第10話 決闘都市

 あれから俺たちはすぐに町を出て、決闘都市に向かった。

「どの町も遠くからの見た目は同じなんだな」

 中央に高い建物。おそらく領主の城だろう。そこに物見櫓も併設されていることもあるが、大抵は城壁の上にいる兵士が先に気づくことが多い。

 

「そうだね。どの町も城壁に囲まれてて冷たい感じ。もっと町を広げる時はどうするんだろ?」

「そういう時は新しい町の大きさに合わせて城壁を作り直すらしい。過去の城壁はそのままにして第二防壁にしたり、壊して新しい防壁の材料にしたりだな」

 そんな話をしているうちに、決闘都市の入り口が見えてきた。

 列に並び、冒険者カードを見せて、中に入る。

 中もそこまで他の町とは変わらない。城壁の近くにはスラムや露店、屋台。町の中央には貴族の屋敷や神殿、その間に平民の住居がある。

だが、この町にしかない、この町のシンボルもある。

「わあ!」

「凄いですね……」

「ああ」

 決闘場が町のど真ん中にあるのだ。その為、領主の屋敷は町の中央からややずれている。

「とりあえず冒険者ギルドに行って部屋を取ろう。荷物を置いたら、決闘場に行くぞ」

「うん!」

「はい!」

 二人とも大分強くなったからか、戦いに慣れてきたからか、戦うのを楽しいと思うようになったようだ。

 だが、俺は心配だ。決闘場は魔物を殺すのとは違う。人と人との命の奪い合いだ。こちらが殺さなければ殺される。

 もちろん、よほど実力に差があれば相手を生かしたまま戦闘不能にもできるだろうが、そこまでの腕はこの二人にはない。

 とはいえ、こんな世界だ。二人も人と争うことぐらいあるだろう。その時に躊躇しないように、そういうことも経験しておいたほうがいい。

 俺たちは宿に荷物を置き、装備といざという時のための治療用品と少量の金だけ持って決闘場へ向かった。

「とりあえず、今日は観戦だけにしておくか?」

「え~。私はすぐにでも戦いたいけど」

「私は賛成です。最低限、ここのルールぐらいは確認しておくべきです」

 決闘場は殺戮ショーだ。もし二人が観戦した上でやめるというのならやめさせよう。魔物を倒すだけでもレベルは上がるし、そういう職業もある。

 戦闘から離れて、人間相手に商売をするのもいいだろう。

 決闘場に入るためにはチケットが必要なようだ。チケットを三人分買い、中に入る。こういう見世物では軽食や飲み物を売っているのが通例だが、流石に殺し合いを見せている中で食べる気には起きないのか、決闘場ではそういったものはなかった。

