第18話 決意を新たに

 その質問が飛んできたのは、USAと司がそろそろ大江町ダンジョン第一層の最奥につくかいなか、という頃合いだった。


「──そういえば、USAさんはどうして冒険者を続けていらっしゃるのですか?」


 司から向けられたいきなりの質問にUSAは「ふえっ⁉」という声を漏らしてしまう。


「ど、どうしてって……そりゃあ大江町のためにですね……」


「それは始めた理由、でしょう? 故郷のために冒険者になる。ではその後は? 今日こんにちまで冒険者であることを続けられたモチベーションとはなにか、と私は聞きたいのです」


 ジッとこちらを見やってそう問いかける司に、USAは困惑の表情を浮かべる以外にない。


「モチベーション、ですか……? えっと、どうしてそんなことを?」


 質問に質問で返すのは失礼だとわかってはいるが、しかしあまりにも曖昧な質問であったために、真意をただすため聞いたUSAに、はたして司はこう答えてきた。


「そうですね。これは他人からの受け売りなんですが、〝冒険者なんて職業を続けていくには相応の熱意と狂気がないとやっていけない〟だそうです」


「きょ、狂気、ですか……?」


 意外な言葉に顔を引きつらせるUSAへ、司はいたって真面目な表情で頷き返してくる。


「時々いるんですよ。ダンジョンと言う場所が〝ゲームの中のような世界〟だと思い込んでいる方が。エーテル体だと《緊急脱出ベイルアウト》もあって、まず死にはしませんからね。なおさらにそういう風に勘違いして──そして現実に打ちのめされてしまう方がでる」


 そこだけは声を低くして言う司に、USAもごくりと息を飲んだ。


 対する司は淡々と言葉を続ける。


「USAさん。なぜダンジョン内に出てくる怪物達が『モンストラス』と呼ばれるか知っていますか? あれらが『モンスター』や『クリーチャー』と呼ばれないのは、それらの単語がゲームの中で使い古されているからなんです」


「ゲームの中で?」


 USAの問いかけに、ええ、と司は頷き、


「ダンジョンなんてものが現実に現れるはるか以前より、ゲームやあるいは物語の中で〝ダンジョン〟というものは語られてきました。まさにいま私達が目にしているように、現実ではありえない怪物が跋扈する世界としてのダンジョンが」


 ですが、とそこで司は告げる。


「その物語の中にある〝ダンジョン〟といま私達が現実にいるダンジョンには大きな違いがあります──すなわち、、という違いが」


 おもむろに、そう告げた司の言葉は、しかしUSAには当然のことのように聞こえる。


「あ、あの。それは当たり前のことじゃないんですか? 今時、ダンジョンって現実に存在してますよね? 実際大江町ダンジョンは仮想のものじゃなくて、私達の目の前にあるものですし、それがどうして大きな違いとなるんですか?」


「……いいえ、USAさん。これはかなり大きな違いです。例えばゲームの中に出てくるダンジョン。これには絶対的なある法則があります」


 すなわち、


「──〝ゲームであるのだからプレイヤーが攻略できねばならない〟という法則が」


 そう告げて振り向いた司の表情は極めて真剣なものだった。


「たとえどれほど難しくても、いかなる困難が伴おうとも、ゲームである以上、絶対に攻略の糸口はあります。例えばそれは出てくるモンスターの行動パターンだったり、なにかしらの弱点だったり、あるいはプレイヤー自身のレベルや操作技術を磨くことで打破する……ゲームに出てくるダンジョンとはおおむねそのようなものでした」


 遊戯ゲームであるならば、それは当然だろう。


 だが、それが現実世界に現れたダンジョンとなると違う。


「ですが、いま私達がいる場所はゲームの中ではない。純然たる現実であり、そこに出てくる怪物達は、プレイヤーに倒されるだけの存在ではないのです」


「……それは……」


 息を飲んで呟いたUSAの言葉に、司は真剣な眼差しで彼女のその赤い瞳を見返してきて、その上で、いいですか、と告げる。


「USAさん。私はね、これまでの冒険者としての経験で幾人もの〝現実であるダンジョンに打ちのめされた者〟を見てきました。その多くは、いま自分達がいる場所が現実だととうとう認識できず、強大で、そして狡賢いモンストラス達に打ちのめされてしまった方々です」


 その当時のことを思い出しているのか、その表情を苦渋に歪めて言う司に、USAもこれまで自分が経験してきた戦いを思い起こす。


 なるほど、司の言う通り、モンストラスというのはゲームに出てくる怪物達なんかとは、まったくもってありようが異なる。


 例えばUSAがよく戦うコボルド・ソルジャー達を例にしても、こちらを包囲しての奇襲なんてのはよくあることで。


 高度な連携により壁際に追い詰められて滅多切りにあった、なんてこともUSAありすには経験があるこそ、司から告げられた言葉の意味がズンッと重くのしかかってきた。


「強大な怪物達と戦う、ということは常に根源的な恐怖との表裏一体となります。最初の内はいい、勝っている間はまだ誤魔化せる。ですが、負けだすとそうはならない。強大な存在が自分に迫ってきて、こちらの身をすりつぶすのを否応なく経験させられるのです──たとえそうして破壊されるのがエーテル体だとわかっていても」


 ふるふる、とそう首を横へと振る司。


「そうして恐怖に負けた瞬間、その人はダメになってしまう。もう二度と冒険者に戻れなくなるのです。ダンジョンと言う場所はそういう理不尽と隣り合わせな場所なんですよ」


 そこまで言って、司はその眼差しを──真剣でまっすぐとした視線をUSAへ向け、


「だからこそ、USAさん。私は問わせていただきたい。あなたが迷宮にもぐり続ける意味を──恐怖に打ち勝つその理由を」


 それがないのならば、もう二度と迷宮にもぐらない方がいい、と暗にそう告げる声音で言った司の言葉に、思わずUSAは黙り込んでしまった。


(……私が迷宮にもぐり続ける理由……)


 なぜ自分は迷宮にもぐり続けているのか、とUSAありすは考える。


 最初の理由は大江町のためだった。


 いまもそれは変わらないし、モチベーションの大部分を占めていると思う。


 でも、それだけで自分は今日まで続けられただろうか?


 そう疑問して、そうしてUSAが得た答えは〝否〟だった。


(ううん。違う。私はただ大江町のためだけに冒険者を続けてきたわけじゃない)


 大江町を盛り上げるため、というのならばほかにも方法はある。


 正直に言うと、動画配信だってなにもダンジョンの中を映さずとも、大江町の街並みを映したりしたほうが、よっぽど宣伝になるだろう。


 それでも自分は大江町ダンジョンにもぐり、冒険者として続けてきた。


 なぜか──その答えは、きっとシンプルだ。


「私が冒険者を続けてきたのは──」


 USAはその目をまっすぐと司に向けて、言う。



「──動画を視てくれている視聴者さんの応援があったから、です」



 そうだ。きっと自分はそれがあったから、今日まで続けてこれた。


「確かに最初は怖かった。何度も諦めようととしました。でも、そのたびに視聴者さんが応援してくれた。いまだってそうです。皆さんがこうして動画を見て、私を応援してくださる。そこにはまこてゃさんや、それに司さん、あなたも含まれています」


 自分一人ならくじけていた。


 町のためだとか言っても自分には無理だと思っただろう。


 だけど、多くの人が応援しくてれて、自分を支えてくれたのだ。


 だから、USAは──石動有素は冒険者であり続けられる。


「私は、いま動画を視て、応援してくれるすべての人のために、冒険者を続けます」

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