第38話 ウサギと騎士と蜘蛛の輪舞・下

「───ッ‼」


 走った刃をUSAはとっさに回避する。


 エーテル光を灯す刃がUSAのエーテル体の髪を切り飛ばすのを見つつ、USAは後ろから倒れるようにして斬撃から逃れ、そのまま地面を転がってその冒険者から逃れる。


「いまのは⁉」


 片手の力で立ち上がりながら、斬撃を放った冒険者を見やる。相手は亡者。だが、その動きが明らかに他と異なるのがUSAにも一目でわかった。


 他の冒険者が雑に近づいて斬撃を〝ぶつけてくる〟としたら、目の前の亡者は斬撃を〝奔らせる〟切り方をしてくる。


 動きの一つ、立ち回り、位置取り、構えとどれをとっても明らかに他の冒険者と違う。


 現にいまも、USAの目の前で他の亡者の影に紛れる形でその姿が消えうせたではないか。


「───」


 ほとんど直感任せの回避。


 身をのぞけったのと斬撃がUSAの首を狙って〝奔った〟のは同時だ。


「こいつッ!」


 USAも相手に向かって斬撃を放つ。ふるった《紅蓮》はしかし目の前にいた別の亡者に直撃して、その身を両断こそしたが、その亡者にはいっさいかすりもしなかった。


 USAを囲む亡者と亡者の合間。他の亡者に視線を誘導し、そうすることで人混みに紛れ、その姿を消す亡者の動き。


 もはや疑いようもない。


 あいつは上級者だ。


 五人いるという取り込まれた上級者の亡者。


 そのうち一人がUSAへと襲い掛かってきていた。


 ほかにも多くの亡者に囲まれた状態で、さらに上級者の亡者を相手に立ちまわるのはさすがのUSAもきつい。


 加えていまもネクロマンチュラの本体がこちらを狙って虎視眈々としている状態だ。


(どうする──⁉)


