第26話 ポジション

 なんだかんだとトラブルもあったが、無事USA達五人は大江町ダンジョンに入ることに。


「おお、ここが大江町ダンジョンか」


 そんな呟きを漏らしたのは、士道だ。


 彼もエーテル体に換装している。


 その全身をどこか軍服めいた意匠の黒衣に包み、その上から裾の長いコートを身にまとう姿をした、やはり全身黒づくめの士道。


 腰には交差する形で太いベルトが巻かれていて、その右腰側に二つの容器に入った柄だけの剣が吊るされていた。


 そんな姿の士道はエーテル体に換装したからか、先ほどまでの顔色の悪い雰囲気はどこへやら、わくわくとした表情で大江町ダンジョンの内部を見渡していた。


「見た目は典型的な古城タイプのダンジョンに見えるな。実際一層に出てくるモンストラスは大半がコボルド系なんだったか?」


 士道の問いかけに、USAは、うん、と頷きを返す。


「ここにはほとんどコボルドさん達しか出てこないよ。でも、数は多いから囲まれたら注意。あまり一人で孤立しないようにした方がいいかな」


「大丈夫。そういう時に私がいる」


 言ってUSAの隣に立ったのは、飛鳥だ。


 どことなく天使の羽を連想させるマントを身にまとった飛鳥は、その手にやたら近代的なデザインの杖を握っており、それを通路の先に向けてみせる。


「飛鳥さんが、ですか?」


 首をかしげるUSAに飛鳥は頷き返しながら、そそっと、その手をUSAへと伸ばそうとしたので、それに気づいた司が寸前で叩き落とした。


「飛鳥さん。おさわり厳禁っていいましたよね? ……まあ、それはさておき。確かに殲滅力ならばこの中でも飛鳥さんに敵う者はいないでしょうね。なんたって飛鳥さんは〈星堕とし〉の異名を持つ冒険者。術師キャスターの中では、最強格の一人です」


「きゃすたー?」


 耳慣れない言葉にUSAが首をかしげるも、そんな彼女の表情に気づいていないのか司は、ええ、と頷きながら、次に視線を士道へと向ける。


「また士道君は攻撃手の元世界第二位です。私も同様に攻撃手アタッカーで四番目に位置する実力者ですので、USAさんも含めて前衛はほとんど心配ないでしょう。銃撃手ガンナーの道目木さんも後方支援能力に関しては、右に出る者はいません」


「お褒めにあずかり光栄です」


 にこりと微笑み、エーテル体になっても変わらない眼鏡の奥で円弧を描く道目木。


 そんな彼らの言葉に、しかしUSAはますます首をかしげてしまう。


「あたっかー? に、がんなー? ですか……?」


 USAがそう呟くに及んでようやく司たちもUSAが自分達の言葉に疑問していることに気づいたらしい。


 え、と言う視線が彼女達から向けられて、USAは思わずうろたえてしまった。


「あ、ごめんなさい。その、普通の冒険者なら知ってることなんですよね?」


 おずおずとそう問いかけると、そこで士道が、ああ、と口にして、


「そうか。USAさんは、これまでずっと一人で冒険者をしていたから、そこらへんの常識に疎いのか」


 言われてますます身を縮こまらせるUSAに、士道は気にするな、と苦笑を浮かべながらそれを解説する。


「いま俺達が話している攻撃手とか銃撃手とか、そういうのは俗にポジションと呼ばれるやつのことだよ」


「ポジション……それは、つまり冒険者の役割とか、そういうことなの?」


「その認識で合っているよ。大雑把な枠組みだが、剣とか槍とかの近接武器で戦うのが攻撃手、銃とかの武器で戦うの銃撃手、だ。さらにそこから派生して、攻撃手の中でも縦横無尽に駆け巡って前衛と後衛を支援する遊撃手とか、長距離の狙撃をする狙撃手とか色々いるけど……まあ、それはおいおい説明するとして、そういうものがあると理解してくれるといい」


