第33話 〈めいラブ〉
チンッという音を立ててエレベーターの扉が開く。
そうしてエレベーターから降り立った有素が見たのは広い空間だ。
「わっ。すごい人」
古びた雑居ビル特有の狭いエレベーターから降り立った瞬間に見えたのは、広い空間に大勢の人々が行き交う光景だ。
大江町という田舎町出身の有素にとって、ここまで人が集まっている光景はそれこそ学校の教室ぐらいでしか見たことがない。
「ここっていったい」
「看板見ただろ。民間迷宮クラブだよ」
言って有素の隣に立った士道がそう告げてくる。
「民間迷宮クラブ……?」
そんな士道に振り向いて有素は首を傾げた。
「読んで字のごとく。民間企業が経営しているダンジョンだ。日本って国はダンジョン大国だからな。毎年雨後の筍よろしくポコポコとダンジョンが生まれるから、こういった民間のダンジョンも珍しくないんだぜ」
「へ、へえ~」
有素自身は、まだ冒険者になって日が浅いため、そういうことをいま知ったところだ。
そんな風に返事をする有素を連れて士道は奥の方へと向かっていく。
「基本的に民間経営のダンジョンは入場料を支払って出入りするのが多い。ちなみにここ〈めいラヴ〉は全国展開しているチェーン店だから、会員証を持っていればどこの地域の〈めいラヴ〉でも四人まで無料で入れるって仕組みだ」
ちなみにこれが会員証、と言って士道は懐から薄いプラスチック用紙のカードを取り出す。
〈めいラヴ〉会員証と書かれたそれを見せてくる士道に、有素はそんな会員証をまじまじと見やりながら、士道へと問いかける。
「ま、論より証拠だ。とりあえず中に入ってみてからいろいろ説明するよ」
言って士道は受付の方へと向かう。
受付にいた従業員と二、三言ほど士道はなにかを放すとそれだけで手続きは終わったらしく、士道は従業員から何やら二つ鍵のようなものを貰っていた。
「はい、有素さん。これフィッティングルームのカギ。これを持って行って、書かれている番号の個室に入ったらそこでエーテル体に換装できるから」
士道がそう告げるとともに渡された鍵を受け取る有素。
そのまま二人はフィッティングルームへ。
フィッティングルームの中はその名前の通り、まるで洋服屋のそれと同じような感じだ。
個室事に区切られた区画があり、どうやらその中に入ってエーテル体に乾燥するらしいと気づいた有素はおっかなびっくりの仕草でそちらへと向かい、指定された番号の個室を開ける。
個室の中は前方が大きな鏡になっていて、その他にどうやら持ってきたものを一時的に保管する場所としても機能するらしく、鞄を置く棚があったり、貴重品用の金庫が置かれていた。
それらの中へ持ってきたものを収納しつつ有素は《アンブロイド》を取り出す。
ボタンを押して瞬時にエーテル体へ乾燥。
体の中央から上下に向かってエーテルの輪が高速回転しながら動き、そうして一瞬で有素は冒険者USAの姿へと変貌する。
白い髪に紅い瞳をした名前の通りウサギのような見た目となった自分を見て頷きつつ有素は主武装である《グレン》を携えながら個室を出た。
すると個室の先にはすでに士道が冒険者の格好で黒色の外套姿になっているのを見て、USAの姿を見て、よう、と腕を上げる。
「換装したみたいだな。それで、どうする? いきなり配信って形でもいいけど」
「あ、えっと。とりあえずだけど、一回迷宮の中を見て回りたいかな。私も初めての場所だからうまく立ち回れるかわからないし……」
そう告げるUSAに士道は、わかった、というように頷いてその場で踵を返した。
「それじゃあついてきて、いまから迷宮の入り口に案内するから」
言って歩き出す士道の背中にUSAはついていく。そうして士道が向かったのはフィッティングルームを出て右手。
なにやら大きい箱のような場所だ。
「えっと、これは?」
「ダンジョンの入り口」
士道はそう告げると同時に遠慮なくその箱の中へと入っていく。慌ててその背中にUSAがついていくのと、それを確認した従業員が箱を閉めるのは同時だ。
ブウンとなにやら機械が駆動する音が響いたとUSAが思った瞬間、箱の外側で光が巻き起こった。わっ、と驚くUSA。
いきなりの事態に彼女が混乱する一方、箱の外で起こっていた光はすぐに収まり、そうしてチンッという音と共に箱の扉が開く。
そうしてUSAが目撃したのは──
「森……?」
緑豊かな森林だった。
あちらこちらに木々が生え、視界いっぱいを緑色が覆うその光景に、USAはただただ圧倒されて言葉を失う。
「森林型か。ダンジョンとしてはオーソドックスだな」
そんなUSAの隣に士道が立った。
彼は、その腰に吊るした長短二刀の二刀流型アタッチメントを抜きつつ、USAへと視線を向けてくる。
「ここのダンジョンはEランクであるらしいからUSAさんも身構えないでやっていくといいよ。君の実力なら、そんなに苦戦する場所じゃないから」
「え、あ、うん」
「とりあえず、だが。周囲を見て回りながらここがどういうダンジョンか慣らしを──」
と、士道が告げる直前だった。
「うわあああああああ!!!」
そんな絶叫がUSAと士道の前で巻き起こる。
驚いて二人が視線を向けると、その先にはなにやら大きな土埃が巻き起こっているのが見えた。それと同時にドドドッという轟音が。
「な、なに⁉」
「あー、これは」
突然の事態に目を白黒させる有素にたいして、士道はなにかに気づいたように呟く。
同時。
「逃げろ、逃げろ、逃げろ!」
森の木々から跳び出すように四人の冒険者が現れる。
全員が高校生ぐらいの年齢をしたその冒険者たちは血相を変え、USAと士道のほうへと向かい全力疾走してくるところで。
それにも驚いたが、USAをさらに驚かせたのは、続いて起こった現象だ。
──GUOOOOOOAAAAAA!
