第4話 足りないものチェック
無事搬出が済んだから、今度は入れる方。岡田さんに迷惑をかけちゃってるので、大物の据え付けだけ手伝ってもらい、あとは自分たちでゆっくり片付けることにする。
私とめーちゃんが段ボール箱を持ってうろうろしている間、岡田さんが玄関先で何か作業をしていた。
「よし、と」
「何を取り付けたんですか?」
「防犯カメラさ。ダミーじゃなくて本物だ。正面と裏に設置してある」
「なるほど。もしお父さんが来ても、目に入ればすぐには踏み込めないということですね」
「冷静さを保っていれば、だけどな。楽観はできない。とにかく戸締りだけはしっかりしといてくれ」
「はい」
お! 玄関ドアの横に金属プレートの表札。プラスチックの札を横から差し込む様式になってて、四つの欄の上二つに私とめーちゃんの名前が並んでいる。小賀野ルイ、そして矢口萌絵だ。表札の少し下に、木製のごつい看板みたいのが取り付けられてる。なになに?
『聖輪教育会館 第二梅花寮』
「……どこからどう見ても女子寮ですね」
「だろ? 我ながらいい出来栄えだと思う」
えらくご満悦だ。なんか、岡田さんも店長に負けず劣らず変な人だよね。こだわるポイントがちょっとズレてるというか。おもしろいなあ。
「あんた方、明日は俊のところでバイトか?」
「はい。私と矢口さん揃って午前のシフトです。午後はシフトに入ってないので、ここのセッティングをしようかと。食材も買ってこないとならないし」
「わかった。一つ頼みがある」
「なんでしょう?」
「午後一時から三時の間は絶対に家を空けないでくれ。必ずここにいて欲しい」
「!!」
ぴんと来た。お父さんがすでにここを探り当てつつあると見た。午前中ここに来て私たちが不在なら、午後に出直してくるはず。岡田さんと店長の対策は、その時間にもう焦点を合わせてあるということなんだろう。
「わかりました」
「頼むな。じゃあ、俺はこれで引き上げる」
「荷運びを手伝ってくださって、ありがとうございました」
「ありがとうございますー」
めーちゃんも、一山超えたという安心感を漂わせながらぴょこんとお辞儀をした。右手をひょいと上げた岡田さんは、おんぼろトラックをがたぴし言わせながら帰っていった。
「さて。荷開けして、整備リストを作んなきゃ」
「うん」
「夕食をどうするかだなあ。まだキッチン周りが整ってないから作れないし。スーパー見て考えるか。食材も仕入れないと」
料理の話をした途端、めーちゃんがもじもじし出した。
「あの……」
「なに?」
「ルイは、料理できるの?」
「簡単なものなら。先生と暮らしてる時になんぼか覚えた」
「ううー」
「もしかしてやったことないとか?」
「全部パパが……」
さもありなん。きっちり抱え込む人なら、家事全般完璧にこなせるんだろう。母親がほとんど家にいないって言ってたし。
「慣れるしかないなー。私だって、家出るまでやったことなんかなかったよ。家事は母の絶対領域で、私にはアンタッチャブルだったから」
「あ、そうか」
「バイトと同じじゃん。すぐ慣れると思う」
ほっとしたんだろう。こくんと頷いた。
「料理、交代でやってたの?」
「先生とシェアしてた時のこと?」
「うん」
「いや、先生は家事全般壊滅なんだ」
「うっそお!」
めーちゃん、ぼーぜん。私もアタマが痛い。
「心配だよ。カレシと一緒に暮らすのに、なーんにもできないっていうのはさあ」
「そ、それって」
「でも、さっきのカレシ、一人暮らしが長くてなんでもこなせるらしい。オンナだからあれやれこれやれっていうタイプじゃないんだって」
「すごーい……」
「まあね。私らも大学生活が始まればスケジュールがズレてくる。無理に合わせないで、基本各自で家事をこなすスタンスでいいんじゃないかなー」
「朝くらいかー」
「それもわかんないよ」
「え?」
まだ高校の時の感覚が抜けないんだろう。私も先生からの説明がなかったら誤解してたかも。
「私はバイトと予備校通いで朝早かったし、先生も昼勤の仕事だったから、朝食は一緒にとれたんだ。でも大学の講義は選択制だから、履修スケジュールを自分で組むの。時間配分は決まってないんだ」
「そっかあ」
「まあ、そこらへんは臨機応変にやろうよ。最初からルールをかちっと決めたら息苦しくなっちゃう」
「うん」
