第4話 高畷みやび


 振り向いた先に、髪を金髪に染めた少女がいた。


 身にまとうのはスカジャン。


 吊り目がちな容姿は勝ち気で、見た目はほとんど不良だ。


 だが、そんな少女を見て有素は怖がるでもなく、あれ? と首をかしげて、


「みやびちゃん?」


「ん。おっす、有素」


 スカジャンに突っ込んでいた手の一つを取り出してふってくる少女──高畷たかなわみやび。


 有素にとっては幼馴染と言っていいほど付き合いの長い友人で、街唯一の電器屋の娘だ。


「みやびちゃん。どうしてこんな場所に……?」


「いや、それ。こっちの台詞だから。まあ、あたしは散歩がてらここに来ただけだけど」


 くちゃくちゃと音を立てているのはガムか何かを噛んでいるのだろうか。


 そう告げるみやびに有素は、なるほど、と頷いて、


「私はここの迷宮を見に来たの。ここが町の勃興に使えるかどうか見たくて」


「あー。好きだねえ、有素も。こんな田舎町、いまさら将来性なんてないっしょ」


 オブラートに包まずそう告げるみやびに、うっ、と有素は言葉を詰まらせた。


「た、たとえそうでも、この町を失くしたくはないんだもん!」


 失くしたくない、という言葉にみやびは、ああ、と頷く。


「市町村合併だったっけ。隣町と合併して新しい町にするって話。あれ、進んでるんだ」


「……ひどい話だよね」


 田舎町は採算がとれないし、行政上の効率も悪いからという理由で、現在日本では地方の再編が進んでいた。


 この町──大江町もいま隣町と合併するという話が持ち上がっているのだ。


 それも、大江町が隣町に吸収される形で。


「……この際、大江町が他の町と合併されるのはいいよ。でも、その結果として大江町の名前がなくなるのは嫌。ここが私の故郷だもん。だから、なんとかしたいんだけど……」


 言って、有素は封鎖された迷宮を見た。


「……せめて、ここに冒険者を呼び込むことができたらなあ……」


「いや、呼び込むって。どうやるのさ。こんな田舎町に」


 ズバズバと物事を告げてくるのはみやびのいいところであり悪いところだ。


「うう……。それをいま考えているところなの……!」


 子供っぽく唇を尖らせて、そう告げる有素にみやびは微笑ましそうに彼女を見て、


「だったらさ、有素が冒険者になればいいんじゃね?」


「え?」


 唐突なみやびの提案に有素は目を丸くする。


「わ、私が冒険者っ?」


「そそ。有素、知んない? いまどきの冒険者って動画で配信とかするんだよ」


 言ってみやびは懐からスマホを取り出すと、なにかを検索する仕草をした。


 そして表示したのはとある動画だ。



『今日も元気に明るくDEATHデス‼ みぽりんチャンネルはじ☆まるYO~‼』



 名前は知らないが、女性だろう冒険者が武器を構えて次々とモンストラスを狩っていくという内容の動画。


『ささ、本日は目黒区にある目黒稲川ダンジョン! そこでモンストラスを殲☆滅★! していっちゃうYO~‼』


 アクロバティックな動きで数十を数えるモンストラスが次々倒されていく様は爽快感があり、その合間合間に挟み込まれるユーモアの利いた喋りは、なるほど魅力的だ。


 はじめて見た有素ですら魅入ってしまうその動画を見せて、ニヤリと笑うみやび。


「こんな感じにさ、有素もなればいいんだよ」


「え、ええ⁉ 私が⁉」


 ギョッと目を見開く有素に、そそ、とみやびは頷いて、


「有素って眼鏡外せば結構可愛いしさ。それに運動神経もそこそこいい方じゃん? 頑張ればこんくらい行けると思うんだけどなー」


「い、いや。さすがに、私がそんなこと……!」


 思わず体の前で両手を振ってそう否定する有素に、しかしみやびはそこで表情を真面目なものにして、有素を見つめてくる。


「じゃあ、誰がこのダンジョンの宣伝をするわけ?」


「───」


 みやびの指摘に有素は固まってしまった。


 なるほど、確かにこの町の人間がこの町のダンジョンを攻略すればなかなかの宣伝効果になることだろう。


 ほかと比べてかかる費用も少なく、うまくいけば町そのものの宣伝にもなる。


 もちろん、そんな簡単にいかない、ということは有素もわかっていた。


 でも、そういった賭けに出ないといけない程度には、追い詰められているのが大江町という町の現状で。


 だったら、覚悟を決めないといけないかもしれない。


「う、うん。わかった。私、冒険者になるよ……!」


 決意を露わに、体の前で両の拳を握る有素。


 だが、そこで有素はへにゃりと眉をさげてこんなつぶやきを漏らす。


「で、でも《アンブロイド》どうしよう?」


 冒険者になるには《アンブロイド》が必要だ。


《アンブロイド》によって冒険者は実体からエーテル体という戦闘用の体になるわけだし、そのほかモンストラスを倒した際にエーテルを回収するにも《アンブロイド》が必要になる。


 つまり冒険者となるには《アンブロイド》を手に入れないと始まらないのだ。


 そう告げる有素にみやびはニヤリと笑ってこう告げた。


「それは安心して。うちの店に最新型《アンブロイド》の在庫あるから」


「えっ、そうなの?」


 みやびの家は町唯一の電器屋で、エーテルクラフトが当たり前になった現代ではエーテル関連の機器も取り扱うとは聞いていたが、まさか《アンブロイド》までとは。


 そう驚く有素にみやびは、うん、と頷いて、


「うちのお爺ちゃんが何でか知らないけど仕入れているんだよねえ。この町にはダンジョンがない……あー、解放されたダンジョンはないから、仕入れても売れないのに」


 ちらり、と町唯一の、しかし閉鎖されて誰も入れない迷宮を見やっていうみやびに、なるほど、と頷く有素。


「じゃ、じゃあ。それを買うよ」


 幸いにして、有素はお小遣いやお年玉を貯金するタイプだ。


《アンブロイド》は一台3万円ほどするが、貯金をはたけば買えなくもない。


 ほかにも撮影用の機材などが必要になるかもしれないが、それらも買おうと思えば買えるだろう、と脳内でそろばんをはじきながら、決然とした眼差しを浮かべる有素。


 そんな有素にやはりみやびはにやりと笑って、


「まいどあり~」


 そうして有素は冒険者となった。

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