第34話 説教

 モンストラスがエーテルの粒子と化して霧散する中、USAは地面に着地した状態で一息ついていた。


「ふう、なんとかなった」


「すごいな、あんた!」


 そんなUSAへ声をかけてくる人物たちが。


 あの類人猿型モンストラスを連れてきた冒険者たちだ。


 振り向いたUSAが見たのは、全員が高校生ぐらいの少年少女である。


 その内、活発そうな印象を受ける茶髪の少年が代表してUSAへと話しかけてきて、


「あのヴァーリンを簡単に! 俺達でもできないのに、すげえよ、あんた! あ、俺は瀧上一矢! 西潟第一高校のダンジョン部に所属してんだ!」


 人懐っこい笑みを浮かべてそう自己紹介してくる少年──瀧上に、USAは一瞬どちらの名前で答えようか、まよった末に「USAです」と冒険者としての通名の方を名乗った。


「USAさん! 本当にありがとうな、ヴァーリンに追われた時は、万事休すかって思ったけど、あんたが助けてくれたおかげで命拾いしたよ」


 言って瀧上は、腕を上げUSAへと握手を求めてくる。


 それにUSAもほとんど反射的な反応で応じようとして──しかしそんなUSAの手はなにもない空中を切った。


「「!!???!!???」」


 いつの間にか瀧上の腕の肘から先がなくなっていたのだ。


 それにUSAと瀧上が驚愕する──と同時に。


「うわ⁉」


「ええ⁉」


「きゃあ!」


 周囲で次々に響く声。それと共に目の前の瀧上がいきなり体制を崩して地面へと倒れこむ。


 見れば、瀧上はもちろん彼のツレである他の冒険者たちの腕や、さらには足まで先が消失しており、それによって彼らはいっせいに転倒。


 突然の怪現象に、USAが目を白黒させる中、そんな瀧上達へかけられる声があった。


「はい、それじゃあ説教のお時間です」


 士道だ。


 その声にUSAや瀧上たちが振り向くのと士道が、自身の武装である《アバランチ》を腰の鞘へしまうのはほとんど同時だった。


 それを見てUSAはようやく士道が瀧上達の手足を両断したのだと気づく。


(い、いつの間に⁉)


 一瞬にして四人のエーテル体の両手足を切断してのけた士道。


 速度もそうだが、音すらなく四人もの人間の手足を切り裂いていった士道は、その顔にうすく微笑を浮かべつつ、しかし目は全然笑っていない表情で地面へと倒れ伏す四人の冒険者を見下ろしていた。


「まず、君たちに問おうか。自分達がどれぐらいヤバいことをしたのか理解しているか」


 有無を言わせない声音でそう問いかける士道に、四人の高校生たちはゴクリとつばを飲み込み、士道を見やる。


「あ、えっと。それは」


 士道の問いかけにしかし瀧上はとっさの返答ができず、代わりに彼の隣で地面に倒れ伏していた仲間なのだろう少女が、士道へ言い返す。


「いや、だってしかたないでしょっ! いきなり追われ──」


「──いきなり?」


 短く、そう呟いただけ。


 それだけなのに、USAですら言葉を失うほどの圧が士道から放たれていた。


「いきなり、ふうん、なるほど。時に、君たちは冒険者になってどれぐらいだ?」


 唐突に問いかけを変えた士道。


 それに瀧上達四人の冒険者は一度それぞれの視線を見合わせ、そして代表する形で瀧上がその解答を口にする。


「さ、三か月です」


「やっぱりな。あれだろ。最初の一か月のおっかなびっくりしていた状況から慣れて、俺達だったらいけるんじゃねって普段はいかない奥の方へいったんだろ。んで、さっきのヴァーリンだったか? かなり強いモンストラスを見つけて、しかも単独だからちょっかいかけた、と」


