第11話 復興の兆し
「ま、まこてゃさん⁉」
有素が動画配信をはじめたかなり初期からチャンネル登録をしてくれている3人のうちの一人が目の前にいた。
その事実に有素が驚愕する中、誠はくくっ、と喉を鳴らしながら有素を見やって、
「君のことはずいぶんと注目させてもらっていたよ。いや、本当にいい動きをする。君さえよろしければ、我がファームに──」
「住良木代表」
誠が何か言うよりも先に父源蔵が彼女の名前を呼んで話を遮った。
「その話は後でよろしいでしょう。それよりも大江町ダンジョン調査の方について私や娘に詳しく説明してくださいませんか?」
その問いかけに、誠も自分が先走りすぎたと思ったのか咳払いを一つ挟んで、そうだな、と口にしながら有素と有素の父である源蔵を見る。
「まず、大江町ダンジョンが、BもしくはAランクの迷宮と指定された場合、日本国政府から保護を受けることでしょう」
「保護……?」
首をかしげて呟いた有素に、ああ、と頷き返してくる誠。
「BやAともなるとそのエーテル産出量は莫大なものになる。それこそ一種の金鉱山のようなものだ。日本国政府としては是非ともそれを確保したい。そのためにダンジョンそのものの保護と所在地自治体への助成金などが出る──お二人にはそう思っていただきたい」
お二人、と言いつつ源蔵の方を見やってそう告げる誠に源蔵も頷きながら言葉を返す。
「助成金となれば我が町のような万年財政赤字の自治体としては喜ばしいことです。そう言う意味でも調査には我が町を上げて全力で協力したい」
重々しい口調でそう告げる源蔵に、誠もにこやかな表情で感謝を口にする。
「ありがとうございます。それと、もう一つ。確か大江町ダンジョンはまだ未踏破の迷宮でしたね?」
「ええ。まだ一度も攻略者が出ていない迷宮です」
未踏破の迷宮、とは迷宮最奥にまで誰も到達していない迷宮のことを言う。
迷宮の最奥にはダンジョンコアと呼ばれるその名の通り迷宮の〝核〟となるエーテル結晶体があり、これを特殊な機械で加工すれば、それこそ迷宮を封印したり、遠くの地へ輸送して再展開させたり、と自由にすることができる。
だが大江町ダンジョンは、いまだ誰もダンジョンコアがある最奥までたどり着いたことのない──そういうダンジョンを一般に未踏破ダンジョンと呼ぶ。
「ならば、確実に各地より多くの冒険者がこの町へ訪れることになるでしょう──冒険者にとって高難易度の未踏破ダンジョンを踏破することは、ある種の登山家が雄大な山の頂に達するのにも似た誉れとなりますからね」
その言葉に、父は押し黙り、有素も話の成り行きを理解して小さく息を飲む。
「そうなると、つまり……」
源蔵の言葉に、ええ、と誠が頷き返してくる。
「確実に大勢の人がこの町へ訪れることになります。そうなればこの町の経済も活性化し、にわかに大江町は活気を得ることでしょう」
つまりそれは、大江町の勃興に大きく前進するということを意味した。
先ほど父源蔵が言ったように、この大江町は万年財政赤地の自治体だ。
町民から徴収する税ですら町を運営するのには足りず、だから海水浴場が唯一の財源となっていたのに、それもゴミ焼却所ができたせいで客足が多く減ってしまった。
そのせいでただでさえ田舎としてさびれていた大江町が、しかし活気を取り戻すことができるかもしれない、と聞いて有素は目の色を変える。
「お父さん……!」
有素の視線に父も頷き返してきた。
「確かにそうなると私どもとしても是非歓迎したい」
そんな二人の言葉に、誠も笑みを浮かべ、
「もちろん、これらはあくまで大江町ダンジョンが高難易度迷宮に指定されたならば、という話です。ですが、私の勘では確実に大江町ダンジョンは高難易度──それもAランクの迷宮に指定されることでしょう。そのためにも有素さんの力を借りたい」
「───」
ふと、その時、有素は学校で話していた同級生達の言葉を思い出した。
──『私さ、この田舎はもう衰退するしかないんだ~って思ってたんだけど、こういう風に頑張ってくれる人がいると、まだまだこの町も捨てたもんじゃないなって思うよ』
まだまだこの町を想ってくれている人たちがいる。
