第21話 冒険者たるもの
「USAさん⁉」
司が叫ぶ目の前で、USAは地面に降り立ち《紅蓮》を構える。
「大丈夫ですか、司さん‼」
視線は目の前の白き竜へ向けたまま、そう問いかけるUSAへ、ええ、と頷く司。
「私のほうは大丈夫です! ですが、USAさん。あなたは逃げてください!」
「───ッ⁉ どうしてっ⁉」
たまらず、そう叫び返したUSAに、司は真剣な眼差しでUSAを見やり、
「あのモンストラスは、こちらの想定を越えています! ましてや未知のモンストラスでもある。そんな相手を前にあなたを守りきれる自信は、私にはない! だからどうかお逃げください」
「だったら、司さんも……!」
たまらずそう叫んだUSAに、しかし司は首を横に振る。
「いいえ。私はA級冒険者としてあの未知のモンストラスと戦い、その生態を解き明かさなくてはなりません。最低でも弱点となる部位を特定しなければ、今後に差し支える」
覚悟を決めた表情で言う司。
彼女が言う今後とは、おそらくこの後に待っている大江町ダンジョンの調査のことだろう。
それに影響するからと、いまこの場所であの白き竜と戦う、と司は告げているのだ。
「──大丈夫です、USAさん。まだこのエーテル濃度ならば《緊急脱出》が効きます。死にはしませんよ。ですが、これ以上は何が起こるかわかりません。まだ安全が確保されている間にあなたは脱出した方がいい」
怜悧な美貌に微笑を浮かべて言う司の言葉は、現状では《緊急脱出》が作用しているかもしれないが、今後はどうなるかはわからない、と言うことを示唆していた。
それを告げる司に、USAは拳を握りこむ。
確かに、この場では実力に劣る自分は退避した方がいいかもしれない。
何が起こるかわからない、というのもそうだが、USA自身が司の足手まといになるという可能性もあるからだ。
いまこの場なら逃げられる。司ののためになる。
それはわかっている。わかっているが、
「私は……」
USAが、そうなにかを告げようとした瞬間、
《USAちゃん、やってやれ!》
ふと流れたコメント。
まだUSAの視界上に表示されていた配信を流すそこに次々と視聴者の言葉が届く。
《未知のモンストラスなんて、関係ないだろ! USAちゃんならやれる!》
《冒険しないでなにが冒険者だ! 危険のギリギリまで行くのが冒険者の本懐だろ‼》
《USAちゃん、頑張れ!》
USAを応援する言葉の数々。
その中には、こんな言葉もあった。
《USA。お前のやりたいようにやりなさい》
「───」
それは一見するとぶっきらぼうな言葉。
gennzou、とだけ書かれたそのアカウント名に、USAはこれが誰から送られたものなのかを、悟る。
(……お父さん)
父からのそんな言葉に、USAは覚悟を決めた。
「いいえ、司さん。私はギリギリまで残ります……!」
「USAさん⁉ しかし……‼」
焦った表情でこちらを見る司に、USAは強がりの笑みを浮かべてこう言い返した。
「ここは、大江町ダンジョンですよ。私の町のダンジョンで強いモンストラスが出たんだったら、戦わないとUSAの名が廃ります!」
なにより、
「未知のモンストラスと出会ったのなら、最後まで挑まないと冒険者じゃないでしょう!」
そんなUSAの発言に、司は大きく目を見開き、そして、
「ははっ」
思わず笑いだす司。
それは、彼女が長らく忘れていたことだ。
まだ彼女が冒険者になったばかりのころ。周囲は未知にあふれていて、ダンジョンにもぐるたび世界が輝いて見えたあの日に抱いていた想いを、USAの言葉で司は思い出した。
「そうですね。ならば、最後まで共に戦いましょう!」
「──‼ はい!」
頷くと同時に、二人は駆けだした。
走りながらUSAと司は左右に分かれる。
両側から白き竜を挟み撃ちにする陣形をとった瞬間、白き竜もそれに反応して背中からはやした六本の剣を振るう。
左右にわかれ、それぞれ三本ずつ。
襲い掛かってきたそれにUSAは跳躍をもって回避した。
「───‼」
だが、そんな回避を竜は許さない。
迫りくる刃。それをUSAは、さらに壁を蹴って跳躍することで回避しようと試みる。
同様に司のほうでも刃が迫っており、なかなか二人は近づけない。
と、その時。
「───ッ‼」
USAの真横より迫った刃。
目の前から迫るそれを囮に、USAが回避した瞬間を狙いすませて刃が急角度に曲がり、死角からの奇襲を仕掛けてきたのだ。
「──ッ! 〈シールド〉ッッッ‼」
とっさにUSAは叫ぶことで〈シールド〉を緊急展開。
事前に本来のアーツとは発声によって発動するものだ、と司から教えられていたおかげで、即座に展開できた派透明な〈シールド〉が展開され、そこへ自分の必死な形相が写り込むのを見やりながらUSAは迫る刃を防ぐ。
まるでガラスが割れるような音と共に砕かれる刃。
瞬間、USAは自分のすぐ真横を擦過する刃に奇妙なものを見た。
「眼⁉」
黄色に染まった縦長の瞳孔を持つそれが、刃の表面につけられていたのだ。