「………ッ」


 ギョッと目を見開く瀧上達。


 それを見るに士道の言葉が彼らの図星をついているのは明らかだ。


「挑みはしたが、一発攻撃を当てても、傷一つつけられず、挙句逆上して追いかけまわされたってのが、ことの顛末っぽいな……まあ、初心者によくある失敗って奴だ」


 士道はそこまで告げるとこれ見よがしなため息をついて自分の頭を掻きむしる。その上で士道は一度腰を落とし、その視線を地面に座り込む形になっていた瀧上に向けた。


「わかるよ。いまぐらいが一番冒険者の楽しい時期だもんな。自分達の力をもっと試せるんじゃないかってそう思っただろ? 別に俺もそれは非難しないさ。ただ、な」


 言って士道は、瀧上達を見やる。


 その眼差しはUSAですら驚くほど冷え冷えとしたものだ。


「どうして、最後まで責任をとらなかった?」


「───」


 なにも言い返せず押し黙る瀧上達。


 そんな四人の少年少女を見て、士道は滔々と諭すように言葉を紡ぐ。


「いいか、勘違いするなよ。ここはダンジョンだ。ゲームの中じゃない。いくら《緊急脱出》なんて手段があって、命の危険がないとは言っても、現実なんだよ。お前らが引きつれたモンストラスは、ゲームの中のプログラムで動かされるモンスターじゃないんだ」


 士道が告げたその言葉にUSAは内心で、あ、という言葉を上げる。


 それは以前にUSAも聞いたことがある言葉だった。


 ──物語の中にある〝ダンジョン〟といま私達が現実にいるダンジョンには大きな違いがあります。


 ──すなわち、、という違いが。


 それを告げたのは確か司だったはずだ。


 司が口にしていたのと同じ言葉を士道もまた瀧上達へ告げる。


「ゲームの中だったら、逃げればそのうち怪物も追うのを諦めて自分のナワバリに帰るだろうさ。でも、ここは現実だ。一度引き連れてきたモンストラスは、その気になればいつまでもその場所にとどまり続ける。このダンジョンの入り口である、ここに、だ」


「───ッ」


 言われて、ようやく瀧上含めた四人は自分達がどれほどヤバいことをしていたのか気づいたのだろう。顔を青ざめさせる彼らに士道は、彼らへ睨んで、


「ここに居座られたらお前らみたいな初心者がどれほど犠牲になっただろうな? エーテル体とはいえ、いきなりダンジョンに入った瞬間に強力なモンストラスに襲われるんだ。それがトラウマになってもおかしくねえ。ベテランだって不意打ち食らったヤバいだろう」


「い、いや、ちがっ。俺達は……!」


「おい、否定の言葉を吐くな。お前達の責任から逃れるな。俺が言いたいのはただ一つだ──どうして襲われた時にエーテル体が破壊されるまで戦わなかった?」


 短くも苛烈な士道の問いかけに、瀧上達は答えられない。


 それに士道は淡々とした声音で問いを重ねる。


「もしかしてだが、エーテル体の補修費をいとうたとかそういうんじゃないだろうな?」


「………」


 士道の言葉に反論もなく押し黙る瀧上達四人。それだけで答えとしては十分だったのか、今度は本気で呆れたというようなため息をはいて見せる。


「バカかお前ら。たかだか一人3000円をケチって、それ以外の大勢に迷惑をかけるとか、本当にあり得ないぞ」


 エーテル体は破壊されたら、自分で倒したモンストラスから回収したエーテルを消費するか、もしくはそのエーテルを3000円で購入するかの二択で修復できる。


 USAも、まだ冒険者になりたてのころは、コボルドになんども破壊されたため、最初のころは大枚をはたいてエーテル体を修復したものだ。


 実際高校生にとっては、3000円というのは割かし大金だが、それをケチって、今回のように強いモンストラスを引き付けれてくるのは違う、と士道はいいたいのだろう。


「いいか、冒険者を続けていればたかだか3000円なんてすぐに稼げる。討伐ランクが最低のモンストラスでも30体狩ればペイできる金額だ。一方でいまお前らが追いかけまわされていたモンストラスは、たった一体でお前らと同じ初心者を300人は殺す」


