第36話 ネクロマンチュラ

「……〈兜割り〉?」


 士道が告げた言葉を聞いてUSAは首をかしげてそれを聞く。


 そんなUSAへ士道は頷き返しながら答えた。


「一部の上級冒険者が習得している特殊技能のことだよ。〈ヴォーパル〉発動時、適切に刃筋を立てた状態で、もっとも威力が乗る最先端部を精確にモンストラスへあてた瞬間だけ、通常の〈ヴォーパル〉よりも強力な威力が出るんだ」


「そ、そんな技を私が……?」


「そう、USAさんはそれを習得している。おそらく大江町ダンジョンのような高難易度迷宮でモンストラスを倒すために自然と身に着けたんだろうね」


 士道の言葉を聞いてもいまだに信じられない想いをいだくUSAだが、言われて見れば心当たりがないわけでもない。


「……私が、そんなことを……」


「まあ、才能だよね。おそらくUSAさんはエーテルにたいする親和性が高いんだよ。だから直感的にエーテルを操縦できる。USAさんにはそういう才能があるんだよ……血筋だな」


 ポツリ、と士道が呟いた最後の言葉を、しかしUSAはうまく聞き取れず「え?」と呟いて士道を見た。


「いま、なにか言った?」


「いや。なにも言ってないよ」


 誤魔化すようにそう呟きながら士道は視線を前へと向ける。


「さて。これからどうする、USAさん」


「え? あー、えーと。いまから配信を行うから、その……」


 もごもごと口を動かしながら、呟くUSAに、士道は察しよく頷き返す。


「ああ、配信の取れ高になる場所ね」


「うっ。ま、まあ、その言葉を飾らなければその通りだけど……やっぱり、配信を見てくれる人が面白いって思ってもらえるところがあった方がいいから」


 すっかり配信者としての精神性が板についたUSAの言葉に微笑する士道。


「なら、ちょうどいい場所がこの先にあるよ」



     ◇◇◇



 士道がUSAを連れてきたのは、広いダンジョンの奥の奥──ほとんど最奥に位置する場所だった。


「……士道君、ここは?」


「見ての通りダンジョンの最奥。そんで──」


 と、士道がなにかを言おうとしたとき、USAは目の前の光景が変わるのを見る。


 見やると大勢の人がその場所にいた。


 全員がなにやらその奥を見つめて、ざわざわとした声を鳴り響かせている。その光景を見て、USAはますます疑問で首をかしげる状態だ。


「えっと、あれは……」


「ふむ? なんだろうね」


 士道もさすがにその光景は予想外だったらしく、そちらへと近づいて行ってとりあえず、というように近場の人へと話しかけた。


「どうも。すみません、この人混みは何ですか」


 気さくに話しかける士道に、相手の方も気づいたのか士道の方へと振り返る。大学生ぐらいの見た目をしたがっしりとした体型の男性は、士道の姿を見て、ああ、と頷くと、


「これは、この奥にいる階層主を倒すまでの待ち行列さ」


「階層主を倒すまでの待ち行列……?」


 男性の言葉に士道ですらいまいちピンッと来てなさそうな表情をするので、男性はどうやら士道とUSAがこのダンジョンに来たのが始めただと悟ったようだ。


「ああ、もしかしてこのダンジョンははじめて? ここ西潟市民間ダンジョンではね、すこぶる厄介なモンストラスが階層主として出ることがあってね。そんな階層主がよりにもよって、一層の階層主として出てきてしまったものだから、みんな困ちゃってんだよ」


