第24話 勇者来る

 電車が駅に降り立つ。


 大江町に唯一存在するこじんまりとした駅だ。


 一両編成の電車より出てくるは四人の影。


 男性二人に女性二人というその構成をした一団は、田舎特有の利用客も駅員もほとんどいない無人駅の改札を出て、一路駅の前に広がる広場へ。


「ここが、大江町ですか」


「はい。道目木どうめきさん。素敵な町でしょ」


「ええ、そうですね。田舎ではありますが、独特な雰囲気がある」


 言いあいながら駅舎を出た一向は、ふとその広場の前で、こちらへと手を振る一人の少女を見つけた。


 濡れ羽色の髪をした、眼鏡の少女である。


 そんな少女を見つけた瞬間、司は顔をほころばせて手を振り返した。


「有素さん‼ すみません、待たせてしまいましたか‼」


「いえいえ、そんな。司さん。お久しぶりです。ご無沙汰してます!」


 駆け寄ってくる司に、恐縮した風に頭を下げる有素へ、司は親し気な様子で彼女の肩を叩きながら、ちらり、と背後を振り向く。


「皆さん。この方は、この町で活躍なされている冒険者の石動有素さん。動画配信者USAと言えば、皆さんにはわかるかもしれませんね。そして有素さん。こちらの三人が今回大江町ダンジョンの調査に協力してくださるグノーシスの冒険者です」


 言って有素と司の方へと近寄ってきた男女を順番に司は指さす。


「こちらの男性は道目木蓮夜れんやさん。冒険者としてのポジションは銃撃手で、その腕前もなかなかのものがありますが、それ以上に対外的な折衝などに秀でた方です。今回の調査における事務仕事一般を受け持っていただきます」


「どうも、道目木蓮夜と申します」


 恭しい態度で頭を下げるのは、眼鏡をかけた長身の男性だ。


 理知的な眼差しをした、いかにもできる男と言う風な人物である。


 そんな男性に続いて、次に司が指さしたのは女性の方。


 司とは違った意味での鮮烈な美貌を有した女性である。


 腰元まで届くほどに長い緩く波打った長髪を持つ女性を指し示しながら司は言う。


「彼女は枢木くるうぎ飛鳥あすかさんです。ポジションは術師キャスター


 司が紹介すると、女性はペコリと頭を下げた。


「枢木飛鳥。よろしく」


 短くそう告げる彼女に司は苦笑を浮かべながら有素へと振り返る。


「彼女はこんな風ですが、かなりのやり手です。何と言っても術師の世界ランキングで現在第二位の地位にいる方ですから」


「へ、へえ……」


 確か司が攻撃手の世界ランキングで第三位だったか。


 世界とつくのだから、そこでそれぞれ上位に位置する二人はきっとすごいのだろう。


 そんな風に想う有素へ二人を紹介終えた司は、さて、とそこで呟くと最後の一人を紹介しようと視線を向けて、


「さて、最後の一人が──」


「……? 最後の一人、ですか? あの、もう一人の方の姿が見えないんですが……?」


 戸惑いがちに有素がそう言って初めて、司たちは同行者の最後の一名がすぐそばにいないことに気づいた。


「あ、あれ?」


 そうして周囲を見渡す司たち。


「………」


 ふと、駅舎の方を見ると、軒下にうずくまるようにして座り込む影があった。


 全身を真っ黒な衣服に身を包んだおそらく有素とそう変わらない年齢の少年だ。


 そんな彼の姿に司は首をかしげて、そちらへと呼びかける。


「えっと、黒輝君?」


 はたして彼女の呼びかけに少年は──


「……うぷっ……」


 頬を膨らませて口を押えた。


 この場合、頬を膨らませて、というのは不機嫌の比喩表現ではなく、おそらくは胃から逆流してきたものを口の中で押さえこんだがゆえの現象だろう。


「わわ‼ ちょっ、黒輝君⁉ まさか電車で酔ったんですか⁉ 待って! いまエチケット袋を取り出しますので⁉」


 慌てて司がそちらへと駆け寄るので、突然の事態に有素すら目を白黒させ、そんな有素へと司の代わりに道目木が申し訳なさそうに頭を下げる。


「すみません。彼は黒輝くろき士道しどうと言うのですが……その、少し体が弱くてですね。おそらく電車の揺れに耐えられず酔ってしまったのかと」


「か、体が弱い、ですか……?」


 確かに目の前の少年は全体的に細っこく肉付きが薄い。


 そんな少年を見やりながら、しかし道目木はこう告げた。


「ですが、ご安心ください。その実力は折り紙付きです。何と言っても元七星剣セプテントリオンですから」


「七星剣?」


 聞きなれぬ単語に首を傾げた有素。


 だが、彼女が質問をするよりも前にちょいちょい、とその袖が引っ張られた。


 驚いて振り向くと、そこにはいつの間にか接近していた波打つ長髪の女性──枢木飛鳥の姿があって、いきなりの事態に有素が困惑を浮かべる中、彼女はそのきれいな朱色に染まった唇をゆっくりと動かしながら呟く。


「ねえ」


 茫洋とした眼差しでこちらを見やり、呼びかけてきた飛鳥に有素は目を白黒させる。


「え、えっとなんでしょうか……?」


「抱きしめて、いい?」


 え、と有素が言う間もなかった。


 ガバッと飛びかかってきた影。


 突然の出来事に有素すら反応が遅れる中、飛鳥はそのまま有素の全身へと腕を回し、がっしりと抱き着いてくるではないか。


「えっ、はっ、ええ⁉」


 いきなりの事態に有素が目を白黒させる中、飛鳥はほおずりせんばかりの勢いで有素を抱きしめており、それに道目木が額を抱えた。


「こらっ! 枢木嬢! せめて、許可を得てから抱きしめなさい!」


 そう告げつつ、有素へと頭を下げる道目木。


「すみません。こちらの枢木飛鳥は、可愛い者に目がなくてですね。どうやらあなたの容姿が相当彼女の琴線に触れたらしく……」


「え、ええ⁉」


 自分が可愛い、と言われて戸惑う有素をなおも強く抱きしめる飛鳥。


「ああ、いい。やわらかい、ふわふわ。いい匂い」


 くんかくんか、と匂いすら嗅いでくる彼女にさすがの有素もひっ、と喉を引きつらせる。


 一人は嘔吐し、一人は抱き着いてきて、とても日本でもトップクラスの冒険者集団とは思えない言動に有素が目を白黒させる中。


 それでも、彼女は周囲を見渡して、大きな声を出した。


「あ、あのみなさん!」


 呼びかけに全員の視線が有素へと集中する。


 それを受けて一瞬、ひるんだ表情を浮かべた有素だが、しかし彼女は何とか笑みを浮かべながら、そもそもここに来た要件を口にした。


「迷宮に行きませんか⁉」


 これが、有素とグノーシスの面々による出会いである。

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