第19話 白キ竜

 USAの言葉に、司が合格、というように頷き返す。


「そういう理由ならば、私からとやかく言うことはありませんね」


《そうだぜUSAちゃん! 俺達のためなんて言ってくれてめっちゃ嬉しい!》


《これからもがんばれよ‼ 応援しているから‼》


「わわ! ありがとうございますっ!」


 応援してくれる視聴者の言葉を受けて、エーテルドローン越しに頭を下げたUSA。


 そんな彼女を優しい眼差しで見やりながら司は、さて、と呟く。


「そろそろ最奥ですね」


「あ、はい。そうですね……」


 頷く彼女へ司は視線を向けながら問う。


「そういえば、USAさんはここまで来たことは?」


「その、初めてです。私、いつもいくつかの戦闘でエーテル体のエーテルが尽きちゃって……それで、二、三戦したらダンジョンを出るってのはいつものパターンでして」


 エーテル体やアタッチメントを動かすのも、アーツを使うのにもエーテルを一定量消費する必要がある。


 USAの場合、単独でダンジョンにもぐっていることもあって、二度、三度と戦えばそれだけでエーテルがすっからかんになってしまうのだ。


 なので、自分はここまで来たことはない、と告げるUSAに、司はそうですか、と頷いて、


「ならば、ここからはUSAさんも初めての領域なのですね。では、慎重に進むとしますか」


 言いながら司は剣を引き抜いて周囲へと警戒の眼差しを向ける。


 そうしてしばらく進むと、そこには一枚の扉が。


 両開きの、しかし巨大なそれは司の高い身長をもってしても、見上げるほどに大きく。


「ここが最奥みたいですね」


 一層警戒を浮かべた司は、USAへと振り返り一つ問う。


「USAさん。どうしますか。本日は下見ですし、これ以上はどのような状況が待っているかはわかりません。安全を取って引き返す、という選択肢もありますが?」


 司からの問いかけに、USAは思わず、え? と言ってしまう。


「いかないんですか?」


 USAからの戸惑いがちながら、しかし断固とした問いかけに、司の方が面食らったような表情を浮かべるので、USAは慌てて手を振り、


「い、いや。司さんが危ない、というのなら私は従います! でも、行けるなら行ってみたいですっ! そこに未知があるなら見たいですし、視聴者さん達にもみせてあげたいですから」


 上目遣いに、そう告げるUSAに、司は一瞬神妙な表情となった。


「……なるほど、あなたは正しく〝冒険者〟なのですね」


「……? えっと……?」


 戸惑うUSAに苦笑して、司は首を左右に振ると、そのまま視線を扉へと向ける。


「わかりました。とりあえず、この周囲一帯のエーテル濃度ならば《緊急脱出》も問題なく働きそうですから、見るだけ見てみましょう」


 司の言葉にUSAも頷き返し、それに応ずるようにコメント欄も湧き上がる中、司は目の前にある門扉へと手をかけた。


「……私が、先に中へ入ります。USAさんはその後からついてきてください」


「……わ、わかりましたっ……!」


 USAも自分が実力に劣っていることぐらいは自覚していた。


 なので、司の指示に従い、その背後につきながら、いつでも対応できるようにUSAは剣を引き抜くと、そうして司と顔を見合わせ二人は扉を開ける。


 ゴウッ……、という思いのほか重たい音が響いた後に、開かれた門扉。


 その先に待っていたのは、それまでUSAたちがモンストラスと戦っていた大広間よりも、さらに倍する広さを持つ広間だ。


 もはやここまでとなると、一種のドーム会場にもなるほどの広さの場所。


 そんな場所が広がっているのに、USAが息を飲んで圧倒されている最中、先に入り込んだ司は周囲へと視線を走らせ──しかしそこへなんの影もないことに眉をひそめる。


「……これは……」


 どういうことだろうか。


 先ほどまでのパターンならば、モンストラスが大群で待ち構えていてもおかしくない状況だというのに、そこはもぬけの殻。


 そんな状況に警戒は緩めないまま、司は大広間の中へと入っていく。


 司の背中についてUSAも大広間に足を踏み入れ、しかしそこまで至ってもなお何も現れない状況に司とUSAは顔を見合わせた。


「……な、なにもいませんね……?」


「ええ。まさかとは思いますが、ここに詰めていたモンストラスもすべて道中で倒してしまった、なんてことはありませんよね……?」


 冗談半分ではあったが、それもあり得るという風に言う司。


 ここまでで司と共に百体近いモンストラスを倒したので、その可能性も皆無とは言い切れない、とそういう風にUSAは思った。


 それは司も同じなのか、相変わらず警戒こそ解かなかったが、その足は広間の最奥へ。


 そこにはこれまた巨大な扉があって、司はそれを見上げる。


「おそらく、これは二階層へ続く扉ですね」


「? そうなんですか?」


 首をかしげて問いかけるUSAに司は、ええ、という頷きを返して、


「冒険者としての勘ですが、おそらくそうでしょう。この手のダンジョンはだいたい一番広い空間の先が次の階層、と相場が決まっていますから」


「なるほど」


 納得顔で頷いたUSAの目の前で、司はその二階層へと続くのだろう扉へと手をかける。


「ここにはなにもいないようですし、ならば二階層へと続く門を開けてみましょうか」


 言って、司が扉を開けようと力を入れた──まさにその時。


《司! それとUSAさん! 待て‼ 頭上だ‼》


 誠からの警告。


 それと同時にUSAも自分の首筋へとチリッと焦げ付くような感覚を得る。


「司さん‼」


 慌ててUSAが叫ぶのと、二人の頭上へとそれが襲い掛かるのは同時だった。


 急降下。


 すさまじい勢いで、こちらへと向かって飛びかかってくるのは巨大な影だ。


 全長にして10mは超えるだろうか。


 そんな存在がUSAと司へ襲い掛かる。


「───‼」


 とっさにUSAは回避を選択した。


 視界の隅で司も同様の行動をする中、急降下してきたそいつが地面へと着地。


 すさまじい轟音と共に響き渡る抉り砕くようなその音は、おそらくは扉へと手をかけていた司へと振り下ろそうとしたものだろう。


 回避しなければその一撃にすりつぶされていたかもしれない、とUSAが嫌な想像をする最中で〝そいつ〟はのそり、とその巨体を持ちあげる。


 まず最初にUSAの目へと飛び込んできたのは〝白〟だった。


 全身白一色。


 純白と評していいほどの、いっそ目に痛いぐらいの白亜。


 エナメル質のそれは、全身を覆う鱗であった。


 地をはうような姿勢。


 それでいて横に広く、たくましい腕には皮膜のような翼がついている。


 顔はトカゲとも鰐ともつかない流線形。


 そんな姿形をとる存在に対して使う言葉をUSAは一つしか知らない。


「ドラゴン……?」

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