第35話 〈兜割り〉
「やれやれ、とんだ災難だったな、USAさん」
「え、あ。うん」
滝上達と別れてしばらく行ったところで士道がそんな呟きを漏らした。
とんだ災難にあったという風な表情をする士道に、USAはしかし微妙な顔を彼へ向ける。
「えっと、士道君……」
「……その顔。俺の行動に納得いっていないってところかな?」
USAがすべてを言う前に察した士道からそう言われてUSAはなぜか気まずい思いをいだきながら「うん」と頷いた。
そんなUSAに士道が言ったのは次の言葉だ。
「秋津迷宮事件」
士道が呟いた言葉に、しかしUSAはいまいち理解が及ばず、怪訝な顔を士道へ向けた。
「えっと、士道君それは……?」
「二年前だったかな。今回と同じように強力なモンストラスを愚かな冒険者がゲート付近にまで連れてきた挙句、そのモンストラスを放って逃げたせいで、モンストラスがゲートを攻撃。そのままゲートが故障して内部の冒険者200人以上が迷宮内に取り残された事件だ」
「───」
驚きにUSAは目を見開く。一方の士道はその顔からいっさいの感情を拝した状態で淡々と言葉を続けていた。
「俺は当時プロ冒険者で、中の人間を救出するため、その迷宮に突入した内の一人だった……突入した時に見た状況は阿鼻叫喚だったよ。ゲートが破壊された影響で《緊急脱出》が正常に機能しなくて、多くの人間がエーテル体を破壊された状態で生身をさらしていた」
「それって……」
士道の言葉に続く状況が読めてしまっていっきに顔を青ざめさせるUSA。
はたして士道はそんなUSAの懸念を肯定するように深く頷き返して、
「死者行方不明者36人。これを多いというか少ないというかは人によるだろうけど……まあここと同じ民間迷宮クラブで出た被害としては最大級のものだろうな」
当時を思い出しているのか、士道の表情は決してすぐれない。
「ゲートってのはさ、俺達が使う《アンブロイド》やアタッチメントなんかと同じ仕組みで動いているものなんだ。そりゃあ何重にも安全装置が施されているし、ゲートがただ一つだけ、というのもほとんどないからめったに起こることじゃない」
ただ、それはめったに起こるものじゃないだけで、絶対に起こらないという意味でもないのはUSAも、いまの士道の言葉で理解できた。
「それでも起こるときは起こる。だから迷宮のゲート付近にモンストラスを近づけないってのは冒険者の暗黙の了解なんだ」
しかしそれをあの瀧上達は破りかけた。
だから士道はあれほどまでに怒りをあらわにしたのだ。
「……知らなかった。そんな大きな事件が二年前に起こっていたなんて」
「仕方ないよ。USAさんが知らないのも。その事件は、方々からの圧力があって、最初にちょっと報道されただけで、その後はほとんど世間の目から隠蔽されたからな」
「え」
驚きに目を見開くUSAに、士道はどこか遠くを見るような眼差しをしながら呟く。
「エーテル産業が主流となった現代の闇だな。原発よりもクリーンで、太陽光発電のような不安定さもなく、膨大な電力や資源を生み出せるエーテル技術ってのが開発されてからむこう、日本は最大のエーテル輸出大国として冒険者に迷宮へ入ることを推奨してきた」
現代はほぼエーテル関連の技術で世界が回っていると言ってもいい。
このエーテルが産出される迷宮が大量に存在する日本はエーテル産出大国として、いまやアメリカを抜き世界第一位の経済力を誇る国家だ。
そんな世界情勢だからこそ、必然的な歪みもまた存在していた。
「いまの日本は迷宮から採れるエーテルによって経済が支えられている。日本だけじゃない。ユーラシア大迷災の被害が大きいシベリアやロシア、東欧、さらにかつての超大国であったアメリカ……その他にも多くの国が日本から輸出されるエーテルを当て込んでいる。そういった国々の圧力が36人の犠牲者を世の中から消したんだ」
