第28話 黒閃の真価

 その後も、USA達は迷宮を順調に攻略していった。


「これで、止め──‼」


 エーテルの刃を振るうUSA。


 振るわれたUSAの一閃に首を掻き切られたコボルド・ジェネラルが地面に倒れ伏し、そのままエーテルの粒子と化して霧散する。


「おおー、ナイスファイトー」


 そう呑気な声を出すのは、士道だ。


 両腕を頭の後ろで組み、ヘラヘラとした表情で笑う士道の姿に着地したUSAはジトッとした眼差しでそちらを見やる。


「……ねえ、士道くん。さっきから想ってたんだけど……」


「おう? なんだ?」


 呑気な表情を浮かべる士道にUSAは頭痛でもこらえるような仕草をしながらこう言った。


「さっきから士道君、ほとんど戦闘に参加していなくないかな?」


 振り向きそう問いかけるUSAに、士道は、ふむ、と顎をさすり、


「あー、そういえば、そうかも……?」


「そうかも、じゃなくて、絶・対・そ・うっ! 迷宮に入ってから一度も士道くんが腰のアタッチメントを抜いたところを見たことがないんだけど⁉」


 言ってUSAは士道の腰に吊るされた二振りの剣を指さす。


 長短二つの剣。それを抜いて士道が戦う姿をUSAは迷宮に入ってから一度も見ていない。


 そんなUSAからの指摘に、やはり士道はへらへらした表情で笑いながらUSAを見る。


「ごめんごめん。ちょ~と、調子が上がらなくてさあ」


「調子があがらないってなに⁉ さっきもそっちにモンストラスが近づいて行ったのに、なにもしないからわざわざ私がそのモンストラスを倒さなければならなかったよね⁉」


「だから謝ってんじゃん。まあ、これぐらいで怒るなよ」


 これぐらいじゃないでしょ⁉ と激昂するUSA。


 そんなUSAを横から司がなだめに来た。


「USAさん、落ち着いて。士道くんも、士道くんです。USAさんの言う通り、迷宮でいっさい戦おうとしないのはどうかと思いますよ?」


 司からの指摘にも、しかし士道はどうじた様子もなく、それどころか肩をすくめる始末だ。


「まあまあ。この後に活躍するから、それで許してくれ」


 そんな士道の言葉にUSAと司の二人から、まじかこいつ、という視線を向けられ、二人の士道にたいする好感度が劇的に下がる。


 だが、そんな士道に助け舟を出したのは、意外なことに飛鳥だった。


「士道君。悪い癖が出ている。そうやってからかったら友達無くすって前にも言ったでしょ。……それと二人とも、士道君のこれ、ちゃんと意図があるから」


 飛鳥がそう告げるのを聞いて、USAは怪訝な表情でそちらを見やった。


「意図、ですか……?」


 USAの言葉に、飛鳥はその頬に薄く微笑を浮かべながら、そう、と頷く。


「士道君が戦闘に参加しないのは、いろいろと考えていることがあるから。初対面のUSAちゃんや、あまり一緒にいた時期が長くない司ちゃんが勘違いしちゃうのは仕方ないし、そもそも士道君の性格が悪いのが全部いけないんだけど……」


