第5話 初めてのお買い物
玄関先で、めーちゃんが行き先を確かめる。
「晩ごはんどこで食べるー? ファミレス?」
スーパーの近くにファミレスがあったのをチェックしていたんだろう。行く気満々だ。でも、昨日今日と外食が多い。そろそろ気を引き締めていかないと。
「いや、時間的にスーパーのお惣菜コーナーにそろそろ値引きシールがつき始めるはず。食料品の買い出しもあるからディスカウントものを狙おう」
「えー?」
露骨に不満そうな声を出したから、しっかり突っ込む。
「ねえ、めーちゃん」
「うん」
「もう一度聞くよ。お父さんに兵糧攻めされたら、どうやって生きてくの?」
「ぐ」
今日のめーちゃんがもらったバイト代は、ファミレスで食事をすれば二回で消えてしまう。その金額で賄える食事の回数を少しでも延ばさないとならないのに、節約概念がものっそ薄い。
今まで囲い込まれていたからしょうがないとはいえ、私以上に現状認識が甘い世間知らず。これじゃあお父さんの思う壺だ。いいように言いくるめられてしまうだろう。ふうううっ……。
「バイトのお金が入るのはまだ先だよ。日払いじゃなく、一ヶ月分まとめて翌月支給だから、今月分の給料が出るのは来月十五日なんだ。最初に日払いしてくれたのはご祝儀に近い。あんなことは滅多にないよ」
「あ……」
ざあっとめーちゃんの顔色が変わる。
「しかも、生活かかってるからってシフトをぎちぎちに詰めることはできないの。他のバイトの人との兼ね合いがあるから、常識的な線で抑えとかないと」
「あの、どして?」
「シフトを詰めすぎるとね、めーちゃんに何か事情があって出られなくなった時に影響が大きすぎるの。みんなの都合を重ね合わせて最適解としてシフトを組んでるんだ。シフトでの比重が重くなればなるほど、欠けた時のダメージも大きくなる」
親切な小人さんが代わりにこっそりやってくれればいいんだけどね。そんなうまい話なんかない。穴の分は店長が代行せざるを得ないんだ。店長は夜の部……レンタルカレシのマネージメントもしてるから、シフトに穴を開ける事態は極力避けなければならない。
「私だってそうだったの。先生とシェアで暮らすようになって、家賃を半分負担しないとならない。それを全部バイトで賄う必要があるから、本当なら日中全部バイトで埋めたかったんだんだけど」
「出来なかったのかー」
「出来ない」
考えが甘かった。バイトが私一人じゃないことを考えとかないとダメだったんだ。店長から、シフト三分の一までがリミットだって釘刺されちゃった。大黒柱だった村尾さんの離脱で懲りたんだろう。
「それやるとね。私が大学入った後にシフトに大穴が空いちゃうの。私の都合で店を振り回したら、店長にすごく迷惑をかける」
「うん。そうだよね」
「入ってくる分に限りがあるなら、出て行く分をぎりぎりまでけちらないとならない。でしょ?」
「……うん」
「続きは後でね。まず食料仕入れてこよう」
◇ ◇ ◇
ファミレスで食事ができないというがっかり感を引きずっていためーちゃんだったけど、スーパーに入った途端ぱっと表情が華やいだ。
「わっ! すっごーい! 賑やかだー!」
「おおー、さすがでかいスーパーだけあるなー。安売りや値引きもそこそこ狙えそう」
最初の買い出しだから、量が多くなるはず。カートを押しながら二人でゆっくり見て回ろうと思ったんだけど、めーちゃんは買い物かごを腕にかけるなり店内をくまなく走り回った。私はおいてけぼり。ははは。
でも予想以上に品揃えがよくて、価格設定も安値寄りだ。買い物に便利というだけじゃなく、リーズナブルな買い物ができそう。食料品にほぼ特化したお店でクリーニング屋さんやドラッグストアの併設がないのがちょっと残念だけど、それは贅沢な悩みだろう。
あとは惣菜だなー。スーパーの惣菜コーナーには結構ばらつきや当たり外れがあるんだ。店長にも厳しく言われた。吟味せな、まんまと銭ぃ持ってかれるでと。品揃え。量と値段のバランス。味付け。値引きの幅……。上手に見極めないと、結局出費がファミレスで食べるのと大差なくなってしまう。どれどれ。
ちょうどめーちゃんが巡視を終えて戻ってきたから、一緒に惣菜コーナーに移動する。あまり期待してなかったんだけど、これがまた予想以上の充実ぶり。ずらっと並んだ惣菜の数々を見回して、めーちゃんのテンションがいきなり爆上がりになった。
