第5話 動画配信開始

「USAぁ~、チャンネルぅ~!」


 元気よく腕を振り上げて、そんな声を上げたのは白い髪に赤い目の少女──有素だ。


 否、動画配信者USAウサと言うべきだろうか。


 ここまで本当に長かった。


 まず《アンブロイド》はじめ動画配信に必要な機材一式を取り揃え、さらに大江町ダンジョンへの入場許可をもらうために町議をしている父を必死に説得した。


 そこからも視聴者に最低限見てもらえる程度の動きを身に着けるため、来る日も来る日も迷宮にもぐり、何度エーテル体を破壊されたことか。


 正直諦めそうになった回数は数知れずだが、それでもなんとか今日この日までこぎつけた。


 そうしてようやく、有素は大江町を盛り上げるための第一歩を踏み出す。


「ごきげんよう~、みなさん! 私は動画配信者冒険者のUSAです! 本日から配信を始める新人ですが、温かく見守ってくださいね~!」


 自分にできる最大限明るい笑顔を浮かべ、声のトーンも高くして腕を振り上げるUSA。


 この口上はさまざまな動画配信者を見て、研究し、そうして編み出したものだ。


 今日この日のために何度も練習したそれをつっかえずに言えて一安心のUSA。


「それでは私が攻略するのは、ここ──大江町ダンジョン!」


 そうして彼女が示したのは薄暗く、周囲を石壁に囲まれたダンジョンの内部だ。


「大江町ダンジョンは、その名の通り大江町に存在するダンジョンです! 種別は古城型。攻略難易度は国際迷宮機構IDOの評価基準でEとなっています‼」


 Eランクは全迷宮中でもっとも低いランク。


 難易度的には、USAのようにまだ初めて一か月しかたっていない新人冒険者でも容易く攻略できる程度であるが、その分だけ採れるエーテルの総量が少ないのが難点だった。


「ついこの前まで封鎖されていたダンジョンけど、この度、大江町の許可をもらって特別に解放してもらいました! ぱちぱち! このチャンネルが上手くいけば、本格解放もあり得るかも? そのためにみなさん、是非動画を視聴してくださいね~!」


 言いながらちらりとUSAはエーテル体の視界に重なるようにして表示された動画配信状況を表す画面を見やる。


 そこには、しかし悲しいかな同時視聴者数十数人という少ない数しか見てくれておらず、それにUSAは薄く落胆を抱くが、しかし彼女はそんな様子を見せずに笑顔を浮かべる。


 そうしてUSAはダンジョンへと振り向きながら、その腰に佩いた日本刀──刀剣型アタッチメント《紅蓮》を鞘から引き抜いてみせた。


 活性化エーテルで構成された半透明の刃を振りかざしながら構えるUSA。


 その構えはすこぶる様になっていた。


 エーテル体が持つモーションアシストの賜物だ。


 動作補助機能であるモーションアシストによってUSAのようなろくに武道の経験がない者でも最低限戦えるだけの動きができる──それがエーテル体の持つ機能だ。


 実体である肉体から換装して変身するエーテル体。


 その名の通り、エーテルで構成された肉体とは違うもう一つのこの躯体は、生身の30倍に及ぶ身体能力を持ち、モーションアシストをはじめ各種機能によって、冒険者を補助する。


 特に《緊急脱出ベイルアウト》と呼ばれる機能が重要で、これによってもしエーテル体が破壊されるほどの攻撃を受けても、生身の体は事前登録しておいた安全地帯まで自動的に転送される。


