第12話 戦慄の事実

「……ほ、本当についてくるんですね……」


 五月も下旬とあり、そろそろ熱くなってくるかな、という季節の道を歩きながら有素は隣にいる司へと視線を向けた。


 相変わらず怜悧な美貌を持つ人である。


 薄い色合いの髪は腰元まで届くほど長く、身長もまたすらりと高いモデル体型。


 それでいて顔立ちは丹精込めて造られた人形のように整っていて、その美貌を前にすればテレビで活躍するようなタレントも裸足で逃げ出すことだろう。


 そんな美貌を持つ女性──グノーシス・アドベンチャラーズ・ファームのA級冒険者〝天道司〟は、こちらへと視線を向けて、その顔に笑みを浮かべる。


「ええ、私も有素さんに興味がありますので」


 ふわりと微笑むその表情に思わず有素が見惚れてしまいながらも、しかし彼女はその首をブンブンと横に振って恐縮したていでこう発言する。


「わ、私なんて。司さんみたいな本職の方に比べられたら、そんなぜんぜんですっ!」


 なにがぜんぜんなのかは有素にもわからないが、とにかく美貌を持つ目の前の人間から褒められるということは田舎者である有素にはきつい。


 そんな思いで呟いた言葉に、しかし司はそこで真面目腐った表情を浮かべ、


「いいですか、有素さん。うちの代表──住良木誠が持つ人物眼はすさまじいのです」


「は、はあ?」


 いきなりなにを言い出すのか、と目を白黒させる有素に司は真剣な眼差しでこう言う。


「我々G.A.Fが曲りなりにも四大ファームと呼ばれるようになっているのは、代表が市井の中から才能を有する者達を見出してきたからなのです──そして、そんな代表が現在注目しているのが有栖さん、あなただ」


「え、ええ⁉」


 自分が誠から注目されている⁉ と驚く有素。


 たしかに誠──まこてゃさんは、有素がチャンネル開設以来からチャンネル登録をしてくれているような人だが、それはただ自分のファンなだけだと思っていた。


 だが、司の口ぶりを聴くそれだけではないらしい。


「ま、まこてゃさんが私に注目しているって、またどうして……⁉」


 四大ファームと呼ばれるようなところの代表から注目される理由がわからず目を白黒させてしまう有素に司は、ゆっくりと言い聞かせるような口調でこう告げた。


「代表の真意は私ごときでは図れません。ですが、代表が直々に注目した方は、全員なにかしらの形で大成いたしました。かくいう私も含めて」


「つ、司さんも……?」


 有素の問いかけに、ええ、と司は頷き返してくる。


「実を言いますと、有栖さん。私は一昨年おとどしまでしがないEランク冒険者だったのです」


「え──?」


 Eランクと言えば下から二つ目のランクだ。


 一昨年……つまり二年前まで司がそのようなランクだった、と言ったことに驚く有素へ、司は苦笑めいた笑みを浮かべながら言う。


「東京の方にある【無限迷宮】で15層前後の階層をいったりきたりするような、よく言ってそこらにいる冒険者の一人でした。そんな私を、しかし代表は見出してくださった」


 当時を思い出しているのか、彼女にしては珍しく瞳へ熱を込めながら語る司。


「代表とG.A.Fの方々による指導の賜物により、私は攻撃手の中で四番目に高い位置へと昇ることができた。それもこれもすべて代表やG.A.Fの先輩達のおかげです」


「そ、そうなんですか……」


 熱っぽく語る司に、有素はやや引き気味で答え。そんな有素の態度に司も自分が熱く語りすぎたと思ったのか、ごほん、と一度咳払いしながらも、しかし司こう告げる。


「まあ、そういうわけですから、代表に注目されている有素さんもきっと将来大成する冒険者となるでしょう。ですので、今回同行するのもそんなあなたの才能を見てみたい、という私のでばがめ心なのですよ」


 言い終わると同時にパチリとウィンクをかまして見せる司。


 こういう時、まだまだ人生経験が浅い有素は、何と言ったらいいかわからない。


 なので、有素は素直な気持ちを口にすることにした。


「あ、ありがとうございますっ!」


「……? 私はなにか褒められるようなことを言いましたか?」


 そんな彼女からの問いかけに有素は、はい、と答える。


「わ、私、実を言うとあまり褒められたことがないんですっ! もともと町議の娘で、昔からの町の名士の家に生まれたんですけどっ、だ、だから色眼鏡で見られるというか、そういう事情があって、私自身を見て、褒めてくれる人が少なくて……」