 そこまで告げた上で士道は、地面へと倒れ伏したままうなだれる瀧上達へ、締めくくりとなる言葉をおくった。


「遊び気分でいるのは構わないが、ここがゲームの中の世界じゃないってことだけは頭に叩き込んでおけ。テメェのケツをテメェで拭けない奴がいつづけられるような場所じゃないんだよ──ダンジョンってところはな」


 そこまで告げて士道は立ち上がる。そうして彼は一度だけ嘆息を漏らすとそのままUSAの方へと振り向いた。


「さて、少しトラブルもあったが、改めて探索に行くとしようか、USAさん」


「え、で、でも士道君」


 さらりとそう告げてきた士道に、思わずUSAは瀧上達を見る。


 一方の瀧上達も地面に倒れ伏したまま、ギョッとした眼差しを士道へと向けていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺達をこの状態で置いていくのか⁉ お前に手足を切断された状態だってのに⁉」


 言って自分の肘から先がなくなった片腕を見せてくる瀧上たち四人に士道が向けたのは冷ややかな眼差しだ。


「当たり前だろ。それはお前らが厭うた分の代償だ。別にエーテル体が破壊されたわけじゃねえんだし、ここは入り口の近くだぞ。這っていけば、モンストラスに襲われる前に地上へ帰還することも可能だろうさ」


「はあ⁉ 嘘だろ! そんなのが許されるってのかよ⁉」


「許されるよ。たとえここの職員に被害を訴え出ても、最初に調べられるのは《アンブロイド》の中に記録された映像だ。そうなると責められるのはお前らだぞ。ゲート付近に強力なモンストラスを連れてくるのは明らかな規約違反だからな」


 あとな、と士道はさらに言葉を続ける。


「ここは入り口の近くだから目撃者が大量にいるのも忘れるなよ?」


 士道は告げながら視線を周囲へと向けた。


 そこにはゲートを潜り抜けてやってきたのだろう複数人の冒険者たちがいて、そんな彼らあるいは彼女らが向ける視線にようやっとUSAも気づく。


 冒険者達の多くは、瀧上達へ厳しい目を向けていて、どうやら彼らも瀧上達の行動を見ていたようだ。そんな冒険者たちの視線に気づいて瀧上達は顔を青ざめさせる。


「彼らはお前らの規約違反の証人でもあるが、同時にお前達を守ってもくれる護衛でもある。だから安心してゲートまで行け。たとえ情けない姿を周囲に見られたとしても」


「そ、そんな」


「嫌ならいますぐエーテル体を破棄して《緊急脱出》するんだな。そうすれば修復に3000円を払わなければならないが、情けない姿を見られることはない」


「う、うわあ」


 USAから見てもひどい二者択一だ。


 手足がないので、這ってゲートまで行かなければならない一方、戻ればエーテル体の自己修復機能でお金を払わずに地上へ帰ってもう一度冒険者を続けることができる。


 一方で情けない姿を見られたくないから、と《緊急脱出》を選べば、エーテル体を完全に放棄することになるのでお金を出して修復をしなければならないわけで。


「士道君。さすがにそれは……」


 思わずUSAが瀧上達へと助け舟を出そうとして、しかし士道は片手を上げてそれを制す。


「USAさん。こういうところで見せる優しさは百害あって一利なし、だよ。自分達のやったことの責任も取れない人間は冒険者を続けちゃいけない」


「な、なんだよそれ……!」


 士道の言葉を聞いていたのか、USAの後ろで瀧上がいきり立ったように叫び声をあげる。


 そんな瀧上へ、最後に一度視線を向ける士道。


「……憤るのはいいよ。恨むなら俺を恨むといい。俺は黒輝士道。元七星剣第三位で、いまはしがないDランク冒険者だ。この名前をよく覚えて、俺のことを嫌うといい」


 最後にそう告げて今度こそ士道は彼らから視線を外す。


 そのまま歩き出す士道に、USAは慌ててついて行った。


 ふと、肩越しに瀧上達を見やると、彼らはひどく屈辱的な表情で士道を睨んでいた。

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