 士道の丁寧な解説に、USAもようやく理解してきたのか、真剣な眼差しで士道を見やり、


「なるほど……じゃあ私は剣で戦うから攻撃手? ってことになるのかな?」


「そうだな。USAさんは典型的な攻撃手だ。俺も司さんも同じく攻撃手。一方で道目木さんは銃撃手、なんだが。実際のところは支援銃手ファイア・サポートってポジションにあたる」


支援銃手ファイア・サポート?」


 USAの問いかけに、視界の奥で道目木が頷きながら前に出た。


「こういうのを武器にするポジションですよ」


 言って道目木は手をかざす。


 するとその掌の先にエーテルの光が現れ、それはその場の地面で収束すると、一つの形を作り出した。


 地面に三連で並ぶ筒状のアタッチメントだ。


 全長にして100cm前後。


 ちょっとした子供の身長ほどもあるそれを見て、USAはあるものを連想する。


「バズーカ?」


 テレビで見たそれに近かったので呟いた言葉に、しかし道目木は首を横に振った。


「いえ、正確には迫撃砲と呼ばれる種類の武器ですね。持ち運び可能な設置型の小型砲なんですが、このアタッチメントはその迫撃砲を模したS&H社製の《ショックウェーブ》と呼ばれる種類の武装となります」


 そんな道目木の言葉に横から士道が解説を口にする。


「──《ショックウェーブ》は純粋な一撃の威力だけなら、既存のアタッチメントの中で二番目に威力が高い代物でな。それでいて中身の弾種を変えることも可能だから応用性が高いのが特徴だ。欠点は見た目の通り持ち運び可能とはいえ、小回りが利かないことと、設置しないと撃てないことだが、前衛がしっかりと前を固めているのなら、その欠点も気にならない」


 ツラツラと長い上に早い喋り口調でそう告げる士道だが、その情報量の多さと早口にUSAは目を白黒させ、一方で飛鳥がジトッとした眼差しを士道へと向けた。


「出た。士道君のアタッチメントオタク。女の子相手にそんな早口で解説しても理解できるわけないでしょ。ほら、USAちゃんも混乱している」


 言いながら飛鳥は頭を撫でようとしているのか、怪しい手つきでUSAの方へと近づいていくので、その肩へと司が手を伸ばし、笑顔で威圧。


「飛鳥さん?」


 にっこりと、しかし背筋がおぞけ立つような笑みでそう告げられてその場で固まる飛鳥の横で、ようやっと士道の言葉を飲み込めたUSAは、えっと、と一言。


「つまり、道目木さんは、後ろから私達を支援するのが得意ということなんですか?」


 そんなUSAの問いかけに道目木は、よくできました、というような笑みを浮かべる。


「その通りです。派手な銃撃戦などは得意ではありませんが、その代わり強力な火力支援によって皆様の戦いを支援させてもらっております」


 道目木の言葉に、なるほど、と頷いたUSAは続いて司と目に見えない争いをしている飛鳥へと視線を向けた。


「それで、飛鳥さんのポジション……術師キャスター? というのはどんなポジションなんですか?」


 USAがそう問いかけると、待ってましたと言わんばかりの表情で振り向く飛鳥。


「そうだね。論より証拠。私の場合は見てもらった方が早い」


 言うや否や、飛鳥はそのままずんずんと迷宮の奥へと向かって進んでいくではないか。


「えっ、ちょっと飛鳥さん⁉」


 さすがにそれを見てUSAが慌てるが、そんな彼女の肩へ置かれる手が。


 振り向くとそこには苦笑していた士道がいた。


「大丈夫だよ、USAさん。飛鳥さんはあれでかなり強いから」


 言うや否や士道はのんびりとした足取りで飛鳥が行った方向へと向かっていく。


 それこそ腰に吊るした剣も抜かないほどの気の抜きようで、司と道目木もやれやれという表情を浮かべながらも、しかし何を言うでもなくその背についていく。


「え、え?」


 有素はそれに戸惑いの表情を浮かべたが、それでも彼らの態度に何も言わず自身もついていって──そうしてたどり着いた迷宮最初の大広間。


 いつものように数十体規模のコボルド・ソルジャー達がたむろするそこへたどり着いた瞬間、飛鳥は一度その場で立ち止まり、その手に持っていた杖を掲げて見せた。


「───」


 ──GURU?