 あはは、と笑いながらそう告げる男性だが、その顔が明らかに引きつっているのを見るに、その階層主とやらは相当に厄介なモンストラスであるらしい。


「ふうむ。そのモンストラスとは?」


「ああ、それは──」


 と、士道と男性が言葉を交わしている時、


「──おい、あんた。黒輝士道じゃないか?」


 士道と男性の会話に割り込む形で、別の冒険者が士道に話しかけた。


 彼は士道の顔をまじまじと見ると、なにかに確信するように目を輝かせる冒険者。


「やっぱりそうだっ! 去年の星征旗に出ていたのを見たぞ!」


「あ、ああ~」


 士道が微妙そうな表情で男性の言葉に頷き返す。


 それを肯定と受け取ったのか、周囲で大きなざわめきが巻き起こる。


「え、黒輝士道って、あの?」


「ああ、七星剣で、去年の星征旗で無双した……」


 ざわざわと声を出して、言葉を交わし合う冒険者たちの姿を見て士道は面倒くさそうな表情で自分の後頭部を掻きむしる。


「……確かに俺は黒輝士道で、去年の星征旗に出ていたけど、いまはプロを引退したしがない一アマチュア冒険者だからな?」


 言い訳臭くそう告げる士道に、先に士道と話していた男性が、いやいや、と手を振った。


「七星剣をしがないアマチュアとか言えないって。しかしそうか、あんたは、あの〈黒閃〉なのか……だったらいけるか?」


「……? いける、とは?」


 士道の問いかけに男性は、ああ、と頷いて、


「ここの奥にいるモンストラス討伐だよ。厄介なモンストラスって言っただろ? だから、そいつを倒すのにあんたの手を借りたい、ぜひとも」


 頼む、と頭を下げる男性。


 それにしかし士道は渋面を浮かべる。


「……それは、まあ別に構わないんだが、そもそもあんたらがそこまで警戒するモンストラスってのはどういうものなんだ?」


 士道の問いかけに、そこではじめて冒険者たちは自分達が士道とUSAにモンストラスの詳細を話していないことに気づいたようだ。


「あ、ああ、すまない。この先にいるモンストラスの名前はネクロマンチュラっていうんだ」


「……ネクロマンチュラ?」


 男性の言葉を聞き、USAがそんな呟きを漏らす一方、その名前を聞いた士道は心当たりがあるのか、あからさまなぐらいの勢いで顔をしかめてみせた。


「よりにもよって、そいつかよ。本当に厄介なモンストラスじゃねえか」


「士道君。知っているの?」


 USAの問いかけに、士道はなんとも言えない表情で頷きを返し、


「知っていると言えば、知っているな。東京無限迷宮の第十五層でも階層主をやっていた奴だから、何度か戦った経験がある……その経験から言うが、正直回避できるなら、回避したいぐらいには戦いたくない相手だな」


 元プロ冒険者である士道があからさまに顔をしかめて、そう告げるあたり、そのモンストラスはよっぽど厄介な相手であるらしい。


「し、士道君がそこまで言うってことは、相当強いモンストラスなの?」


「……いや、強さはそこまでじゃない──ただ、ひたすらに厄介なんだ」


「……? 厄介?」


 士道の言葉に首をかしげるUSAへ、士道は首肯するように首を縦へ振り、その上で視線を先の方へ──そのネクロマンチュラがいる方へと向ける。


「そいつの特性は──死体操り。まあ簡単に言えば、倒した冒険者のエーテル体を乗っ取って、それを自分の手駒として操る能力だな」


「うえ」


 士道の言葉を聞いて、USAもようやく彼らがどうしてここまで渋るのかを理解した。


「そ、それって倒された冒険者がそのまま私達の敵になるってこと?」


「おおむねその認識であっているよ。まあ、冒険者には《緊急脱出》の機構があるから〝中の人〟は倒された時点で安全な場所に戻っているんだが、機能停止したエーテル体は破壊されずにその場にとどまってな……そのままアタッチメントとか持って俺達に襲い掛かってくる」


 言葉尻にそう付け加えた士道の言葉をUSAも脳内で想像してその恐ろしい光景に顔を青ざめさせる。一方、そのモンストラスのことを思い出しながら説明を続ける士道。


「ネクロマンチュラは倒された冒険者の数でその討伐難易度が変わる可変式難度のモンストラスでな。最初は初心者相当の人間を倒して手駒に加えて、その数が一定に達したら、今度は中級者、その中級者をさらにそろえて上級者、上級者をそろえてプロ……とまあ、手駒を段階的に強くしていくっていう特性があってな。それがひたすらに厄介なんだ」


「……ちなみにいまのネクロマンチュラは、中級者を五十人ほど、さらに上級者も五人はやられて手駒にされた状態だ」


 士道の言葉を引き継ぐように男性がそう捕捉するのを聞いて、USAですら顔を引きつらせる。一方の士道は頭痛をこらえるような仕草で額を抱え、


「……討伐難易度的にBランク相当ってところか。これはむやみやたらと冒険者をおくれば、被害者がさらに増える結果になりかねないな」


「まったくだ。しかもそれで倒しても得られるエーテルの総量がDランクのそれと同じってんだからな。本当にやってられねえ」


「……とすると、いまはもしかしてネクロマンチュラを倒せるだけの人数を集めているところだったりするのか?」


 士道がそう問いかけるのに男性は肯定の言葉を返す。


「そうだよ。とりあえず百人ぐらい集まらないと話にならないからな。とはいえ、あんたが参加してくれるってんだったら話は変わる。元七星剣なら、一人でもネクロマンチュラとその取り巻きになった哀れな奴らを倒せるんじゃないか?」


 期待するような男性の眼差し。男性だけではなく周囲に集まった冒険者たちまで士道へそのような眼差しを向けるので、士道は腕組みをして考え込むような仕草を見せた。


「いや、でも、しかしなあ」


「単独で討伐してくれるんだったら、ネクロマンチュラのエーテルはあんたが総取りでいい。もともと倒してもDランク相当のそれしかもらえねえんだ。見ての通り、ネクロマンチュラに挑むだけの冒険者はまだ集まらないし、その方が俺達もたすかる」


 言われる通り、ここに集っている冒険者の数は30人いくかいかないかというところだ。


 ネクロマンチュラとやらを倒すのに100人が必要ということならば、確かにまだまだ数が足りないだろう。下手をしたら集まり切らない可能性まである。


 その点、士道ならばかつて七星剣になっただけの実力もあるので、確かにネクロマンチュラとその取り巻きとなった冒険者たちの単独討伐も可能かもしれない。


「ふーむ。そうだなあ……時にUSAさん。一つ聞きたいんだが」


 言いながら士道は、ふと、USAの方へと視線を向けた。


 突然自分へと視線を向けられて、USAは戸惑いの表情を士道に向ける。


「え、えっとなにかな、士道君」


「動画の配信って今から始められる感じか?」


 士道の問いかけに、USAは目を白黒させた。

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