第17話 モーションアシスト

「ハアッ!」


 司の斬撃が宙を走った。


 クラフトアーツ〈陽炎の刃〉によって切り裂かれた空間に殺到したモンストラスの表皮がズタボロに裂かれ、そうして怪物達が動きを止めるのを前に、司は叫ぶ。


「──USAさん!」


「はい!」


 瞬間、USAが飛び出してきた。


 壁、続いて天井へと飛び上がり、そうしてモンストラスの頭上をとったUSAはその手に握りしめた刀を腰だめに構える。


 すると《紅蓮》の刀身がまばゆく光を放ち、それはそのままエーテルの奔流となって噴出。


 斬撃が空間を薙ぎ払う。


 一閃された〈ヴォーパル〉によりモンストラス達は首を切り飛ばされ、それをしかし確認することなくUSAは再度の跳躍を行い、地面へと着地──と、その時。


 ──GURUAA!


 背後から差す影。


 いまの斬撃をなんとかいくぐったモンストラスの一体がUSAを後ろから奇襲したのだ。


 それを前に──しかし、USAは動かない。


 斬ッ! という、音を立ててUSAを背後から襲ったモンストラスが一刀両断される。


 司の斬撃だ。


 それによって舞い散るエーテル粒子。


 光の乱舞が背後で起こっているのを背中越しに見やりつつ、ふう、と一息つくUSA。


「ありがとうございました、司さん」


「いえ、こちらこそ。見事な戦いでした」


 互いに笑いあってそう言うと、コメント欄からも次々と賞賛の言葉が。


《見事だったよ! ナイスファイト!》


《すげぇ、連携だった! もう敵なしじゃねえか‼》


「あはは。視聴者のみなさんもありがとうございますっ!」


 そうしてお礼を言うUSAに、コメント欄はさらに湧き、そんなUSAの方へと司はカツカツと足音を立てて近づいてくる。


「しかしUSAさんは本当にすごいお方ですね」


「……! いえいえいえ! 司さんの方がすごいです! 特にあの〈陽炎の刃〉? ってクラフトアーツ。あれをあんなに使いこなすなんて、本当に尊敬します!」


《確かに〈陽炎の刃〉をあそこまで使いこなせるのは司しかいないだろう。任意の時間、任意の場所に振るった斬撃を発動させる、と言えば簡単だが、そのためには精確に位置座標を把握する空間把握能力と、その地点に来るモンストラスがどのような姿勢、動きをしているかを予測する想像力という、この二つを高度に持ち合わせる必要があるからな》


 慌てて司をほめるUSAに、同意するような形でそうコメントを書き込むのは誠だ。


 誠からのそんなコメントに、ありがとうございます、と会釈を返す司。


「ですが、それを言うならばUSAさんの動きもすばらしいものがあるでしょう。いくらエーテル体が常人の30倍に達する身体能力を誇るからと言っても、あそこまで完璧に操作しきるというのは、生半可な人間ではできません」


「そ、そんな私なんて! それにエーテル体にはモーションアシストがありますし、私は基本それに頼りきりと言いますか……!」


 根が褒められ慣れていない有素である。


 そのためにそう恐縮しきりな表情をするUSAありすに、しかし司は首を横へと振った。


「いいえ、USAさん。まさにそのモーションアシストへ頼る、というのが普通の人間には極めて難しいのですよ」


「え? そうなんですか……?」


 困惑の表情でそう問いかけるUSAに、はい、と司は頷いて、


「そもそもモーションアシストとは、その名前の通り動きを補助するものであって、冒険者自身の動きを主として操るものではありません」


「……は、はあ……?」


 司はそう告げるが、USAは意味が変わらずきょとん顔で、そんな彼女に司も苦笑しつつ、


「要するに、添え木のようなもの、と認識してください。モーションアシストは動きの無駄な部分だったり、どうしても体幹などがぶれる要素などを排除し、それを補正するために働くのです。つまりモーションアシストが従であって主となることは決してあり得ません」


 そこまで語った上で、司は指を振り上げて、いいですか、と言う。


「例えばUSAさんのように飛び跳ねる際も、実際に跳んで、目的地にたどり着けるように補助はしてくれますが、そこまでどうやって跳ぶか、どのようなルートをたどるか、というのはあなた自身。その上であれほどの動きができるのは、まさにあなたの天性なのです」


「なる、ほど……?」


 なんとなく司が言いたいことはUSAもわかる。


 わかりはするが、それがすごいことなのだろうか? という想いもUSAにはあった。


「あ、あの。司さんが言いたいこともわかります。ですが、モーションアシストを使いこなせるのがそんなにすごいことなんですか……?」


 エーテル体の基本機能ですよね、と言うUSAに司は、ふむ、と頷いて、


「……これは私が言うより視聴者の皆さんが言った方がわかりやすいですね。というわけで、この動画を見ている皆さん。よろしくお願いいたします」


 にっこりと笑ってそう告げるのと、コメント欄が感想であふれるのは同時だった。


《俺は冒険者になったばかりのころ勢い余ってこけたぞ!》


《そうそう! 普通初心者ってのはモーションアシストがあっても、動きに振り回されて無駄にこけたり、壁にぶつかったりするからな!》


《それなのに、USAちゃんは全然そんなことがなくて、すごい! それどころか飛び回ってすらいるんだから、マジヤバい!》


 次々とそんなコメントに湧くコメント欄。


 なんか、USAのチャンネルなのに、気づいたら司の方が視聴者との距離が近い。


 ま、まあ、司さんはA級冒険者だし、と無理やり納得したUSAへ、誠がこう告げる。


《少し補足すると、だいたい始めたばかりの冒険者が最初にぶつかる壁が〝いかにモーションアシストへ身を任せるか〟なんだ》


 誠はそうコメントすると、続けてこのようなことを連投してきた。


《モーションアシストは動きを補助してくれるが、要するに二人羽織みたいなものだからな。多くの冒険者がそれに違和感を抱く。結果モーションアシストへ逆らおうとして無茶な動きをしてしまいエーテル体の操縦に失敗する、というのは新人冒険者のあるあるなんだよ》


 そんな誠の言葉に賛同するコメントが数多くくるあたり、本当に新人冒険者がよく経験することなのだろう。


「へ、へえ。そうなんですね。知りませんでした……」


 USAの場合、エーテル体にはモーションアシストという機能があるのだから、それに身を任せておけば大丈夫、ぐらいの認識だった。


 だからモーションアシストへ身を任せるのに躊躇も違和感もなかったのだが、どうやら普通の冒険者は違うらしい、というのは次の誠と司のやり取りでUSAにも察せられた。


《エーテル体のモーションアシストは動きを補助し、戦闘の役に立つが、その分だけ動きに介入されて生身を操るときの感覚からズレるからな。冒険者の中にはそれを嫌って完全にモーションアシストを切っている者もいるぐらいだ》


「あれは変態技能ですよ、代表」


 苦笑を浮かべ、そうツッコミを入れつつしかし司は肩をすくめ、


「ですが、USAさんがモーションアシストを〝乗りこなしている〟ことには同意です。正直、あれほどの動きをモーションアシスト込みで行えている時点で、あなたがすでに高い実力を有していることは疑うまでもありません」


 だから、自信を持ってくださいね、と笑って言われて、USAは嬉しいようなむず痒いような、そんななんとも言えない表情を浮かべるのだった。

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