「おーい、飛鳥さん? それ俺をかばっているようで貶してないか?」


 士道からのジトッとした眼差しに、逆に飛鳥の方もジトッとした眼差しを返す。


「そういうんだったら、行動で示しなよ。士道君の〝意図〟って奴を」


 飛鳥からそう言われて、士道はやれやれと首を振った。


「しゃあねえ。そうまで言われたら示しますかねえ。それに、もうそろそろだからな」


 言って士道は顔を上げた。そうして見やる視線の先には巨大な扉が存在している。


 USAもまた、その扉を見て、あ、と言う声を出した。


「そうか。もう一層の最奥なんだ」


 先日。あの白キ竜と激戦を繰り広げた場所。それを見たUSAに司もまた、ええ、と頷く。


「あれからひと月近く。他の迷宮の事例を考えるに、あの白キ竜──【ウルスラグナ】も復活していることでしょう」


 あの後、正式に【ウルスラグナ】の名称を与えられた白キ竜。


 他の迷宮における階層主にあたるそのモンストラスがすでに復活しているだろう、と告げる司に、USAはゴクリと唾を飲み下す。


「そ、そうですよね。えっと、みなさん、挑むつもりですか?」


 先日の戦いを思い出して、思わずそう問いかけるUSAに道目木が難しい表情で答えた。


「……さて。この戦力でもまあ押し切れないことはないですが、あの司さんですら苦戦した相手です。種が割れているとはいえ、このまま進んでいいものか……」


 そう告げる道目木に、司とUSAも同様の表情をする中、ただ一人、士道だけが、のほほんとした態度のまま、こんなことを宣う。


「それなんだけどさ。その【ウルスラグナ】? ってやつ。俺一人に相手させてくれない?」


 いっそ呑気な調子でそう告げた士道に、USA、司、道目木の三人がギョッとした視線を士道に向ける。


「は? いや、士道君⁉」


 慌てた様子の司に、ニヤリとした笑みを浮かべる士道。


「慌てなさんなって。ちょっと俺一人で挑むだけだから。それでだめだったらそれはそれ。まあ、気楽に見といてよ」


 言いながら、士道はほか四人の返事を聞くこともなく、ツカツカ、と迷宮の門へと向かっていくと、そのまま扉へと手をかけ、それを一息に開け放ってしまう。


「ちょっ! 士道くん‼ それは──」


 さすがのUSAも慌てて士道を止めようとしたが、遅かった。


 一歩、士道が広間に踏み込むと同時。すさまじい速度の一閃が士道を襲う。


「───ッ‼」


 あの白キ竜【ウルスラグナ】の触手剣による一閃だ。


 それ自体が冒険者のエーテル体ごとき簡単に破壊できる一撃。


 横合いから襲い掛かってきたそれが寸分も狙いたがわず士道へと吸い込まれて行き──


「よっ、と」


 ──それを、士道は気軽な動作で回避した。


「え?」


 驚くUSA。


 たいして垂直に飛び上がった士道は、そのまま空中で体を一回転させて天井に着地した。


 その動作自体は、USAもよくやる動きだ。


 だが、士道のそれは、まるで重力というものがないかのように軽やかで、決して速いわけでもないのに体勢に揺るぎがない。


 それ自体にもUSAは驚かされたが、それ以上にUSAを驚愕させたのは続く現象だった。


 ──GUOOOOOO!


 無数の触手が迫る。


【ウルスラグナ】が背中より放出した触手剣が天井に着地した士道に向かって殺到し、三百六十度、あらゆる方向から士道を切り裂かんと迫るそれ。


 そんな触手剣はたして士道は──


「はは」


 


 同時に士道の手が腰元に伸びる。そこに吊るされた長短二振りの剣。その柄を手に取ると同時に士道は一息でそれを抜き放った。


 輝くエーテルの刃。


 半透明の刃を持つ長短二振りの剣を両手に握りしめ、士道はいっきに身をたわめると──目にもとまらぬ速さで加速した。


「速い──‼」


 驚愕するUSA。


 ──加速系アシストアーツ〈韋駄天ライトニング


 それを使った超加速によって天井より飛び上がった士道。


 神速。そう呼ぶにふさわしい速度だった。


 踏み込みから、加速までの時間はわずかの000.1秒。


 一度加速したら、エーテル体の動体視力ですら追うのは困難なほどの速度を出して士道は一直線に【ウルスラグナ】へと向かって突っ込んでいく。


「───」


 すさまじい速度で宙を駆ける士道。


 迫りくる触手剣に臆さず突っ込んでいった士道は、真正面から迫る触手剣の一つにたいして身を捻ってかわし、そうして背後に過ぎ去った触手を足場にさらなる跳躍。


 上下から迫る触手剣は振るった刃で一刀両断した。


 一度過ぎ去り、そこから反転して背後より襲い掛かってくる触手剣を、士道はそちらへいっさい視線を向けることなくほんの少し走る軌道を変えただけで回避すると、それをそのまま続く足場にしてさらに加速していく。