「USAさん! この刃にも〝眼〟があります!」
同様のことに気づいた司の言うように、白き竜の刃には禍々しい
そんな眼がギョロリとUSA達を睨み、正確にそして執拗に彼女達を追う。
「厄介ですね……‼」
思わずそう叫びながらUSAは剣を振るってまた迫った刃を弾く。
このままでは接近もままならない。
どうする、とUSAは考えた。
だが、そんな彼女を嘲笑うように刃は間断なく彼女達へ襲い掛かる。
「───‼」
とっさに〈シールド〉を展開したことで目の前まで迫った刃を防いだUSA。
危なかった。
〈シールド〉のリチャージタイムが終わっていたから展開できたが、そうじゃなかったらどうなっていたか、とUSAは冷や汗を垂らす。
そうして追い詰められつつある状況に焦りを覚えるUSAは、ふとその視線が〈シールド〉のほうへ──そこに写り込む自分の姿へと向けられた。
(あ──)
瞬間、USAは一つの案を思いつく。
「司さん!」
とっさに叫んだUSAに迫る刃へと対処しながら振り向く司。
「なんですか、USAさん‼」
こんな状況でもしっかりと対処するのはさすがA級冒険者というべきか、そんな司へUSAは、その叫び声をあげる。
「私に刃をすべて集めてください!」
「───⁉ わかりました!」
USAの端的な言葉に、しかし迷わず即答を返すと、司はそのまま巧みに刃を潜り抜けて、自身へと殺到する分も含め、それらをUSAの方へと誘導。
「USAさん!」
「ありがとうございますッ‼」
司の働きに感謝をしながら、USAは自分へ迫る六つの刃とそこにある同数の眼を睨んだ。
同時に彼女もまた走り出し、真正面から刃の方へと突っ込んでいく。
それを見た刃の眼たちは、これ幸い、と刃を一点に集中させ、さながら剣山のように切先をUSAへと向けたまま、すさまじい勢いで突っ込んでいく。
「───!」
それを前にUSAは直前で跳躍。
もちろん刃も彼女を逃がすわけがない。
急角度で曲がり、そのまま彼女が跳躍していった天井の方へ向けて迫る六つの刃。
そこには上下を反転させて天井に着地するUSAの姿があり。
刃につけられた眼はそれを捕らえた瞬間、目を細めた。
さながら獲物を見つけて舌舐めずりするような、あるいは愚かな獲物を嘲弄するような眼差しで天井の彼女を見やり──瞬間、刃達は展開する。
死の剣花。
咲き誇る花がごとく刃を四方へ花開かせ、USAを四方から襲わんとする刃。
いくら彼女の斬撃が広範囲を薙ぎ払うと言っても、こうされればなすすべもないだろうというモンストラス特有の狡猾。
それを見せつけて迫ったその刃は、確かにUSAへと殺到し、そして。
パリリィィィイイイインンンッッッ‼ という音を響き渡らせた。
刃達が天井にいたUSA──の鏡像を写した〈シールド〉を刺し貫いた音だった。
鏡のような半透明であるがゆえに、周囲の光景を映し出しすらする〈シールド〉を利用した囮により、まんまと騙された刃達。
では、本体のUSAはどこにいるのか──答えは、すぐにやってきた。
「そこッッッ!」
地上にいたUSAが叫ぶ。
同時に振るう〈ヴォーパル〉の一閃。
それは天井へと伸びていたがゆえに、一部がさながら花の茎のように集束していた触手たちのウィークポイントへと向けて叩き込まれ、そして一刀両断する。
切り飛ばされた六つの刃が宙を舞い、その痛みに本体たる白き竜が苦悶の絶叫をあげた。
これこそが、USAの考えた作戦だ。
跳躍するふりをして〈シールド〉を天井に展開し、そうして写しだした自分の鏡像を囮に触手たちを一網打尽とする。
それを見事成功させ、そうして白き竜の武装を完全に破壊したUSAは、触手からエーテルの粒子が噴出するのも構わず走り出す。
同時に推移を見守っていた司も動く。
合図を送りあう必要はない。
一流の冒険者ならば誰もが反応するここぞと言うタイミング。
それを正確に感じ取って、駆けだした二人は確かに白き竜へと迫り。
──GUAAA‼
絶叫を上げる白き竜。
武装を失ってなお、白き竜は自身へ迫る小さな影へと必死に抵抗しようとした。
しかしそんな機先を制するように司が白き竜の鼻面へ〈陽炎の刃〉を叩き込む。
そうして白き竜が動きを止めた一瞬をついてUSAは跳躍。
狙うは、白き竜の背中。
頑強な鱗で覆われた白き竜の全身で唯一脆いそこへとUSAはその刃を振るう。
「やああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼」
全力をとしたUSAの刺突は、確かに白き竜の背中を抉り。
そして、白き竜へ致命傷を与えた。
──GU、LAA……。
轟音が大広間に響き渡る。
地に伏す白き竜の全身には、無数の亀裂が走り、抉られた背中にはそれまでに倍するエーテルの噴出が起こると──それは時を置かずして全身へと駆け巡った。
白き竜の体がエーテルとなって霧散する。
そうして白き竜は斃れた。
二人の、勝利である。
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