第32話 転機

「む、むむむ」


 あけて翌日。


 USAこと石動有素は、自分のスマホを握りしめて難しい表情をしていた。


「どうしたんだ、有素さん?」


 そんな彼女へ呼びかけてくるのは、黒輝士道だ。


 場所は昨日も宴会が開かれた旅館の一角である。


 今日も今日とて、大江町ダンジョンの調査に協力するという名目で訪れていた有素は、ほかのグノーシスの面々がやってくるまでの間、ずっとスマホとにらめっこしていた。


 やや幼げな愛らしい顔立ちをしかめっ面に変えてスマホを睨む有素の姿に、他の面々より一足早くやってきた士道が首をかしげて呼びかける。


「あ、士道君」


 その声に気づいて慌てて顔を上げる有素。


 たいする士道は、片手を上げて「よう」と挨拶しながら、この手の旅館によくある対面式のソファの内、有素が座る席の反対側にある席に腰掛けた。


「それで、難しい顔をしてどったの」


「え? え~と」


 士道に問われて、何とも答えにくそうにする有素。その姿を見て士道はますます訝し気な表情を彼女へと向ける。


「え、なに。答えにくい系の質問? だったら答えなくていいけど」


「あ。そ、そういうんじゃないの。ただ、その……士道君も私が動画配信者をしてるのは知ってるよね?」


「おー、まあな。っていうか俺もUSAチャンネルに登録してるし」


 さらりと士道がUSAのチャンネル登録者だと明かされて思わず有素は恐縮した表情で頭を下げた。


「わっ。あ、ありがとうございます……いや、それでね? 最近私、動画配信できていないからちょっとチャンネルの登録者が……」


 そんな有素の言葉に士道も、あー、という声を出して納得の表情をする。


「なるほど。チャンネル離れが起こっている、と。まー、確かに井戸の調査中は大江町ダンジョン内での撮影は禁止されるもんなあ~」


「……? イド?」


 士道が告げた単語の意味がいまいちよくわからずそう問い返した有素に、士道はどこかからペットボトルを取り出して、その中身を煽りながら口にする。


国際迷宮機構インターナショナル・ダンジョン・オーガニゼーション。世界中にあるダンジョンとそこへもぐる冒険者のための国際機関でね。その頭文字を取ってIDOって略称されるんだけど、日本のネット界隈ではそれをローマ字読みで井戸って呼ぶミームがあるんだよ」


「へ、へえ。知らなかった」


「まあ、それはさておき。つまりあれだろ。いま調査中で大江町ダンジョンに入れないから配信できないって状態なんだろ? んでその影響で登録者が減っている、と」


「うっ。ま、まあそんなところです……」


 肩を落としそう告げる有素に、士道は、ふむ、とあごをさする。


「……んー。これはグノーシス側の責任もあるよなあ。よしわかった」


 言って、膝を打つ士道。


 その姿に有素がキョトンとした表情をする中、士道はどういうわけだか懐からスマホを取り出すではないか。


 士道はそのままスマホを操作するとどこかへと連絡を行う。


「あ、道目木さん。はい、俺です。本日の調査なんですけど、一回お休みにしません? 連日の調査はさすがに消耗も激しいですし、これ以降はまだ未知の階層ですから、もろもろ準備も必要でしょう? え、いやだなあ、そんなわけないじゃないですか、実はですねえ──」


 と、そんな風に通話をしていた士道は、一通り話を終えたのか通信を切ると頷いて目の前の有素へと視線を向けてくる。


「よしっ。これで今日の調査は休みになったぞ。というわけで有素さん」


「え、な、なに……?」


 予想外の事態に有素が目を白黒させるのに、士道はその口角を大きく吊り上げてにんまりとした笑みを浮かべた。


「ちょっと、遠出してみないか?」



     ◇◇◇



 大江町は田舎町だ。


 これは誰が何と言おうとも事実である。


 そのため休日になると若者の多くは列車や家族の車に乗って、より栄えた遠くの街に行く。


 ここ西潟にしかた町もまたそんな大江町の住民が良く通う栄えた町の一つだ。


「──ありがとうございます、道目木さん。わざわざ送ってもらって」


「いえ、これぐらいはかまいませんよ。我々としても町の有力者との折衝があったので、今回休みにしてもらってありがたかったですし」


 道目木がその眉目秀麗な容姿に微笑を浮かべながらそう返す。


 一方の士道と有素は、そんな道目木が運転した車から降りたところだった。


「では、また夕方ごろに迎えに来ますね」


「はい、よろしくお願いいたします」


 道目木と士道がそんな言葉を交わすのを最後に道目木の車が発進してそのまま有素たちの前から去っていく。


 一方の有素は、そんな状況にいまだ理解が追い付かず目を白黒させ続けていた。


「え、えっと、士道君? どうしてここに?」


 西潟町駅前のロータリーに立ってそう疑問する有素の表情には微妙な警戒がにじんでいた。


 それを見て苦笑しながら士道は手を振る。


「安心しろよ。別に悪い遊びに誘うつもりはないから。ここに来たのは、え~と」


 言いながら士道は視線を左右へ。


 なにかを探すように遠くを見つめていた士道は、その目的のものを見つけたのだろう。ああ、と声を上げてある一点を指さした。


「あった、あった。あれだ、有素さん」


 士道が告げながら指さす方面に有素もつられるまま視線を向ける。


 そこにあったのはなにやら大きめの雑居ビルだ。


 この手の地方都市にはよくある横長の無味乾燥な古びたビル。


 表面にデカデカとした看板が張り付けられたそれを指さす士道に有素は首を傾げた。


「えっと、士道君。あれが、なに?」


「あのビルの最上階。あそこ見てみ」


 言われたので有素はその最上階へと視線を向ける。


 そこにはある施設が入居しているらしい。


 その施設の名前は、


「民間迷宮クラブ〈めいラブ〉?」


 首をかしげてそう呟く有素に、我が意を得たりというように頷く士道。


「そう。あそこにあるのは民間冒険者クラブ──民間企業経営のダンジョンだ」


「民間企業経営のダンジョン……?」


 目をぱちくりとさせる有素。


 そんな有素に士道はにんまりと笑い、こう告げてきた。


「なあ、有素さん。ここらでちょっと友情・努力・勝利としゃれこんでみないか?」

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