 だから、えっと、としどろもどろに口にしながらそれでも有素はその視線を司へと向けて、


「だから、そうやって司さんや誠さんが褒めてくれるのは、すっごくうれしいですっ!」


 そう素直な想いを口にした有素だが、しかし彼女は自分の言葉の拙さや、率直すぎる言い回しに、その頬へと熱が昇るのを感じた。


 そうして顔を真っ赤にする有素を前に、くすり、とした笑みを司は浮かべる。


「なるほど。では、その感謝を受け取りましょう」


 言って笑うその大人っぽい笑みがこれまた美しく、思わず見惚れてしまう有素。


 このままだとだめだ、と有素は思った。


 なにがダメなのかは彼女にもわからないが、とりあえず話を逸らさなくては、という想いから有素はあたふたとした調子で、こんなことを口にする。


「あ、あのっ。迷宮へ行く前にちょっと寄り道してもいいですか……?」


「? ええ、どうぞ」


 首を傾げながらも同意してくれた司に一安心しつつ、そうして有素が訪れたのはシャッターが閉まった店舗の多い商店街。


 その一角にある町唯一の電器屋だ。


「みやびちゃーん、いるぅー?」


 照明がほとんどついておらず薄暗い店内へと入ると同時に有素がそう声をかけると、奥の方から「おーう」という声が返ってきた。


 なので、有素は遠慮なく奥へと進み、司もそんな有素の背中へとついていく。


 そうして奥へと行くと、そこには小規模ながら町工場のような光景が広がっていた。


 中央に置かれた巨大な機械。


 その前には作業着に身を包んだ一人の少女が座っている。


 髪を金色に染め、くちゃくちゃとガムを噛むのは──有素の幼馴染である高畷みやびだ。


「よく来たねー、有素……っと、そっちの人は?」


「あ、ああ。こっちの方は冒険者の天道司さん。大江町ダンジョンの調査のために来た方で、今日はその下見として同行することになったの」


 そんな風に大雑把な紹介をされた司は、しかし礼儀正しくみやびへ会釈をしてくる。


「どうも。A級冒険者の天道司といいます。……失礼、みやびさん、といいましたか? そこにあるのはもしかしてクォーツ製造機でしょうか?」


「ん。そうですよー」


 軽い調子で頷き返してくるみやびに司は驚いたようなまなざしを向ける。


 クォーツとは《アンブロイド》にセットすることで、特殊な力──〝アーツ〟を使えるようになるエーテル結晶体だ。


 例えば有素が動画内で使った〈ヴォーパル〉などもそれ専用のクォーツをセットすることではじめて使えるようになる。


 そしてみやびの前に置かれているのが、まさにそのクォーツ製造用の機械だった。


 そんなクォーツ製造機を前に座るみやびへ有素はにこやかに話しかける。


「それで、みやびちゃん。連絡は受けていたけど、あれできたの?」


「おう、結構苦労したけどできたよ!」


 言いながらみやびは有素へと一つのクォーツを渡した。


 それを見て、しかし司は首をかしげる。


「……? 有素さん。それは?」


「あ、はい! これは〈シールド〉のクォーツです!」


 その顔一面に笑みを浮かべて、そう告げる有素へ、しかし司は、は? というように目を見開き、有素へと視線を向ける。


「……〈シールド〉というと極めて基本的な防御用のクォーツですよね……? どうしてそのようなものをいまさら……」


 オプションアーツ〈シールド〉


 その名の通り、目の前へエーテルの防壁を生じさせるという、冒険者ならば誰でも使うような極めて基本的な防御用クラフトである。


 おおよその冒険者で《アンブロイド》にセットしていないものはいない、と言っていいほどのクォーツをしかし嬉しそうにかかげながら有素は言う。


「実は、私。まだ《アンブロイド》には〈ヴォーパル〉のクォーツしかセットしてなくて。特にこの町にはここしかクォーツ製造機がないから、他のクォーツも手に入れにくいですし」


「ほんと苦労したんだよー。このクォーツ製造機、旧式の型落ち品だから、最新型のクォーツを造るのにもいろいろと手間がかかってさあ」


「………」


 なにげない調子でそう告げる有素とみやびを、しかし司は慄然と見やっていた。


 原則として《アンブロイド》にはクォーツを9つセットできる。


 およそ冒険者になったばかりの初心者でも最低3つはクォーツをセットして迷宮に挑むものだというのに、その中で有素はまだ一つ。


(……それで、彼女はあれほどの動きを……?)


 縦横無尽に迷宮内を動き回るその動画は司も目を通している。


 おおよそ初心者離れしたあの動きを、それもほぼクォーツ無しで実行しているという事実に司は冒険者として戦慄したのだ。


 ゴクリ、と唾を飲み下す司。


 どうやら誠が見出した少女は、予想以上の大物だったらしい。

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