 決闘場の観覧席に入り、適当に座る。ちょうど二人の剣士が殺し合っていた。

 ちなみに、決闘場ではどちらが勝つかの賭けも行われている。

 俺は勝てる勝負なら喜んでするが、正直、五分五分くらいの確率の賭けは避けたい。

「二人はどちらが勝つと思う?」

 おそらく試合が始まる前に名前などが紹介されたのだろうが、俺たちは聞き逃したので、武器で分けて片手剣と盾の男と、両手剣の男と仮称しよう。

「私は両手剣の方かな~。一撃の攻撃力が違うし、勢いがありそう」

 確かに、攻撃面では両手剣の男の方が有利だろう。エルマが言ったように一撃の攻撃力が高いし、片手剣に比べてリーチも長い。

「私は片手剣と盾の男が勝つと思います。バランスがいいですし、両手剣は隙が大きい。体力も消耗します」

 確かに、両手剣を振り回すには体力を消耗する。片手剣と盾の男は盾も持っているから、長期戦になれば有利だろう。

「ルビアはどっちが勝つと思う?」

「ふむ、そうだな……」

 正直、運も絡んでくるから、一〇〇パーセントはない。それでもしいて挙げるというならば。

「片手剣と盾の男だな」

 この試合は俺たちが来る前から始まっていた。それなりに長期戦の可能性があるし、両手剣の男はバテ始めている。

 しばらく見ていると、片手剣と盾の男が勝った。

 エルマが悔しそうにしていたので、何か逸らせる話題がないかと探す。すると、知っている名前を見つけた。

「次の戦いは中々楽しめそうだな」

「なんで?」

 俺は予定表を指さす。その時、丁度次の試合の選手紹介が始まった。

『さあ、続いての目玉は~。勇者の座を奪われた没落勇者候補、マッシュ・ブレイブ!』

 歓声が響き渡る。一日や二日でこうはならないだろう。かなり前から決闘場で活躍してきたようだな。

「賭けるか」

 俺は賭博場へ行き、マッシュに小銭をかける。奴ならそう簡単に負けることはないだろうが、万が一ということがある。

 俺は絶対に勝てる賭けでも全賭けはしない。

 賭けを終えて席に戻り試合を見る。どうやらマッシュの対戦相手の紹介は俺が賭けをしている間に終わってしまったらしいが、騎士崩れのようだ。

『試合、開始!』

 騎士崩れの動きも悪くないし、いい太刀筋だが、マッシュには届かない。その上マッシュには魔法もある。手数が違う。

 予想通り、マッシュが圧勝した。が、相手の騎士崩れはまだ生きているようだ。相変わらず真面目というか、甘いというか。

 やはりマッシュに賭けていた者が多かったのか、あまり金額は増えなかったが、これだけでもマッシュの決闘場での人気が窺い知れるというものだ。

 もし俺たちも決闘場に出るとしたら、マッシュと戦う機会もあるかもしれないな。

 マッシュの戦いを観戦した後、俺たちも試合に出るため、兵士に声をかける。

「すまない。俺たちも試合に出たいんだが、どうすればいい?」

「分かった。何か身分証明できるものは?」

 俺たちは冒険者カードを見せた。

「Eランクか」

 兵士は渋い顔をする。

「何か不味いのか?」

「いや、駄目ではない。決闘場はだれでも参加できる。が、弱い奴はすぐ死ぬし、大して儲けにならないからな」

 なるほど、弱いと賭けも儲からないのか。

「俺たち三人チームで出たい。それから——」

 俺は聖剣を兵士の眼前に突き立てる。

「勇者が決闘するとなれば、見たい者も大勢いるのではないか?」

 兵士は腰を抜かしたまま聖剣を指さす。

「ゆ、勇者……? 本当に?」

「確かめてみるといい」

 兵士は聖剣に触れようとしたが、バチッと青い光に弾かれた。聖剣は一途だ。一度勇者を選べば、他の者は触れられなくなる。

 まあ、俺は手袋がないと聖剣に触れられないから、事実上誰も触れられなくなった訳だ。

 聖剣は魂をも見通す。身体は人族でも、魂が魔族だと見透かされているんだろうな。

「しょ、少々お待ちください!」

 兵士は関係者用の通用口へ消えていった。上の者と相談しているのだろう。

 しばらく待っていると、兵士の上司らしき人物がやってきた。鎧ではなく、礼服を着ている。

「初めまして。今代の勇者、スペルビア・ダークロード様でございますね?」

 俺は少し感心した。上司は俺の名前を知っているにもかかわらず、俺に礼儀正しくしたからだ。

「この名前を名乗ると、気味悪がられるものなんだがな」

 上司はハハハと上品な笑い声をあげた。

「確かに普通なら名乗る名前ではありませんが、決闘場では、箔をつけたり奇抜さを狙うために、有名な名前を使うことが多いのですよ。中には魔王の名前を付ける方もいますので」