USAは告げられたことがあまりに衝撃的すぎて理解が追い付けず、そんなUSAにしかし士道は、諦念と憤りを混ぜ合わせたかのような声で、それに、と言葉を紡いでいく。
「あの瀧上って人も言っていただろ。自分は高校の部活で冒険者をやってるって。日本政府は青少年が冒険者活動をすることを強く推奨している。それこそ本来は部活動で禁止されているお金稼ぎとしての冒険者活動が半ば黙認されるぐらいにな」
「そう、なんだ」
言われて見れば、USA──有素が、冒険者をはじめるにあたってもろもろの申請を出した時、やけに速く申請が受理されたように思う。
一応冒険者となるための手続きは日本政府の迷宮省が一括で管理しているのだが、そんなお役所の仕事とは思えないほど即日での承認が行われたのを思い出してそう呟くUSAに、士道は、どこか痛みをこらえるような表情で呟く。
「あまりにも簡単に手続きが可能だからこそ、ああいう迷宮をゲームの中と同じように感じる奴が一定数存在する。だけどな、USAさん。俺達冒険者が迷宮にもぐるって行為は、炭鉱の鉱夫なんかと同じなんだ。どれほど安全に見せかけても、常に命の危険がある」
──だから、冒険者は常に責任を持たなければならない。
そう士道は告げて、はあ、と大きく息を吐きだした。
「……すまないな、USAさん。せっかく迷宮の中に来て変な話をして」
「ううん。いまのはたぶん私が聞いておく話だと思う。私が冒険者を続けていくために必要なことだよ。だからありがとう、士道君。それを私に教えてくれて」
真剣な眼差しでUSAがそう告げてくるので、士道はどこか照れたように自分の頬をかく。
「あはは。そんな風に言われると照れるな、褒められ慣れてないからなおさらに──さて」
空気を変えるように呟きを漏らす士道。
「いろいろとあったが、ここからが迷宮探索の本番だ。USAさんは大江町ダンジョン以外に迷宮って場所を知らないだろう。だったら他の迷宮がどんなのかいま初めて知るってわけだ」
「うっ。そ、そう言われるとちょっと緊張するかも。で、でもどんなに強いモンストラスが待っていても、私、頑張るから!」
グッと拳を握りしめてそう告げるUSAに、士道はからりとした表情で笑いながら「その意気だ」とUSAを褒める。
「それじゃあ、まずは午前中でここの迷宮がどんな迷宮なのかっていう慣らし作業からするとしようか。配信は午後でいいだろ」
「あ、うん。な、なんか士道君にしきられる形だけど、別に問題ないからそれでいいよ」
ここにUSAを連れてきたのは士道なので、士道の方針に従うのはやぶさかではない。
もともとUSAこと有素は、どちらかと言えば慎重な性格だ。初の迷宮にもぐっていきなり配信を始めるというほど大胆な真似はできない。
「それじゃあ、とりあえずここら近辺をぐるりと回ってみようか。途中モンストラスが現れたら、基本はUSAさんが倒すって形で」
「ええっ。士道君もちょっとは手伝ってよ。さっきのモンストラスも私に対応させたし」
頬を膨らませて全部を自分任せにする士道に、USAがそう抗議するが、しかし士道はニヤリとした笑みをその口に浮かべるだけで取り合わない。
「大丈夫大丈夫。むしろUSAさんが単独対処した方がいいから」
「え? それってどういう──」
USAの問いかけにはたして士道はこう答えた。
「論より証拠。モンストラスを倒せばそのうちわかるよ」
◇◇◇
士道が告げた言葉の意味をUSAが理解したのは、あれから一時間後。130体目にあたるモンストラスを倒した時だ。
「……なんというか」
巨大な蜘蛛のモンストラスを一刀のもとに切り捨て、そのままエーテルの粒子となって霧散する姿を見てUSAは微妙な表情をする。
一方でそれを見て、おおー、と感心した声を上げた士道は横からUSAへ話しかけた。
「これで130体目か。一時間でなかなかのペースじゃないか」
そう話しかける士道に、しかしUSAが向けたのはなんとも言えない表情だ。