 走る、走る、走る。


 同時に三本の触手剣が迫れば、そのうち一本に斬撃を食らわせて軌道を捻じ曲げ、それによって軌道が狂った触手剣に残り二本の触手剣が激突。


 そうして絡まり動きを止めた触手剣にかえす刃の一撃を叩き込んでひとまとめに両断した士道は、こじ開けた隙間に身をねじ込むようにして白キ竜の本体へ肉薄する。


 さすがの【ウルスラグナ】もそれには焦ったのか、遮二無二に触手剣を伸ばして士道にたたきつけようとしたが、そのすべてを士道は時に回避し、時に斬撃を食らわせて軌道を捻じ曲げ、あるいは足場としてさらに加速を得た。


 この間わずか1.3秒


 ほんの瞬きにも等しい時間ですべての触手剣をねじ伏せた士道は、そのまま【ウルスラグナ】の背面に着地。


 両の剣を振り上げて、交差するように斬撃を叩き込む。


 ──UGAAAAAAA‼‼⁉


 絶叫を上げる白キ竜。


 元から弱点である背中を傷つけられて、盛大にエーテルの粒子を吹き出した【ウルスラグナ】は、その場で身悶えして、士道を振り切ろうとした。


 それに士道はしかし逆らわず、一度飛びのくと後方宙返りをして距離を取る。


 たいする【ウルスラグナ】は自信を傷つけた相手へと血走った眼を向け、その歯をむき出しにすると、大きく胸を膨らませた。


 劫火。


 竜の息吹だ。


 USAと司が戦った時には見せなかった奥の手。それを真正面から【ウルスラグナ】は士道に向かって浴びせかける。


「───!」


 USAが声を上げる間もなかった。


 手を伸ばしたUSAの目の前で士道はあまりの高温で真っ青に染まった炎の中に飲まれる。


 さすがにUSAが悲鳴を上げかけたその瞬間、USAの肩を叩く手が。


 驚いてUSAが振り向くと、そこには微笑を浮かべた飛鳥の姿があった。


「大丈夫、USAちゃん。士道君はこのぐらいで負けない」


 飛鳥の言葉を証明するように、劫火の中から士道の姿が現れる。


 ──《アバランチ》:モード大盾フォートレス


 両手に握りしめた二刀流型アタッチメント《アバランチ》


 それを合体させて大盾形状にした士道がそれによって炎を防いだのだ。


 さらに士道は《アバランチ》を一度二刀流状態に戻すと、さらなる変形を行った。


 ──《アバランチ》モード大剣クレイモア


 士道の身の丈を超えるほどの大剣。二振りの剣を合わせて変形したその大剣を勢いよく振りかぶる士道。


「はあああ──‼」


 裂帛の気勢。それと同時に発動するは刀剣系クラフトアーツ〈ヴァーチカル〉


 モード大剣の補助効果もあって通常よりもさらに射程と威力を増したその一閃は、確かに【ウルスラグナ】の顔面へ叩き込まれ──



 ──一刀両断。



 白キ竜の首が飛ぶ。


 士道が叩き込んだ強化〈ヴァーチカル〉の一撃にさしもの【ウルスラグナ】とて耐えきれずその首を叩き切られ、そして地面に倒れ伏す。


 霧散するエーテル粒子。


 膨大なそれを発生させて消滅していく【ウルスラグナ】の姿に、それと一度戦ったことがあるからこそ、USAは呆然と見やる。


 あれほどUSAと司が苦戦した強敵を、たった一人で、それもあっさりと倒して見せた士道は、大剣を解除し、長短の二刀に戻った剣を鞘に納めながら振り向く。


 その顔にニヤリとした笑みを浮かべながら、士道はこう告げた。


「ま、こんなところかな」

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