 飛鳥の存在にコボルド達も気づいたのだろう。


 その鋭い犬歯をむき出しにすると、そのまま突進の構えを見せるので、USAは思わず顔を青ざめさせてしまった。


「ちょっ、飛鳥さ──」


 ん、とUSAがなにかを言うよりも、早く。



 ──飛鳥の周囲で光が散った。



「あれは……?」


 赤、青、黄、緑という合計四色の光が飛鳥の周囲を乱舞するのを見て、USAは思わず目を見開き、そんなUSAへと隣から士道が告げる。


「属性化エーテル。術師だけが使える特別なエーテルだ」


 そう士道が告げると同時、四色の光が渦を巻いて飛鳥の周囲を乱舞した。


 光の乱舞は物理的な衝撃も持つのか、突進してこようとしたコボルド・ソルジャー達を弾き飛ばし、あるいはその威力で抉り、粉砕する。


 それだけでも圧倒的な光景だ。


 しかし、そこで目の前の光景は止まらない。


「──来た」


 ポツリ、と飛鳥の呟きが広間の中に響き渡った。


 瞬間、乱舞して混ざり合っていた四色の光が七色の輝きを放ち、それはそのまま空中を駆け巡って天井の方へ。


 すると、いかなる原理によるものか、広間の天井にまで達した光はそこで上下左右に線を走らせ、幾何学的な紋様を描き出すではないか。


 それはさながら、


「魔法陣?」


 物語の中に出てくるそれを連想させる紋様。


 そんな幾何学紋様が天井を覆いつくし、そしてその閃光が臨界点に達した、その時。


「──《グロリアスレイ》」


 瞬間。


 光の柱が天より降ってきた。


 一閃。


 膨大な光量と熱量を兼ね備えた閃光の一撃。


 それが地上へ突き刺さると同時に、大広間一帯がまばゆく照らし出される。


 その様たるや、エーテル体の視覚補助機能が自動的に働いて光量制限を行ってもなお視界のすべてが白一色に支配されるほどだ。


 一秒、二秒、三秒……あるいはそれよりも長い時間、白一色だった視界は、しかしようやく元の景色を取り戻し、USAにその結末を見せさせる。


「え──」


 煮え立つ大地がそこにはあった。


 膨大な熱量にさらされ、灼熱する地面。


 あまりの熱量に岩ですらまるで焼かれた肉のようにじゅうじゅうと音を立てるほどの状況の中で、しかし動く者は一体たりとていない。


 代わりに天井へと昇りそして飛鳥へと吸収されていく膨大な緑色の光だけが、かつてそこにいた者達の存在と、その末路を示していて。


 そんな最中で静かにたたずむ飛鳥。


 神聖な雰囲気すら漂わせる彼女の姿に、しかしUSAがごくりと息を飲んでいると、その横から士道がこんなことを告げた。


「これが、術師の力だ」


 ポツリと告げられた士道の言葉に、振り向くUSA。


「属性化エーテルを操り、それを混ぜ合わせることで発動するキャストアーツ。冒険者が持つ中で最大最強の威力を持つそれを放つことで、いっきにモンストラス達を殲滅する──その中でさらに最強にして最高の殲滅力を持つのが〈星堕とし〉枢木飛鳥だ」


 そんな士道の言葉にUSAは、ただただ圧倒されるしかなかった。

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