「ねえ、士道君──なんというか、その簡単すぎない?」
告げたUSAの言葉に、士道は苦笑を浮かべて彼女を見返した。
「まあ、USAさんが普段もぐっている大江町ダンジョンに比べたらそりゃあ簡単だろ」
「あ、うん。そうなんだけどそうじゃないというか……その、モンストラスの手ごたえがほとんどないの。全部一撃で倒せるし」
USAがこの迷宮でモンストラスの狩りを始めて以降、すべてのモンストラスをほぼ一撃で仕留める形となっていた。
それこそUSAが二撃以上の攻撃を加えたモンストラスは最初に戦ったヴァーリンだけだ。
あまりにも手ごたえがないことに、なんとなく狐に化かされたような気分となっているUSAに、士道は、ふむ、と頷いて、
「そりゃあここがEランクの迷宮だからな。USAさんぐらいの実力者なら、それこそここに出るモンストラスは赤子の手を捻るぐらい簡単に倒せるだろうさ」
「え、ええ……?」
USAの反応に、士道は、おいおい、と呆れた眼差しを向けた。
「本当に無自覚なんだな。いいか、USAさん。大江町ダンジョンのような高難易度迷宮に出てくるモンストラスとここのような低難易度迷宮のモンストラスじゃあ、その耐久力が根本からして違う」
言って士道はおもむろに自身のアタッチメントである《アバランチ》を抜き放つ。
ほとんど手首の振りだけで斬撃を行った士道の目の前に、ちょうどよく表れたコウモリ型のモンストラスが空中で軽々と切り裂かれ、そのまま地面へと落下。エーテル粒子になるのを見届けながら、な? と士道がUSAへ視線を向けた。
「いまみたいに、低難易度迷宮のモンストラスは、特にアーツを使っていない攻撃でもモンストラスを一撃で絶命させることが可能だ。でも、高難易度迷宮のモンストラスとなると、止めをさすのに、ほとんどの場合でクラフトが必要になる」
「あ」
言われて見ればその通りだ。
例えば今までUSAが相手どっていたコボルド……正確にはコボルド・ソルジャー達でも、USAは倒すのに常にクラフトアーツである〈ヴォーパル〉を使用してきた。
さっきのヴァーリンとの戦いでも止めに〈ヴォーパル〉を使ったし、USA自身、ほとんど無意識且つ無自覚にモンストラスへ止めをさすにはアーツを使わなければならないと思い込んでいた節がある。
「そもそもだな。アーツってのは本来冒険者が持つ必殺技的なものなんだよ。普通は、あんなものを使わなくても大半のモンストラスを倒すことが可能だ」
それに、と士道は呟いた。
「USAさんの〈ヴォーパル〉はかなり威力が底上げされているからな」
「??? えっと、それってどういうこと……?」
士道が言った言葉の意味が理解できないくて、首をかしげるUSAに、士道は「やっぱりこれも無自覚だったか」と半眼を向けた。
「……USAさん。一回、あっちを見てみ」
言って士道がある一点へ、視線を向けるので、USAもつられてそちらへ視線を向ける。
木々の合間から見えるのは、他の冒険者がモンストラスと戦う姿だ。
四人ほどの冒険者の集団が戦っているのは、先ほどUSAが切り捨てた蜘蛛のような見た目のモンストラス。
全長にして5メートルに及ぶ巨大なそのモンストラスにたいして、四人の冒険者は高度に連携しながらヒット&アウェイの戦法で攻撃を加えて言っているのが見える。
そんな彼らの戦いを見て、USAは一つ違和感に気づいた。
「あれ、なんかあの人達のアーツは威力が弱い……?」
「よく気付いたな。その通りだ。USAさんと彼らでは明らかにアーツの威力が異なる。なぜならUSAさんが使っているアーツは単なる〈ヴォーパル〉じゃないからな」
「??? えっとそれってどういう」
疑問するUSAに士道が返した答えは次の通りだ。
「──〈兜割り〉。それがUSAさんの習得している技術の名だ」
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