第29話 宴会
一層の最奥まで来たし、本日はいったんお開きとしようか。
と言う感じで、USA達は地上へと戻ってきた。そうして現在……。
「え~。このたびは、我が大江町に出現しました迷宮の調査に~、え~、こられましたグノーシス・アドベンチャラーズ・エージェンシーの皆様に感謝を祝したもので~、え~、これからも我が町の発展を願い~、乾杯!」
乾杯! という声があがって、皆が一斉に杯を上げる。
その片隅で有素も控えめに杯を掲げ持ちながら、内心では顔を引きつらせていた。
迷宮を出て冒険者USAから田舎町大江町の女子高生
曰く歓迎の宴会をするのでお越しください、とグノーシスの面々を強引に乗せ、さらに有素も町議員である石動議員の娘だからと強制参加。
そうしてあれよあれよと言う間に連れてこられたのは、町でも一番大きな宿──その宴会場で、グノーシスの人達を歓迎するための宴会が始まった。
「いや~。めでたい! 我が町に大きな迷宮ができるなんて‼ 今後はエーテルの採掘量などもまして、我が町の経済が潤うでしょうな~」
ニマニマとした表情を浮かべてそう告げるのは町一番の建設会社の社長だったか。
厳密には依然より迷宮は存在していたのだが、それを知らない町民はいまだに多い。
無理もない。これまではFランク扱いをうけていたから、ほとんど存在を忘れられていたのだ。それがUSAの動画配信でにわかに注目されて、グノーシスという日本でも特に大きい冒険者ファームの調査を受けることになってようやっと町民にも知れ渡ることとなった。
ずずず、とお酒代わりのお茶をすすりながらそんな会話をちらりと横見する有素。
(……正直、こういう場って苦手なんだよね……)
父が町議会の議員で、石動家自体が大江町でも歴史ある名家、というのは有素も知っているのだが、有素自身の引っ込み思案な性格や、父が仕事にかまけてほとんど一人娘である有素に構っていないのもあって、自分がそういういいところのお嬢様という自覚が薄い。
必然、こういう場に参加することもあまりなく、あってもほどほどのところで抜け出して、どんちゃん騒ぎに巻き込まれないよう気を付けてきた。
ただ、今回ばかりは有素も当事者ということで、そんなことをするわけにもいかない。
「ささ、道目木さん。こちらは我が町の米農家が栽培した米を使っているお酒でして~」
「ああ、ありがとうございます」
道目木はさすが大人というべきか、相手の過剰な接待をにこやかな態度でかわしつつ、和やかに会話を進めていた。
「………」
一方の飛鳥はその美貌から町の若い男達の視線を集めていたのだが、それらには無反応。一切合切無視を決め込んで、次々と酒杯に注がれた酒を煽っている。
「いえ、私など。まだまだ若輩者でして──」
司は司で、彼女自身の真面目な気質がゆえか、議会のお爺ちゃんたちに捕まってなにやら話し込んでいて、その人達から向けられる好色な視線に有素は少しハラハラしたが、そこはさすが司というべきか、そう言った手もサラッと交わしていて、すごくカッコいい。
そうしてグノーシスの面々を見やって、しかしそこで、あれ? と有素は首をかしげる。
「……士道くんがいない……?」
黒輝士道がどこにもいない。
宴会場をぐるりと見渡すが、特徴的な黒い髪の、線が細い面立ちがいずこにもないことを見て問って、有素はすぐそばを歩いていた中居さんに声をかける。
「すみません。士道くん……グノーシスの黒輝士道さんはどちらにおられるでしょうか?」
有素の問いかけに、彼女が町議員の娘であることを知っている中居の女性は、恐縮した表情で「お手洗いに行っているとお聞きしました」と伝えてきた。
「……お手洗い」
なんとなく嫌な予感がして、有素は席を立つ。
周囲の喧騒に捕まらないよう細心の注意を払ってふすまを開けるとそのまま外へ。
