第25話 少女と少年

 そうして大江町ダンジョンへやってきた有素達は、まずエーテル体に換装するため、プレハブ小屋のフィッティングルームに向かうことになり──


「USAちゃん可愛い。べりーそーきゅーと……!」


「うぎゃあ……⁉」


 ……そして、飛鳥にUSAは抱き着かれることとなった。


 USAが《アンブロイド》を持ち出してすぐのことだ。


 エーテル体に換装した瞬間、すかさず抱き着いてきた飛鳥。


 まだ飛鳥は生身だというのにすさまじい力でエーテル体のUSAを抱きすくめていて、その万力がごとき腕の力に悲鳴を上げてしまうUSA。


 涙目になって騒ぐUSAへ、しかし幸いにも救いの手が差し伸べられた。


「あ~す~か~さ~ん~‼」


 怒りの形相で飛鳥の名を呼ぶのは、同じくエーテル体へ換装し終えていた司だ。


 USAに抱き着いた飛鳥の頭へと腕を伸ばした司は、そのまま飛鳥の頭を掴み上げ、そして無理やりにUSAから引きはがす。


「ああ~、待って、司ちゃん、まだもうちょっと、もうちょっと~!」


 世界のトップランカーとは思えない情けない声を出してUSAへと手を伸ばす飛鳥だが、そんなことは知ったこっちゃないとばかりに司はジロリと飛鳥を睨み上げた。


「正座」


 短く、しかし断固たる口調で司がそう告げるのを聞いて、顔を真っ青にした飛鳥はそのままおとなしく正座をした。


 そうして、こんこんと飛鳥へと説教を始めた司はそれと同時に背中側で腕を振ることでUSAに外へと出ていくように促してくる。


 それを受けてUSAはペコリと頭を下げながら、そのままフィッティングルームを退出。


 そうしてフィッティングルームを出た有素はようやく一息を付けた──と。


「お疲れ様」


 唐突に隣からかけられた声。


 驚いてUSAが振り向けば、そこにはプレハブ小屋の軒下で座り込む少年の姿が。


 黒輝士道だ。


 黒衣で全身を包んだ彼は、まだ乗り物酔いの余韻が消えていないのか顔色が悪いままうずくまっており、その手にはまだらな赤色が目立つ独特な模様のハンカチを握りしめていた。


「あ、えっと」


 とっさになんと言葉を告げるか迷ったUSAへ士道は苦笑を浮かべながら言う。


「外まで声が聞こえていたよ。大変だったね。飛鳥さんは悪い人じゃないんだけど、可愛いものには目がないというか、暴走しがちになっちゃうんだよね。本人に悪気はないんだけど、かなり強引だったから迷惑だったよね。ごめんね」


「い、いえっ! そんな、迷惑だなんて……!」


 とっさにそう言い返しつつ、えっと、とまた繰り返す有素。


「そ、その。えーと、黒輝、さん?」


「士道でいいよ。君と俺ってたぶんそう年齢変わらないし。敬語もいらないから」


 気さくな口調でそう告げてくる彼に、USAは戸惑いを浮かべながらも、なら、と言い。


「士道くん? は、そのグノーシスの人なんだよね?」


「んー、いや違うよ」


 まさかの否定の言葉に、え? と有素は目を見開く。


「違うって、どういう……?」


「そのまんまの意味。俺はグノーシス所属じゃない。なんならプロ冒険者でもないから。今回は一応、お手伝い? ってことになるのかな。お金はもらうけど、立場は君と同じ」


「え、でも。道目木さん? が、士道くんはすごい人だって……えっと、七星剣セプテントリオン? っていう立場の人って言ってたような……」


 冒険者になったばかりでUSAには七聖剣というのがどういう存在なのかわからない。それでもすごい人であるように思えるのだが、しかし士道は首を横に振って否定する。


「元、ね。いまの俺はしがない趣味人アマチュア冒険者さ」


 口元に笑みを浮かべながら嘯くような口調でそう告げ肩をすくめて見せた士道。


 そうして彼はそのまま視線をUSAへと向けると、USAへこんな問いかけをしてきた。


「俺なんかのことより、USAさんのことを聞きたいな」


「わ、私のことっ?」


 同い年の男の子から自分のことを聞きたいと言われて、思わず声を上ずらせたUSA。


 そんなUSAに士道は柔らかな、しかしどこか感情の読めない笑みを浮かべながら問う。


「うん。君は、確か故郷の──この大江町のために冒険者となったんだよね?」


「あ、うん。そうだよ」


 予想とは違いまっとうな質問に戸惑いながらもそうはっきりとUSAは頷き返し、一方で士道は、ふうん、とUSAを見やりながらさらに問いを重ねた。


「別に他意はないんだけど。冒険者を始めた理由はそれだけ?」


 他意はないという言葉とは裏腹にその目を細め、こちらの内心を見透かそうとするようなまなざしを向けてくる士道。


(……試されてされている……?)


 なんとなくそう感じたUSA。


 だからこそ彼から目をそらしてはならない、と直感してまっすぐとした眼差しで士道を見返したUSAは、やはり迷いのない口調でそれを告げた。


「はい。私は大江町のために……そしていまはそこに加えて動画を見てくださる視聴者さん達のために冒険者をやっています」


 真剣な眼差しでそう告げるUSAありすに、しばし彼女を見やっていた士道。


 だが、それも長く続くことはなかった。


「そっか」


 ぽつり、とそう呟く士道。


「なら、いいんだ。ごめんね、変なことを聞いて」


 頭を下げてそう謝罪する士道に、USAはとっさになんと帰したらいいかわからず言葉を詰まらせてしまい、そんな中でプレハブ小屋より司と飛鳥が出てくる。


「お待たせしました……っと? あれ、どうしましたか二人とも」


「なんか、変な空気?」


 司が首を傾げ、飛鳥は眉をひそめて士道とUSAに視線を向ける中、USAはブンブンと首を横に振って、なんでもない、と示す。


「い、いえ。ちょっと士道くんとおしゃべりしていただけですっ!」


「士道くん?」


 ジトリとした視線を飛鳥より向けられて、士道はその口の端を吊り上げて見せた。


「羨ましい? さっそく俺とUSAさんは親しく呼び合う仲になったんだ」


「……ッ。士道くんばっかり、ずるいっ! USAちゃん。私も飛鳥と呼んで……‼ 私もUSAちゃんって呼ぶから……‼」


「えっ、えっ……⁉」


 ガバリとこちらへと振り向き、そう告げる飛鳥に戸惑いを浮かべるUSA。


 そんな飛鳥に士道は呆れた眼差しを向けた。


「いや、とっくの昔にUSAちゃん呼びしてんじゃん」


 士道が冷静にツッコミを入れる中、飛鳥の背後にゆらりと人影が立つ。


「飛鳥さん……?」


 司だ。


 がっしりと飛鳥の肩を掴んだ司は、そのまま飛鳥を見やってポツリと一言。


「また、説教されたいですか?」


 おかしい、笑っているのになぜ彼女の笑顔はここまで怖いのか。


 と、そこに町役場の関係者との折衝を終えた道目木がやってくる。


「みなさん、お待たせしました。調査の許可をもらってきましたよ……ん? なんですか、この状況は?」

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