──その先で、自分へ切りかかる亡者の姿を見る。


 斬ッッッ!

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