咆哮を上げて、木々の間から跳び出してくるのは、巨大なモンストラスだ。
まるで類人猿のようなような見た目をしたそのモンストラスは、かなりの巨体で、USAがパッと見た目測でも、軽く8メートルは超えている。
そんな巨体が森の木々を割り砕きながら冒険者を追いかける姿にUSAが瞠目し、一方の士道は、何とも言えない表情で後頭部を掻く。
「トレインか。ったく、迷惑な」
いまにも舌打ちせんばかりの声音でそう告げる士道。
「し、士道君。トレインって……?」
「冒険者がモンストラスを引き連れて逃げるっていう迷惑行為だよ。モンストラスを電車みたいに後ろにわんさか連れてくるから、トレインって呼ばれてんの。まあ、今回は一体だけど、ダンジョンのゲートまで引き連れるのわなあ」
と、士道が顔をしかめて言うと、どうやら向こう側もこちらに気づいたらしく、USA達へと向かって叫びかけてきた。
「あ、おい! あんたら、たすけてくれ!」
「はあ、マジかよ。くそ」
向こう側の言葉を聞いて、士道がそんな風に口悪く吐き捨てる。
とはいえ、USAとしても彼らのことは心配だ。
明らかに危機的状況。確かに彼らは迷惑行為をしたのかもしれないが、それでもモンストラスにむざむざとやられるのを見ているのは心が痛む。
なので、たすけられるのならたすけたい、とUSAは士道へ視線を向けた。
「えっと、士道くん、どうする?」
「あ、うーん。そうだな~。ここが入り口付近じゃなかったら見捨てたんだが……よし」
言って、一つ頷くと士道はUSAへ視線を向けた。
「ちょっとUSAさん。あのモンストラスをぶった切ってこようか」
「え、ええ⁉」
さすがに士道の言葉に驚くUSA。そんなUSAに、士道はニヤリとした笑みを浮かべながら、親指でモンストラスの方を指す。
「この際、あの迷惑冒険者の被害は無視していい。それよりもこのダンジョンのレベルがどんなものなのか体験することも考えて、ちょっとあのモンストラスと戦ってみ」
ほら、早く早く、と士道がUSAへ促すのでUSAはやむを得ず、モンストラスの方へと向き直った。
「わ、わかった。行ってみる」
呟いて、USAは《紅蓮》を引き抜く。刀型のアタッチメントを構えて、こちらへ迫るモンストラスへと向かって一歩前へ。
エーテル体の身体性能をいかんなく発揮して瞬時に加速。
全速力で疾走すれば、三秒でそちらへと接近することが可能だ。
一方で冒険者の方はどうやら追いつかれたらしく、四人組の中の一人がモンストラスのその毛むくじゃらで太い腕に捕まれて持ち上げられているところだった。
「う、うわああああああ」
絶叫を上げる冒険者。それを見てUSAは跳躍する。
跳び、そして斬撃。
がっしりと掴まれて逃げることもできない様子の冒険者を助けるべく、モンストラスの腕を切りつけたUSA。
その斬撃によって、モンストラスの腕は一刀両断され、それと同時に冒険者も地面へ。
──GUAAAAAAAA。
腕を切られた痛みで絶叫を上げのたうち回るモンストラス。
それを確認しながらUSAは空中で大きく弧を描いてすぐそばの木へ。
太い木の側面を足場にさらに跳躍。
次に断つのは首だ。
腕よりもさらに一回り以上は太い首へと向かってUSAは《紅蓮》を振るった。
──斬撃系クラフトアーツ《ヴァーチカル》
《紅蓮》の刃を構成する活性化エーテルが勢いよく噴射。
そのままウォーターカッターのように強烈な切断力を発揮して、類人猿型のモンストラスの首へと向かって横一閃に斬撃が奔る。
一刀両断。
USAの振るった斬撃は確かにモンストラスの太い首を捕らえ、それをいっさいの抵抗なく切断して吹き飛ばした。
エーテルの勢いによって吹き飛ぶモンストラスの首。
それを後目にUSAは地面へと着地。
直後、モンストラスの体がエーテルとなって吹き飛んだ。
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