第10話 グノーシス・アドベンチャラーズ・ファーム
車で揺られること一時間。
そこにあるコンクリートで建てられた二階建ての建物が大江町の町議会だ。
半分照明が落とされて、やや薄暗い通路を歩くことしばし、そこにある応接室の前に有素は連れてこられた。
「あ、あの。どうして私がここに……?」
有素は町議である父の娘とはいえ、なにかしらの式典でもなければ、基本的に町議会へ呼ばれることはほとんどない。
なので、応接室に連れてこられたことに戸惑う有素へ、秘書の男性は申し訳なさそうな表情をしながらも、こう告げてくる。
「すみません、私には詳しい事情はなにも聞かされておらず……、ただ中にはお父様とお客様がお待ちです」
「お客様……?」
父はわかるが、客とは誰だろうか、と疑問する有素へ、秘書は困り顔を浮かべ、
「どうも、お客様のほうがお嬢様に御用があるみたいですよ」
そうとだけ言って秘書はそのまま扉をノック。
すると中から「はいれ」という重苦しい声音が響いてきて、そのまま扉が開かれた。
「有素か。よく来たな」
有素が室内へ入ると同時にこちらへ厳めしい視線を向けてくるのは父である石動源蔵だ。
ダブルのスーツに身を包んだ父の前には机をはさんで二人の女性が座っている。
一人は、びっしりとしたスーツを身にまとったいかにもやり手そうな女の人。
もう一人は五月も終わりだというのに冬のようなコートを身にまとう女性だった。
「……? えっと、お父さん。そちらの方々は?」
有素がそう問いかけるのに、父の前でこちらへと振り向き、その顔へにこりとした笑みを浮かべるスーツの女性。
「はじめまして、有素さん。私はグノーシス・アドベンチャラーズ・ファームの代表を務めている
「えっ──」
有素でも聞いたことがある団体の名前だった。
グノーシス・アドベンチャラーズ・ファームはその名からもわかる通り、主に冒険者を各地の迷宮へ派遣することで金銭を稼ぐ営利団体のことだ。
その中でもグノーシスと言えば、四大ファームと呼ばれ、その影響力は日本にとどまらず世界各国にも名をとどろかせるほどの団体である。
そんな代表が、どうしてこんな田舎町に、と驚きを露わにする有素へ、にこやかな笑みを浮かべたまま手を差し伸ばす誠。
「ほら、いつまでも立っていないで君も座ったどうだい?」
まるでこの部屋の主人は自分である、というような物言いだった。
なのに、それが意外と不快ではなく、むしろ有素は素直な面持ちで「あ、はい」と口にしながら、父の隣へ座る。
そういう妙なカリスマ性を持つ誠を前にして、緊張に肩を強張らせる有素へ、誠はこちらを安心させるようにやわらかい笑みを浮かべながら、さて、と呟き。
「今日、有素さんに来てもらったのはほかでもない。大江町ダンジョンについてだ」
「大江町ダンジョンについて……?」
オウム返しにそう問いかけた有素の態度にもにこやかな表情のまま頷き返してくる誠。
「ああ。そちらの石動町議にはすでに話したが、この度、大江町ダンジョンの再調査が行われることとなった。依頼主は日本国政府と国際迷宮機構になる」
「は、はあ。そうなんですか……」
戸惑いもあらわに、そう呟く有素。
彼女としては大江町ダンジョンが再調査の対象になる、と言われてもピンッとこない。
だが、そんな彼女の態度に誠は苦笑を浮かべながら、こう告げてきた。
「おいおい、有栖さん。いやこの場合はUSAさん、というべきかな。今回の調査は君が大江町ダンジョン内の様子を動画配信したことで急遽決まったことなのだよ」
「ええっ⁉」
まさか自分がかかわっているとは思わず目を見開く有素。
そんな有素へ、わかっていなかったのか? と不思議がるような視線を向けながらも誠は懇切丁寧に解説してくれる。
「いいかい、USAさん。君の活躍によって、これまでEランクと不当に評価されていた大江町ダンジョンが実際にはそのようなランクにとどまらない可能性が出てきた。そうなると政府も、国際迷宮機構も黙ってはいられない」
「そ、そうなんですか」
自分が動画配信したことが予想以上の大事となっていて、何とも言えない表情になる有素へ、誠はしかし笑みを浮かべながらこう告げてくる。
「君は理解しがたいかもしれないが、大江町ダンジョン内では第一層の時点でコボルド・ソルジャーや、コボルド・ロードといった高難易度モンストラスが現れる迷宮だ。この時点でも迷宮の評価はBランクを下らないだろうね」
「へ、へえ」
さっきから、生返事しか有素は返せていない。
無理もないだろう。基本、田舎者の小市民である有素にとって日本国政府だとか国際機関だとかの名前をだされても、雲の上すぎていまいち実感がわかないのだ。
そんな有素にしかし誠は突きつけるようにしてこんな言葉を口にした。
「その評価を確実なものにするためにも、有素さん。君には大江町ダンジョン調査の手伝いをしてほしい」
「わ、私が手伝いっ⁉」
まさかの事態に有素が目を泳がせる中、くくっ、と喉を鳴らすようにして笑う誠。
「なにを驚いているんだい? 現状では有素さん以上に大江町ダンジョンへ詳しい人間はいない。ならば、君に調査の強力を依頼するのは至極当然の流れだろう?」
言われて見ればそうである。
でも、有素としては、まだまだ初心者冒険者気分だったので、いきなり雲の上から、それも四大ファームからそんな依頼を投げられて、戸惑う以外にない。
「あ、あのっ。誠さん。私はまだまだ初心者冒険者で……」
なので、有素はそう弁明を試みるが、しかし誠にはそんな言葉は通用しなかった。
「いやいや、なにを言っているんだい。大江町ダンジョンの中であれほど巧みに動き回れる人間が単なる初心者のわけがないだろう」
呆れた風に、そう告げる誠へ、しかし、え? と首をかしげる有素。
「あ、あの。誠さんは私の動画を見たことが……?」
その問いかけに果たして誠は、ああ、と頷きながらこちらを見やってきて、
「そういえば言ってなかったね。実をいうと有素さん。君と言葉を交わしたのはこれが初めてではないんだよ」
「は、はい?」
それはどういう意味だろうか、と疑問する有素へ、はたして誠はこう告げた。
「君には、こういったほうが伝わるかな──〝まこてゃ〟と」
「なん──」
まこてゃ。
それは、有素が同配信を始めた初期から登録してくれているファンの名前だった──
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