 なるほど、確かに勇者や魔王は力の象徴だ。前世でも演劇を何回か見たが、中には悪役に感情移入して見る者もいたな。

 上司は腰を折って綺麗な挨拶をする。

「申し遅れました。私、この決闘場の管理を任されております。ジョージと申します」

 上司改めジョージはピシッと背筋を正した。育ちがいいのか、着ている服や付けている小物も高級品だ。

「血生臭い決闘場の管理者なら、もっと暴君のような奴かと思ったんだがな」

 ジョージはハハハと口元を隠して上品な笑い声をあげる。

「私は領主からこの決闘場の管理を任されているにすぎません。それに、ここはれっきとした賭博場ですから。最低限金の勘定ができるものでなくてはならないのですよ」

 この国だけではなく、世界規模の問題だが、識字率が低い。前世では識字率を高くしようと学校を建てたり私塾を支援したりもしたが、なかなか改善しなかった。

 だから、読み書き計算ができる者を探せば、王侯貴族に行き着くのはこの世の性といえるだろう。

 金を持っていればまともな教育が受けられるからな。

 まあ、スラムで無償で文字を教えていたシスターと、真面目に習っていたエルマのような特殊な例もあるがな。

「それで、ジョージは俺が決闘することに賛成なのか?」

 ジョージは顎に手を当てて少し考え込む。

「賛成ではありません。が、条件付きであれば認めても構わないと思います」

「その条件というのは?」

 ジョージはニヤリと口角を吊り上げる。今までの上品な笑みとは違う、いやらしい笑みだ。

「マッシュ様と戦っていただきたいのです」

 なるほど、勇者試験の時のリベンジマッチというわけか。さぞや金が稼げるだろうな。

 まあ、マッシュではどうやっても俺には勝てないし、構わないか。

「構わないが、チーム戦か? それとも個人戦か?」

「それは、マッシュ様とご相談いただければと」

 なるほど、こちらで決めて構わないわけか。

「ということは、マッシュと話す機会を作って貰えるのかな?」

「はい、少々お待ちください。呼んでまいります」

 そう言ってジョージは手を二回打ち鳴らす。すると、扉の前に控えていた兵士が二人、部屋から出て行った。おそらく、今の話をマッシュに伝えに行く伝令兵だろう。

 しばらく待っていると、荒々しくドアが開け放たれた。

「マッシュ様を呼び付けるとは何事だ!」

「然り、そちらがマッシュ様の元に馳せ参じるのが筋であろう!」

 取り巻きが唾を飛ばして激高する中、マッシュが堂々と入ってくる。歩き方も中々堂に入ったものになっているではないか。

 マッシュはジョージには目もくれず、俺を見つけると近づいてきた。腰には武骨な剣を佩いている。

 一見装飾のない地味なものだが、あれはマッシュに合わせて作られた特注品だな。貴族のくせにデザインよりも実用性重視なのがなんともマッシュらしい。

「久しぶりだな。マッシュ」

「久しぶりだな。スペルビア」

 マッシュは俺のことを恨んでいないようだ。何の感情もないような顔で俺を見つめてくる。

「「き、貴様は‼」」

 取り巻き二人はようやく俺の存在に気付いたらしい。

「よう、取り巻き二人も久しぶりだな」

 俺の挨拶に、二人の怒りは頂点に達したらしい。ズカズカと俺の前に歩いてくると、二人で声を合わせていった。

「誰が取り巻きだ! 私がトリーで——」

「私がマキーだ!」

「トリーとマキーか。二人合わせて取り巻きだな」

「「違う‼」」

 埒が明かないと思ったのか、マッシュはジョージが譲った対面の椅子に座った。

「それで、ジョージ。俺たちを呼んだからには、何か用があったんだろう?」

「ああ。何でも、俺たちが決闘場で戦う条件として、マッシュたちと戦ってほしいらしくてな」

 マッシュは表情を変えなかったが、取り巻き二人は目を輝かせた。

「チャンスですぞマッシュ様! 今こそ修行の成果を示す時ですぞ!」

 二人は興奮して捲し立てるが、マッシュは落ち着いて質問してきた。

「個人戦か? チーム戦か?」

「ジョージはどちらでもいいらしい。俺たちで相談して決めろとのことだ」

「チーム戦だ‼」

 取り巻き二人が俺たちの会話に割って入る。

「お前たち……」

「マッシュ様、チーム戦ならば、スペルビアだけでなく、奴に守られている二人も一緒です。確実に勝てます」

 俺は取り巻き二人のレベルをこっそり《鑑定》で測ってみた。正直、今のカザリやエルマと大差ない。これならいい勝負ができるだろう。

「面白い。ならチーム戦でいいか?」

 マッシュは少し考えるそぶりを見せ、取り巻き二人にアイコンタクトを送る。取り巻き二人は頷いた。

「そちらがいいのなら構わないが、大丈夫か?」

 ほう、てっきり俺がマッシュ本人に勝ったから目をかけてくれているのかと思ったが、スラム出身であるエルマや、半人半魔であるカザリのことも心配するとは、どうやら生まれつきのの性格らしいな。

「ああ、この二人も簡単に負けることはないだろう。迷宮で鍛えたからな」

「となると、後は日程でございますね」

 今まで黙っていたジョージが口をはさんできた。

「マッシュ様とスペルビア様の決闘は大々的に宣伝したいですし、スペルビア様の実力を観衆の皆さんに見てもらわなければ賭けになりません。そこで、マッシュ様との決闘は一週間後とし、一週間の間、スペルビア様、エルマ様、カザリ様には試合に出て、実力を見せていただきたいのです」

 まあ、気持ちは分かるし、こちらも元々腕試しに来たわけだからな。

「分かった。但し、俺たち三人で一チームだ。個人戦は認めん」

「分かりました」

 そうして俺たちは、決闘場で戦うことになった。

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