第3話 故郷を勃興するには?

 時は少し遡る。


「あー、時は半世紀前。シベリアの奥地に突然迷宮が開いたことが発端ね」


 ガリガリと音を立てて黒板にチョークで板書していく女教師。


 いまは社会の授業中だった。


 扱っている内容は定番の〝エーテルについて〟


「この結果、当時のソ連が崩壊するような【ユーラシア大迷宮災害】ってのが起きるだけど、これは歴史の授業に譲るとして、重要なのは、この迷宮が現れたってこと」


 はきはきとした口調で喋る女教師の言葉に、生徒達は生真面目な態度でノートにその内容を書き写していく。


 かくいう有素もそんな中の一人であった。


「……うーん……」


 悩みながら手元のノートへと視線を向ける有素。


「……やっぱり、町の象徴となるものが必要だよね。これぞ大江町っていうブランドが確立すれば、こんな田舎町にも人が集まるのは、他の町で証明されているし……問題は、大江町にそんなブランドになるモノがないってことなんだよね……」


 だが、有素の書いている内容は授業とはまったく関係のないものであった。


 衰退しつつある故郷〝大江町〟


 それを勃興するにはどうすればいいのか、という内容だ。


「では、迷宮が現れたことで世界の何が変わったのか。はい、稲川さん。答えてみて」


 女教師から名指しされて有素のすぐそばにあった席の女子が立ち上がり答える。


「は~い。エーテルの産出でーす」


「そ。エーテルが採れるようになったことね。迷宮の中に住まうモンストラスという怪物は倒すことで万能変化物質〝エーテル〟となって霧散するの」


 言って女教師は黒板に〝エーテル〟と書き綴る。


「エーテルの特質はその別名からもわかる通り、万能な変化を遂げること。特殊な機械で操れば、それこそ原発を超える電力を生み出すし、これまでレアメタルと呼ばれていた希少な鉱物なども、エーテルクラフトと呼ばれる技術によって簡単に制作できるようになったわけね」


 エーテルクラフトとは、エーテルを特殊な技法で反応させることにより、地球上に存在するあらゆる物質へ変換させることを言う技術だ。


「このエーテルクラフトが生まれてから、世界は一変したわ。いまの私達の生活でエーテルがかかわらないところはいっさい存在しないと言えるほどにね。それこそ生活に必要な電力も、みんなが使っているスマホだって、エーテルがなければ造れないってのがいまの時代なの」


 したり顔でそう言葉を告げる女教師に生徒達が律儀にも、おお、という反応を返す中、有素は相変わらずノートを見やってブツブツと呟きを漏らす。


「……一番ブランド化しやすいのは大江町が誇る海だけど……ううん、やっぱりだめ。ただでさえ、あのゴミ焼却所ができてから景観が損なわれるとかで利用客が減っているのに……」


 そんな風に呟く有素の横で授業はさらに続く。


「そして、そんなエーテルを迷宮から採ってくるのが〝冒険者〟ね」


 言って女教師は黒板に〝冒険者〟と書きなぐった。


「冒険者は《アンブロイド》と呼ばれる機械を使って実体からエーテル体と呼ばれるモンストラスとの戦闘用の体に乗り換えて戦う人達のことを言うの。モンストラスは倒すとエーテルになるから、冒険者は日々モンストラスと戦ってエーテルを手に入れているってわけ」


 コンコン、とチョークで冒険者の字を叩く女教師。


「今の時代は大迷宮時代。迷宮に深く潜って、強いモンストラスを倒すことができれば、それだけで大金が稼げる時代よ。そのため都会なんかでは冒険者を志す人が多いけど……」


 そこまで告げた女教師に生徒の一人が手を上げて、こんなことを言ってきた。


「センセー。うちの田舎にはそもそも迷宮がありません~!」


 茶化すようなその生徒の言葉に周囲で笑いが起こる。


 そう大江町には迷宮が存在しない。


 そのため冒険者になりたくても迷宮へ行くには、ここから電車で一時間以上かけて都会に出る必要があるので、とてもではないが大江町の高校生が冒険者をやるのは現実的じゃなく、それは女教師もわかっていた。


「そうね。正直大江町で冒険者をやるのは現実的じゃないわ。そもそも冒険者ってのが水商売に近くて、実力と才能がなければやっていけない職業だし」


 別に冒険者をこき下ろす意図はなく、田舎の常識としてそう語る教師。


 それに納得顔を浮かべていた生徒達だが、ふと、ある生徒がこんなつぶやきを漏らした。


「あれ、でもうちに一個だけ迷宮ってなかったっけ?」


 有素の斜め右後ろの席でそんな声が響いて、有素含め全員の視線がその生徒に向けられる。


「迷宮? んなの、ウチの田舎にあったべ?」


「あったよ。ほら、山奥のあの封鎖された」


「……山奥……」


 山奥の封鎖された、と言えば有素もなんとなく覚えがある。


 子供のころ、まだやんちゃだった時分に当時の友達と冒険に出かけて見つけた施設だ。


「なんでか知らないけど封鎖されているんだよね。そんな事せず、一般に開放すればいいのに。今の時代ダンジョンってだけで人が集まるんだからさ」


 なにげない調子で女生徒がそう告げた瞬間。


「それだあ──‼」


 ガタッと立ち上がって有素が叫ぶ。


 それに教室にいる教師生徒全員の視線が有素へと集中して、有素は顔を真っ赤にして、


「あう」


 有素の呟きに、また教室で笑い声が起こった。



     ◇◇◇



 放課後。さっそく件の迷宮へと向かってみた有素。


「……ここが……」


 山奥。金網で封鎖された場所だった。


 封鎖された入り口横には〝大江町ダンジョン〟という表札がかけられている。


 パッと見は田舎によくある謎のコンクリ建物と言った風情で、ところどころ古びていて赤茶けてたりもするが、見た感じひどく荒れているという雰囲気ではない。


 ここに来るまでもひび割れてはいたがきちんと舗装された道路が続いていたし、施設そのものはいますぐにでも使えそうな感じだ。


「……だったら、なんで封鎖されているんだろう……?」


 首を傾げながらも、しかしそれは後で調べることにして、有素はまずこの迷宮をどのように村の勃興に使うか、と計画を練る。


「……うーん。やっぱり大勢の冒険者さんが来てくれるといいよね。問題はこんな田舎で山奥ってことだけど……」


 いまの時代、冒険者という職業は掃いて捨てるほどいるので、呼び込めさえすれば、冒険者が来ないと言ことはないだろう。


「……問題は、やっぱり冒険者を呼び込む方法かな。この迷宮に来たいって思わせるなにか。それを考えなくちゃいけないんだけど……」


 そこまで呟いて、有素はその濡羽色の長髪をかきむしった。


「……うう~。やっぱり思いつかないよ……」


 有素はしょせん高校生だ。


 この田舎を勃興させたいと願っても、そんな方法をパッと思いつくほど人生経験豊かではなく、そのため有素は嘆息を漏らして諦めかけ。


 と、その時だった。


「あれ、もしかして有素?」


 唐突に駆けられた声。


 驚いて有素が振り向くと、そこには金髪をした少女がいた。

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