 USAが、そう指向する中、しかしそんな隙を相手は見逃してくれない。


 迫る亡者。


 音もなく一瞬でUSAと距離を詰めたその姿に、USAは顔を強張らせる。


 とっさに《紅蓮》を振るうが間に合わない。


 このまま相手の斬撃にUSAの胴体が薙がれる──というまさにその時。


「おっと、お前の相手は俺だぜ!」


 叫び声と共に亡者の横から飛び込んできた影。


 士道だ。


 いつの間にかUSAの方まで帰ってきていた士道が、その長短二振りの二刀流型アタッチメントを振るい、USAを切り裂こうとした亡者を横から強襲する。


 そのおかげで相手は攻撃を中断せざるを得ず、おかげでUSAは九死に一生を得た。


「あ、ありがとう、士道君!」


「どういたしまして! でも、すまない。受け持つといったのに、一体逃がした!」


 言いながら士道は、アタッチメントを構えて、周囲を睥睨。そうしながら士道はUSAへと向かってこんなことを告げてきた。


「──とりあえず上級者の亡者のうち、四体は仕留めて置いた。他はさっきの一体と、三十いるかいないかの中級者だけ!」


 士道はそう叫び返しながらUSAの背中についた。


「USAさん。このままネクロマンチュラ本体に突っ込め。他の亡者は俺が引き受ける」


「───! わかった!」


 そんな言葉を交わしながら二人は走り出す。


 USAを前に、士道が後ろ。


 この状態でネクロマンチュラ本体に突っ込めば必然的にUSAへと向かって亡者が殺到してくる。膨大な数迫る亡者を裁く技量は、いかなUSAとて有してはいない。


 ──USAは、だが。


「シッ!」


 士道が前に出る。


 アシストアーツ〈韋駄天ライトニング〉による高速移動。


 一瞬にしてUSAの前に出て、その勢いのまま十人近い亡者を切り伏せてのけた士道。


 そうして士道が切り拓いた道へUSAはエーテル体を突っ込ませた。


 もちろんそんな光景を上級者の亡者が見逃すはずがない。士道によって切り裂かれたほかの亡者の死体に隠れ、上級者の亡者がネクロマンチュラに迫るUSAを奇襲。


 横から突っ込んできた突進と刺突。それにたいしてしかしUSAは回避を選択しなかった。


「だから、俺が相手だといっているだろ!」


 叫び、士道がその亡者へと斬撃を振るう。


 USAへ刺突する寸前だった亡者は士道の一撃に対応できない。


 振るわれた斬撃は、確かに亡者の体を捕らえ、その腕を片方切り飛ばすに至った。


「チッ。よく避ける!」


 士道の斬撃を片腕一本犠牲にすることで回避した亡者。


 そんな亡者が後退するのに合わせて残りの亡者が士道とUSAへ殺到する。


 もはやなりふり構わないといった様子の一斉突撃にせっかく士道が切り拓いた道が、完全に防がれてしまった。


「───ッ」


 一瞬足を止めかけるUSA。


 目の前に突っ込んでくる亡者の群れにUSAが突っ込むべき道が見えない。


 その躊躇に足を止めようとするUSAへ──しかし士道は叫ぶ。


「止まるな、USA! 俺を信じろ‼」


 士道の叫び声に半ば背中を押される形で、止めかけていた足を再度前へ。


 目の前に亡者が迫るのも構わずUSAは、全速力で前進した。


 疾走するUSA。


 迫る亡者。


 両者が激突するという──まさにその時。


「ハアッ‼」


 士道があげる裂帛の気勢。


 それと共にUSAの背後から斬撃が奔った。


 刀剣系クラフトアーツ〈ヴォーパル〉


 士道が持つ長刀の刃がエーテルの噴流となって奔り、USAの背後でうねり暴れながら亡者たちを薙ぎ払う。


「すごい」


 いかなる技を使ったのか、USAだけを避けて、USAの目の前に迫った亡者のすべてを叩き切った士道の斬撃。


 おかげでUSAが通る道ができた。


「──! 行く‼」


 覚悟を言葉に。意思を行動に。


 一歩を踏み出し、薙ぎ払われた亡者を目にもとどめず、USAは一直線にネクロマンチュラへと向かって疾走。


 エーテル体の走力をもって一瞬でUSAはネクロマンチュラに接近。そのまま刃を振るおうと《紅蓮》を構えた。


 そこへ──


「来ると思た!」


 迫る亡者。


 あの上級者の亡者だ。


 USAがネクロマンチュラへ斬撃を叩き込むまさにその直前に奇襲してきた亡者。


 ただし、USAもいいかげんそれを見慣れている。


 刃を振るうと見せかけてフェイント。


 体を回転させて相手の刺突を避け、そのまま亡者の背中をとったUSAは《紅蓮》を青眼に構え、振るう。


「やあああ!」


 雄たけびを上げ発動するのは〈ヴォーパル〉


 奔流したエーテルの粒子が長大な刃となって、空間を奔り、片腕だけとなった亡者の肩口へと直撃──そのまま斬撃は亡者の体を切り裂く。


 一刀両断。


 最後の亡者をUSAは切り捨て、そうして向き合うのはネクロマンチュラの本体だ。


 手首の動きだけで《紅蓮》の構えを変更。


 エーテルで構成された刃の切っ先をネクロマンチュラの額へ。


 刀型のアタッチメントを腰だめに構え、足を地面に踏みしめるUSA。


 そのまま力強く踏み出したエーテル体は、一瞬でUSAの体を弾丸のように加速させ、USAから逃げようとしたネクロマンチュラに肉薄する。


 交差。


 そして刺突。


 兎のきばは、巨大な蜘蛛を確かに穿った。



      ◇◇◇



 霧散するエーテルの粒子。


 USAの一撃で、確かにその命脈を断たれたネクロマンチュラがエーテルの光となって消え去っていっているのだ。


 それを見やりながら着地したUSA。


 ふう、と一息ついた彼女は、そこで自分の視界の端に映る者に気づき、遅れて自分が配信しているところだった、と悟る。


「あ、えっと。どうでしたかみなさん! 私達は無事にネクロマンチュラを討伐しました!」


 慌ててそう言葉を口にするUSAに、コメント欄では賞賛の言葉が次々と表示された。


『おめでとう、USAちゃん! ナイスファイト!』


『すごい戦いだったぜ! 特に最後、本当にやばかった!』


『お前こそがナンバーワンだ!』


 やいややいやの大騒ぎとなるコメント欄。


 あまりにも誉め言葉が多すぎて、USAは思わず照れた表情をしてしまう。


「え、えへへ。ありがとうございますっ」


 視聴者へお礼を告げるUSA。


 はにかむように笑う彼女の姿に呼応するような形でさらに配信内のコメントが沸き立つ中、USAは、締めくくりの言葉を口にした。


「本日の配信を見てくださってありがとうございます。ネクロマンチュラを討伐するというのはすっごく大変でした。でも、倒せてよかったです! それと今後も大江町あたりで冒険者活動をするので、ぜひ近くに寄ったときは、大江町にもいらしてください!」


 大江町の宣伝もしっかり添えて、そう締めくくったUSAは配信を終了させる。


 満足に息を吐き、ようやっと終わった配信が成功裏に終わったことへ安堵したUSA。


 そのまま彼女は視線を後ろへと向けた。


 そこには士道がいるはずだ。


 今回一緒に戦って大きく助けてくれた彼へお礼を言おうと振り向いたUSAは──しかしそこで驚きの光景を見る。


「士道君ッ⁉」


 士道が地面に倒れていた。


 うつぶせになってピクリとも動かない士道の姿に、なにかあったのでは、と慌ててUSAは士道の方へと駆け寄る。


「し、士道君っ! いったいなにが──」


「……ん、あ……?」


 USAの言葉を聞いて顔を上げる士道。


 どこかボーとした雰囲気を漂わせながら周囲を見やった士道は、そのまま頭痛をこらえるような表情で自分の額へ手を当てる。


「……ッ。USA、さん……? そうか、俺はまた……」


 何事かを口の中で呟いた士道は、そのまま首を横へと振って、USAを見た。


「すまない。ちょっと勢い余ってこけちまったみたいだ。あ、えっとネクロマンチュラは?」


 あはは、と笑いながら呑気にそう告げる士道に、USAは戸惑いながらも彼へ返事を返す。


「えっとネクロマンチュラは、討伐したよ。それよりも本当に大丈夫なの?」


 心配そうに士道の顔を覗き込むUSAに、士道はやはり笑みを浮かべたまま「大丈夫、大丈夫」と請け負って見せた。


「本当に大丈夫だから。それよりもいったんここを出ようか。階層主が倒されたら、次の階層へ向かうための団体さんが来るから、いつまでもいちゃあ迷惑だぜ」


「あ。う、うん」


 士道に促されるままUSAは立ち上がりその背中についていく。


 そうして歩く士道の首筋には、薄く輝く紋様が存在していた。

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