第9話 変わる世界

「……大江町ダンジョンはただのEランクダンジョンじゃない、か……」


 あの配信が終わってから数日たったある日。


 有素は学校の教室でそんな呟きを漏らしていた。


 動画配信内で視聴者から指摘されたことだ。


 大江町ダンジョンはとてもではないが、Eランクダンジョンとはいえない、と。


 そんな言葉が有素の心の中で、ずっと引っかかっていた。


「でも、私にだって簡単に攻略できるダンジョンだったよ……?」


 有素はまだ冒険者になって日が浅い新人冒険者である。


 冒険者ランクだってFと最低のもの。


 とてもではないが、動画内で言うようなBとかAとかのランクに達する迷宮を攻略できるほどの実力があるとは思えないし、事実、有素は大江町ダンジョンにいるモンストラスを第一層だけとはいえ何度も倒している。


「……だけど、実際にIDOのホームページにはコボルド・ソルジャーがCランクのモンストラスだって記載されていたんだよね……」


 国際迷宮機構のホームページにあるモンストラス大全。


 その中で有素がこれまでコボルドだと思っていた、その実コボルド・ソルジャーだったあの犬面のモンストラス達が、脅威度Cのモンストラスだと確かに記載されていたのだ。


「うーん」


 自分の実力が高いとは決して有素も思わない。


 だが、一方で各種の情報から自分はどうやらかなり高位のモンストラスと戦っていたらしい、と知って有素はなんとも言えない表情でうなる。


 と、その時だった。


「ねえねえ、これ見た⁉」


 すぐそばで生じた声を聴いて有素が振り向くと、そこでは一つの机を囲む同級生達の姿が。


 そのうちの一人がスマホを片手にかかげ、こんなことを呟いた。


! ほんと、すっごいんだよっ!」


「うえっ⁉」


 変な声が出た。


 それに気づいた彼女達も一瞬こちらへと視線を向けるが、それが有素だと気づいてそそくさとこちらから視線を逸らしていく。


 元が引っ込み思案な性格の上に、有素は町議の娘で家も代々この土地の名士という厄介さも手伝って同級生や教師の間で有素にたいする不可侵が行われているのだ。


 別にいじめられているわけではないが、そっけない同級生達の対応に内心で寂しさを覚えつつ、一方で彼らの気持ちもわかるので有素はそちらへと不必要に反応を見せない。


 代わりに、その耳はしっかりと同級生達の会話へと向けられていた。


「これさあ、この大江町にあるダンジョンを攻略する動画なの!」


「はあ? えっ、大江町ダンジョンって封鎖されてなかったっけ?」


 同級生の男子が告げたもっともな疑問に、スマホを片手に掲げ持ちながら勢いよくその首を縦へとふる女子生徒。


「うん、そうなんだけど特別に解放してもらっているんだって! それでね、その動きが、ほんとすっごいの!」


 ほら、見て! と女生徒が動画を見せると、しばしそれに注目していた同級生達が、おお、という感心したような声を漏らす。


「すげぇ、なにこの動き」


「びょんびょん飛んでんじゃん、モンストラスの首もすっぱすっぱ切ってるし!」


「ほんと、ほんと! マジすごいよね!」


 すごいすごい、と同級生達が言うのに有素は自分の頬から火が出るかと思った。


 まさか同級生達にも自分のチャンネルが見られているとは思わなかったのだ。


「すっごいよねえ、憧れるよねえ。この人さあ、大江町の出身なんだって」


 どうやら彼らは有素がUSAであることには気づいていないようだが、動画内で有素が言った自分は大江町の出身である、という言葉はしっかり聞いていたらしい。


 そんな風に話す同級生の一人が、おもむろにこんなことを告げてきた。


「私さ、この田舎はもう衰退するしかないんだ~って思ってたんだけど、こういう風に頑張ってくれる人がいると、まだまだこの町も捨てたもんじゃないなって思うよ」


「───」


 驚きに目を見開く。


 まさか同級生の一人からそんな言葉が出るとは思わず、本気で驚愕する有素のすぐそばで、同級生達はしみじみこう呟いていた。


「正直、衰退するだけの町って寂しいじゃん? だから、こういう風に頑張ってくれる人がいてさ。そう言う人がこの町を盛り上げようとしてくれるのってなんかうれしくない?」


「あー、わかる。ほんと、この町ってもう寂れて誰もいなくなるしかねー、みたいな状況だけど、こういう人がいるんだって思ったらなんか勇気もらえるよな」


「俺達にはどうにもできないかもだけど、でも、やっぱりここも故郷なんだよな。そりゃあもっと盛り上がってほしいよな」


 口々にそう告げてくる同級生達。


 その言葉に、有素は胸の奥でジンッとする想いを抱くのを知覚した。


 正直に言うと、有素は同級生達のような若者は、この町を見限っているのだと思っていた。


 もはや都会に行くしか彼らの未来はなく、この町で骨をうずめることなんてしないし、するつもりはないのだと。


 でも、違ったのだ。


 彼らもやっぱり故郷のことは想ってくれていて。


 そして、そんな彼らが自分のことを応援してくれている。


「えへへ」


 これ以上に嬉しいことはあるだろうか?


 いや、ない。あるわけがない。


 だって、有素が動画配信を始めたのは大江町のためなのだから。


 だから嬉しさを覚えてほおを緩ませる有素。


 そして有素は、もっと、頑張ろう、と思った。


 この町で自分ができることを精一杯やっていこう、と。



     ☆



 そうして同級生達の会話に勇気をもらい、有素が決意を新たにした後の放課後。


 校門の前に行くと、そこに待ち構えている影に有素は気づいた。


「あれ、お父さんの秘書さん?」


 スーツ姿の冴えない容姿をした男性だ。


 眼鏡をかけたその人は額の汗をハンカチで拭いながらこちらへと一礼する。


「どうも、お嬢様。その、お手数ですがお父様がお呼びです。至急町議会のほうへお越しくださいませんでしょうか……?」


 恐る恐るという感じで、そう呼びかけてくる秘書の男性に、はあ、と有素は気のない返事を返すのだった。

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