「すごーい! いっぱいあるー! 天津丼もカツ丼もおいしそう! あ、パスタもチャーハンもあるー! うわー、迷っちゃうー!」
腕にかけた買い物かごをかたかた揺らしながら、ドッグランに放たれたシェルティみたいに右往左往してはしゃぎまくっている。不覚ながら私も興奮してしまった。
「おおー、予想以上にいいなー! スーパーによっては惣菜系かすかすのところもあるからね。ここは種類が多いし、量もいろいろなセットがある。値段もそこそこ。値引きならばっちり」
「うん!」
そうか。このスーパー、メインターゲットが年配層だな。だから惣菜も、たっぷりこってり系より量少なめで種類多く、なんだろう。スーパーによっては揚げ物ばかりのところがあるけど、ここはむしろ油物が少ない。私は質より量の体育会系じゃないから、その方が嬉しい。
シェアハウスを出た時にむくれていためーちゃんは、値引きシールのついたお弁当を両手に持って喜色満面だった。
「スーパーのお惣菜、さいこー!」
ったく、どんなお姫様じゃ。でも、それだけお父さんの囲い込みが極端だったということなんだろう。
私も人のことなんか言えないんだよなー。シェアで暮らし始めるまで、経済観念はずたぼろ。収入がうんと限られてるから節約しなきゃと思っていても、何がどれだけするという一般常識がぼっこり欠けていた。しかも先生が似たり寄ったりの世間知らずだったからなあ。現実とのすり合わせがなんとかこなせるようになったのは、どけち店長の闘魂注入があったからだ。ありがたやありがたや。
お弁当が決まったところで、今度は食料品の調達だ。まだ不確定要素が多いから、生鮮食料品はあまり買い置きできない。保存が効くカップ麺や乾麺類、袋菓子の備蓄はどうしても必要なので、けちらないでしっかり買い込んでおく。
あとは水もの。水道水はおいしくないし、しばらく人が住んでいなかったところは水が澱んでいてさらに不味い。水代わりに飲める二リットルのペット茶や麦茶を多めに買っておこう。家が近いから、重い大荷物を持って長距離歩かなくてもいいのは本当に助かる。岡田さんが言うように、買い物には最高の立地だったなー。
なんだかんだ言ってすごい量と値段の買い物になったけど、生鮮品が少ししかないから無駄は出ないはずだ。
会計前にめーちゃんに話をしておく。安いからと言って食材を買い過ぎると、結局使い切れずに腐らせてしまう。スーパーがすぐ近くにあるから、備蓄のできる乾物系以外は最小限の量をちびちび買った方がいい。冷蔵庫が小さいからなおさらだ。
「目の前に巨大冷蔵庫があるって考えればいいよね」
そう言ったら、受けてけたけた笑っていた。逆に保存が利くものは特売の時にまとめ買いしておく。うっかり高値のものをつかまされると、もったいないだけじゃなくて金銭感覚が狂っちゃう。やりくりがうまくできなくなる。
「そっかー。毎回こんだけ買うってわけじゃないんだー」
「当たり前だよ。お財布が保たないって」
「うん」
「最初に備蓄しておけば、緊急事態に備えられる。調子悪いとか、疲れて買い物に行きたくないとか、そういう日もあるからね」
「これだけ近くても?」
「そう。大風邪引いちゃうと、全く動けないよ」
鶏小屋にいた時には、体調が良かろうが悪かろうが生活に変化はなかった。母が全部ケアしてくれたから。でも、外に出たらそうは行かない。自分でなんでもできる代わりに、自分でなんでもこなさなければならない。どうしても万一に対する備えが要るんだよね。
会計を済ませ、大荷物を分けてエコバッグに詰め込む。支払いは私が持った。私一人でも必要な出費だし、めーちゃんにはまだ自由になるお金が少ししかないからね。ただ、先々は按分してもらわないとならない。
「さて、帰ってご飯食べよう。あ、その前にお弁当を電子レンジで温めといてね。サッカーのとこに置いてあるから」
「わ、すごーい!」
そういうサービスは店によっていろいろなんだけど、ここは充実してるからすごく助かる。ちゃんとほかほかになったお弁当を抱えて、めーちゃんがシェアハウスにぶっ飛んでいった。
「ううー、少しは荷物を持ってくれよう」
とほほ。
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