そんな彼らの期待に答えたい、と有素は思った。
ならば、ここは自分が立ち上がる時だ。
「私、受けます!」
前のめりになってそう有素は叫ぶ。
それに父が視線を向けてくるので有素は決然とした眼差しで父を見返して言う。
「こんなチャンス滅多にないよ! ここで私が協力することで大江町が活気づくのなら、私、誠さん達へ協力したい!」
「………」
有素の言葉に押し黙る源蔵。
しばし瞑目した彼は、しかし目を見開いて誠へと視線を向けると、彼は頷きを返した。
「わかりました。あなた方の調査に娘をお貸しします」
「おおっ! それは感謝いたしまします! それではさっそく調査の詳しい方法を──」
「ですが」
と、そこで源蔵は誠の言葉を遮る。
そして彼は厳しい眼差しで誠を見やり、それを告げた。
「それは、娘の安全を保障した上で、です」
その言葉にギョッと目を見開く有素。
「な、なにを言っているのお父さん! だいたいエーテル体には《
「いや、それは違うよ、有素さん」
以外にも有素の言葉を遮ったのは誠だった。
「そもそも《緊急脱出》というのは《アンブロイド》に事前登録しておいた《緊急脱出》用のエーテル機との連動でなされるんだ。しかしその範囲は迷宮にもよるが限られていてね。特に高難易度迷宮は内部エーテルが濃いために《緊急脱出》が必ずしも正常に働くとは限らない」
「そ、そうなん、ですか……」
知らなかった。
まさか《緊急脱出》が完全な安全を保障するものではないとは。
それを口にした誠へ、源蔵は重々しく頷く。
「私も冒険者についてはそれなりの知識がある。その上で娘を預ける以上はあなた方に娘の安全を保障してもらいたい──それが、わたくしどもが協力するための最低条件です」
父の言葉に、果たして誠は。
「もちろんです」
柔らかく笑みを浮かべて、誠は言う。
「我々G.A.Fは必ずやお嬢さんの安全を保障いたします。たとえ我がファーム所属の冒険者が犠牲になろうとも、お嬢さんだけは生還させましょう」
「えっ」
自分のファームに所属する冒険者が犠牲になっても、という言葉を告げられて有素が思わず狼狽する中、誠はその時はじめて視線を背後にたたずむ女性──春も終わりだというのに冬のような黒いコートへと身を包んだその人へと向く。
「お前もそのぐらいの覚悟はできているな?」
「もちろんです、代表」
間髪入れず頷き返すその女性に、有素は戸惑いを浮かべながらそちらを見やった。
「あ、あの。失礼ながらそちらの方は……?」
「ん? ああ、紹介していなかったね。これは失礼。この者は
世界ランキングで攻撃手第三位?
それがどれぐらいすごいのかは冒険者始めたての有素にはわからないが、それでも世界と冠につくのだから、きっと生半可な実力ではないのだろう。
そんな女性──司へと振り向く有素に、はたして彼女はその怜悧な美貌に笑みを浮かべ、
「此度の大江町ダンジョン調査も私が責任者となって進める予定です。若輩の身ではありますが攻撃手の中では世界で四番目に強い冒険者と自負しております。その誇りにかけて、必ずやあなたの身は守らせていただきますので、どうかご安心を」
「あ、はい」
思わず反射的に頷いてしまった有素。
そんな彼女へ司がジッと視線を注いでくるので有素は思わず身じろぎをしてしまう中、そこへ誠がこんなことを言った。
「ああ、そうだ。有栖さん。今日も大江町ダンジョンにもぐるのかな?」
誠の問いかけに有素はそちらへと視線を向けながら、こくり、と頷く。
「え、ええ。そのつもりです」
「なら、ちょうどいい。そこの司を下見ついでに連れて行ってくれないか」
「ええっ⁉」
まさか司を同行させろ、と言われて驚く有素に誠はにんまりと笑い、
「君も他の冒険者の動きを直にみることで学ぶところも多いだろう。これから大江町ダンジョンでやっていくというのなら、損はないと思うが?」
「そうですね。私も代表が注目している有素さんがどういう方なのか見てみたいです」
誠と司。そんな二人からの視線を向けられて、有素には頷く以外の選択肢はなかった。
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