第8話 視聴者たちの反応
「ふぅ~。今日はこのぐらいでいいかな?」
迷宮で歌ってみた、という企画の後もUSAは二つほど先の大広間まで行き、そこに至るまでで50体に及ぶモンストラスを討伐した。
そうして一息ついた有素は一度足を止め、ふと視線を集中させてエーテル体と接続しているスマホから動画配信アプリを呼び出す。
すると視界上に重なるようにして表示されるアプリの画面。
USAはそれを目撃して、ギョッと目を見開いた。
「うえ⁉」
同時視聴者数5124人。
チャンネル登録者数に至っては145人を超えていた。
「え、ええ⁉ なんでぇ⁉」
突然視聴者数と登録者数が激増したことに理解が及ばずうろたえるUSA。
慌てて配信のコメント欄をのぞくと、それまでは散漫でほとんどコメントらしいコメントがなかったそこは、いまやエーテル体の動体視力をもってしても追えないほどの勢いで文字列がスクロールされて行っており、
《お、見てくれた?》
《はじめましてー、USAさん! ナイスランでした!》
《すごかったー》
「わっわっ。ありがとうございましゅっ!」
次々とUSAへと呼びかけてくるコメント欄に、早く答えなければ、と焦るあまり思わず噛んでしまったUSA。
そうして顔を真っ赤にする彼女へ、しかし視聴者から返ってきたのは温かい反応だ。
《焦らなくていいよー。ゆっくり答えてくれたらいいからー》
《そうだぜ! 全員のコメントに答えなくていいんだから、気になる質問に答えてくれ》
「あ、はい! えーと。えーと……!」
言いながらUSAはコメント欄に乗っている質問の中から、気になる質問をいくつかピックアップして、それに答える。
「そ、それでは突撃野郎さんの! 〝どこでそれほどの実力を身に着けたのですか? 師匠がいるなら教えてほしいです!〟から!」
その質問にどう答えるか、と少し間を置いた後、USAはこういう返答をした。
「……えっと、その。私は冒険者になってまだ一か月ほどしかたっていませんっ。で、ですので、別にそれほど強いとかそういうわけでは。そ、それに師匠とかそういうのもいませんっ」
《ええ、うっそだー》
《そそ。めっちゃ強いじゃん!》
《動きが初心者じゃない!》
「うえ⁉ あ、ありがとうございますっ!」
視聴者から向けられるコメントにとっさの反応で感謝の言葉を口にしながらも、しかし恐縮しきった表情でUSAは目を泳がせる。
「で、でも。いまも言ったように私は初心者ですし、実際他の動画配信をしている方々に比べたら、ぜんぜんですっ! ほら! 私、コボルドにも苦戦してますし!」
USAが最低限動画配信に耐えられるだけの動きを身に着けるのに一か月かかった。
それにUSAはまだ大江町ダンジョンの第二層にも到達できていない。
通常Eランクのダンジョンと言えば初心者でも一か月で最下層まで踏破できるとされているのに、USAときたら、まだ一層のコボルド相手に苦戦している始末なのだ。
だから自分は強くない、と訴えるUSAにしかし視聴者はこういう言葉を返してくる。
《いや、そりゃあ苦戦するでしょ。相手はコボルド・ソルジャーなんだし》
そんな視聴者のコメントに、へ? と目を丸くするUSA。
「こ、コボルド・ソルジャー……? えーと、コボルドくん達はコボルドじゃないの?」
USAの質問に答えたのは、視聴者の一人だ。
《ああ、そうだ。あれらはコボルド・ソルジャーと呼ばれるコボルド種の亜種にあたる。通常コボルドとの違いは鎧を身にまとい剣を持っているか否か、だな。だが、その強さは通常種のコボルドとは比べ物にならない。そのため討伐難易度もCとして登録されている》
「わっ。まこてゃさん。詳しく解説ありがうございますっ。へ、へえ。ここのコボルドくん達ってそんなにすごい存在なんだ……」
まこてゃはUSAが動画配信を始めた当初からチャンネル登録をしてくれている三人のうちの一人であったが、そんな人から解説されても、しかし彼女はピンときた風ではない。
「え、えっと。すみません。私って回りに冒険者がいなくて、討伐難易度C? というのがちょっといまいちよくわからなくて……」
《討伐難易度Cってのはね~。そのまんまCランク冒険者じゃないと討伐できないっていうランクのことだよ~。つまりUSAさんはCランク──プロに相当する実力ってこと~》
「ええ⁉ 私がプロに相当するッ⁉」
ランクとは冒険者になると政府の機関である迷宮庁より与えられるもので、USAもまたネットで申請したことによりFランクの階位を与えられていた。
そのランクにおいてCランク以上になるにはプロテストを受ける必要があり、そのためCランクより上の冒険者を一般にはプロ冒険者と呼ばれていた。
そんなプロに匹敵すると言われて、しかしUSAが浮かべたのは困惑の表情だ。
「そ、そんな。私がプロなんて……」
そう恐縮の表情を浮かべるUSAへ、しかし視聴者たちはそんな彼女の態度こそが意外だ、といわんばかりの反応を返してくる。
《いやいやっ、めっちゃ強いからUSAさん!》
《そうだよー。本当にすごいんだからねー。ほら謙遜せずに誇って誇って》
続けざまにUSAを褒め称えるコメントをしてくる視聴者たち。
それにUSAも、もしかしたら、という想いが芽生えてきた。
「そ、そうか、な。私、強いのかな……? だとしたら嬉しいな」
えへへ、と頬を緩めて笑うUSAに、果たして視聴者たちは、
《可愛い》
《可愛い》
《すっごく可愛い》
「うえっ⁉」
次々とコメント欄に表示される可愛いという単語。
それにUSAが目を白黒させるが、その表情もまた可愛い、と視聴者たちが告げてきて、もはやUSAは混乱の極致だ。
だが、そこで彼女は、これはチャンスではないか、という想いが脳裏をよぎった。
これほどまでに大勢の人から注目されているいまならば、大江町の宣伝ができるのではないか、という考えをUSA──有素は閃ていたのである。
「わ、私はっ!」
裏返りそうになる声を、しかしなんとか落ち着かせて大江町の宣伝に乗り出すUSA。
「ここ、大江町ダンジョンがある大江町の出身ですっ! 大江町は確かに田舎ですが、いい町ですので、視聴者のみなさんもぜひ来てくださいッ!」
言って次にUSAは、視線を背後へと向けてエーテルドローンのカメラを迷宮内へ誘導。
「と、特にっ。ここ大江町ダンジョンはEランクと最低難易度の迷宮ですので、冒険者の皆様にはお勧めです! みんなでこのダンジョンを攻略しましょう!」
言い切った、何とか言い切ったぞ! と自分の行いに満足したUSAだが、しかしそんな彼女へ、コメント欄からは激しいツッコミが返ってきた。
《いや、コボルド・ソルジャーや、コボルド・ジェネラルがうようよいる迷宮がEランク迷宮なわけないでしょうが⁉》
そうだ、そうだ、といっせいに言い出す視聴者たち。
「う、うえええ⁉」
それに、ますますUSAが混乱したのは、言うまでもない。
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