 これによってモンストラスという凶悪な存在がいる場所でも安全に戦えるわけで、これがここ数年冒険者の数を増やす要因ともなっていた。


「さあ~て、それじゃあ攻略を進めていきましょう!」


 言うと同時にUSAはその一歩を踏み出す。


 瞬間、すさまじい加速を彼女は得た。


 エーテル体の身体能力をいかんなく発揮し、自動車もかくやという速度で走るUSA。


「ふんふんふ、ふっふ~♪」


 鼻歌すら歌いながら迷宮内を疾駆していたUSAはふと目の前の空間があけるのを見た。


「おお、大江町ダンジョン最初の大広間が見えてまいりました!」


 叫んでUSAは一度足を止める。


 すると彼女は背後に振り向いて、そこに浮かぶ正八面体の機械──撮影用のエーテルドローンを見やり、にっこりと笑顔。


「知っている人もいるでしょうが、知らない人のために解説! 大江町ダンジョンのような古城型と呼ばれるダンジョンでは、ところどころに大広間が存在しています! ここでは、大勢のモンストラスとの集団戦になりやすいので注意!」


 言いながらUSAが大広間へ視線を向けると、そこには十数体の影が。


「ほら! 見てください! いまの言葉通り、複数のモンストラスが見えますね! あのワンちゃんみたいな頭は~、コボルドくん達かな~?」


 正八面体のエーテルドローンは、USAの視線に誘導される形で、くるりとそのカメラを振り向け、そこに写るおおよそ12体ほどだろうか、剣を持った犬面の人型モンストラスを映し出すので、USAはそれを見ながら、うーん、と唸って見せる。


「ワンちゃんの頭は可愛らしけど、相手はモンストラス! コボルドと言えば初心者でも討伐できるようなモンストラスなので、きりきり倒していきましょう!」


 言ってUSAは刀を構え、そして走り出した。


 同時に彼女の足音に気づいて犬面のモンストラス達の視線がUSAへ向く。


 ──GULAAA‼


 その手に持つ剣をいっせいに構え出すモンストラスたち。


 しかしその動きは、USAにとってあまりにも遅かった。


「セイヤッ!」


 叫びながらUSAは刀を一閃。


 すると、その刀の先がまるで膨れ上がるように膨大な光が発せられ、それはそのまま刀の間合いと威力を延長させて広範囲を薙ぎ払った。


 ──刀剣系クラフトアーツ〈ヴォーパル〉だ。


 瞬時に注がれた膨大なエーテルが刃を構成する活性化エーテルを噴出させ、さながらウォーターカッターのように斬撃の威力と間合いを拡張するクラフトアーツ。


 それによって薙ぎ払われた一閃は、一撃にして三体の犬面を切り飛ばす。


「よーし、次行くよー!」


 USAの斬撃に犬面達がひるんだすきを逃さず彼女は跳躍。


 エーテル体の30倍に及ぶ身体能力によって起こした跳躍は、瞬時に彼女の体を天高く舞い上がらせると、その場で彼女は一回転。


 上下を反転させてUSAはその足を天井へとつける。


「ほいっとぉ!」


 天上を足場に再度の跳躍。


 頭上より襲い掛かってきたUSAに犬面のモンストラス達はなすすべもなかった。


 一閃。


 リチャージタイムが終了し、再発動が可能となった〈ヴォーパル〉の薙ぎ払いが残りの犬面達に襲い掛かり、その体を細切れに両断していく。


 さらにUSAは地面へと着地し、そのまま止まることなく本日三度目の跳躍。


 飛び跳ね、壁に足を付き、さらに跳躍して天井へ。


 そうしてUSAは縦横無尽に跳ね回る。


 残りのモンストラス達はそれになすすべもなかった。


 すれ違うと同時に首が飛び。


 薙ぎ払いが襲い掛かればまとめて複数体が両断された。


 わずか15秒。


 それが、大広間にいたモンストラスをUSAが討伐してのけた時間である。


 驚異的な速度でモンストラス達を狩ったUSAはそのまま地面に着地すると同時にくるりと振り向き、そして決めポーズ。


「いえーい! 討伐完了! みんな~、見てくれてありがと~!」


 そうして彼女はすぐそばに浮かぶエーテルドローンに満面の笑みを振りまくのだった。

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