靴を履いて、まずはお手洗いの位置を確認。
この宴会場を含めた宿には有素もよく来るので、お手洗いの位置ぐらいは知っていた。
大昔のバブル期に建てられた建物特有の薄暗くさびれた鉄筋コンクリートの廊下を歩き、そのまま右手へ。
するとお手洗いを示す赤と青のマークが見えたので、有素はそちらへと近づいて行く。
と、その時。
「でさー、この前カレシがダサくてさ~」
「えー、あり得なーい。ダサいカレシなんて別れちゃなよ~」
「あはははっ。ほんと、私の彼氏と大違い……ってあら?」
有素から見て手前側、そこにある女子トイレの方から三人の女子が出てくる。
誰も彼も有素とほとんど年齢が変わらない十代の少女だ。
ただしどちらかと言えば地味な印象を受ける有素と違い、全員が髪を染め着飾った、どこかけばけばしい容姿をしていて、そんな彼女達を前にして、うっ、と有素は内心しり込みする。
「
「あらあらあら。石動さんじゃないの。どうも、お元気?」
その口の端を歪めて、まるで蛇のように笑う彼女に、有素は正直逃げ出したい思いでいっぱいになったが、それをこらえてペコリと一礼。
「はい、おかげさまで。そちらもお父様はお元気ですか?」
彼女──橋本
祖父は、町で一番大きな会社の社長さんで、その息子にして英子の父にあたる人物は某有名企業の地方支社長なんだとか。
それでなのか、英子はよく自分がお金持ちであることをひけらかして自慢げにしており、正直そういうところが有素には苦手だった。
特に英子は、自分は大江町なんて田舎町で収まる女じゃない、と事あるごとに公言していて大江町が好きな有素とはとてもではないが分かり合えそうにない。
それでも相手は名家の娘なので、同じく名家の娘として礼を失さないよう最大限表情に配慮する有素に、しかし英子はそんな配慮の欠片もなく嘲弄めいた笑みをこちらに向ける。
「あら~、相変わらず石動さんは、その、なんというかおダサい恰好をしているわね?」
にやにやと後ろの取り巻き共々笑いながらそう告げてくる英子。
おダサい、と彼女自身は丁寧語で言っているつもりかもしれないが、十分に直接的な物言いにさすがの有素も内心でムッとしたが、それに反応すれば負けだ。
「……格好については、学校の制服です。こういった場でも礼は失さないかと」
学校から駅前までグノーシスの面々を迎えに行って、そこから迷宮にもぐっていたため、現在でも有素の服装は学校の制服であるブレザーのそれ。
宴会と言う場でも決して礼を失さないはずの服装を、しかし英子達は嘲笑う。
「あらあら、石動さん。私はそういうことを言っているのではないのよ? 女ならどんな場所でも恰好に気を付けないと。そりゃあこんな田舎町でイイ男が見つかると思わないけど、それでも恰好ぐらいはきちんとしないと示しがつかないでしょ?」
いえてる~、と背後で二人の取り巻きが言うのに、有素は奥歯を噛みしめる。
たとえ大江町が彼女の言う通り田舎町でも、この町に住む人たちはいい人ばかりだ。
八百屋の松坂さんは、頼りがいのあるいいお兄ちゃんで町の消防団も兼任している。
町役場に努める寿さんは、真面目で仕事ぶりがよく、彼のおかげでいくつもの事務不手際が未然に止められて、街の救世主だ。
米農家の山田さん、配送会社に勤める立本さん、漁師の伊藤さんなどなど、決して都会に住んでいることだけが取り柄のそこらの男に負けるような人達ばかりではない。
それを田舎町に住んでいるから、というだけでいっしょくた馬鹿にされて、有素はカッとした感情のまま言い返そうとして──その声が場に響いたのはまさにその時だ。
「なにをしているのかな?」
突然の声に、驚いて振り向く有素と橋本達。
彼女らの視線の先、そこには黒輝士道が立っていた。
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