◇ ◇ ◇
私もめーちゃんもまだ私物がほとんどないから、部屋割りは暫定だ。四畳半二間のうち玄関に近い客間は窓が通りに面しているから明るい。ただ、その分、外から丸見えになるんだよね。奥の仏間は窓の向こうが隣家の壁で、採光にも風通しにもほとんど意味がない。緊急時に窓から逃げられるっていうだけだなー。
一応万一のことを考えて、今日のところは私が客間、めーちゃんが仏間を使うことにする。布団敷いて寝るだけだから、どっちがどっちでも構わないだろう。
自室の整備はあとからできるので、まず共用部分のチェックをしっかり行うことにする。
「ううー、足りないものが意外に多いなー」
「うん。わたしもそう思う。リビングのカーテンはどうしてもいるよね」
「いる。前の家で使ってたのは短いからなー」
「今日、どうする?」
「下と横が開くのは、新聞紙で塞いでしのぐしかないよね」
「ホームレスみたいだー」
「だはは!」
客間と仏間は前のが使えたから、カーテンはまだましだったんだ。問題は……。
「ぎょええー、エアコンなしかー」
内覧の時にすっかり見落としてたなー。二人揃ってどんだけてんぱってたかがよーくわかる。
前のところは備え付けのエアコンがあったから冷暖房をそれでまかなえた。でも、ここは全室エアコンなし。家賃が安いだけのことはある。
「自費でつけていいかどうかを岡田さんに聞かないとだめだな」
「つけてくれないの?」
「つけてくれるかもしれないけど、たぶん家賃がぼかんと上がる」
「それはー……」
「まあ、聞いてみるだけタダか」
「ううー」
やっぱりいろいろ出てくるね。事故物件だからというよりも、誰も住んでいなかったことの弊害がぽこぽこ出てくる。キッチンがそう。
「普段使いの食器を入れておくカップボードみたいのが欲しいね。一々シンク下や天袋を開けて取り出すのはめんどい」
「そっか。前のところは備え付けの食器棚があったんだ」
「そうなの。岡田さんが言ってたみたいに、ここは収納系がミニマムなんだよね」
狭い玄関を少しでも広く見せようとしたのか、
畳にうっすら埃が乗っているのを見て、あっと声が出た。
「そうか。掃除機がないんだ」
「前はどうしてたの?」
「クラシックな箒とちりとり。それにフローリングワイパー。私も先生も家にいる時間が短かったから不自由は感じなかったんだけど、安いやつでいいから欲しいよね」
「うん」
そのあとバストイレを見に行って、大事なものが足りないことに気付いた。
「そういや洗濯機がないんだなー。前はすぐ近くにコインランドリーがあったから、そこで済ませてたんだけど」
「探すしかないよね」
「もしくは中古でいいから洗濯機を入れるかだなー」
洗濯機を入れるにしても干し場がない。それもどうするか、だ。
気になりだすと次から次。足りないものだらけだ。とりあえず住めるけど、住めるというだけ。さっきめーちゃんがホームレスみたいだと言ったけど、実態もそんなに変わらないかもしれない。
原資が限られてるからいきなり全部は揃えられないにしても、緊急度の高いところから整備していかないと。
とかぶつくさ言ってる間に日が落ちて暗くなってきた。リビングの照明を点けて、ほっと一息つく。
ばたばたと新居を決めたから、足りないものだらけなのは仕方がない。いや、前の共有物をそっくり利用できる分だけ、物資面ではむしろ想定以上に「足りてる」んだ。足りないのは物じゃないんだよね。こうやって二人で実務的なことをこなしている間は絶対に埋まらない、致命的な大穴がある。そこをどうするか、なんだ。
浮かない顔で腕組みしていたのが気になったのか、めーちゃんがこそっと探りを入れてきた。
「どうしたの?」
「いや、足りないものだらけだなあと思ってさ」
「うん……」
「家具とか生活用品とかは、少しずつ揃えていけばいいから、足りないうちに入らないんだ」
「え? じゃあ、なにが? なにが足らないの?」
やっぱ、気づいてなかったか……。
「私とめーちゃんの覚悟だよ」
「覚悟?」
なにそれって顔してるな。お父さんから逃げ切ることだけで頭がいっぱい。他のものは何も入らない。そういう状態なんだろう。
店長も岡田さんも、明日の午後にここでお父さんを迎撃することを匂わせている。めーちゃんもそれはわかってるはず。でも、サポーターの二人がめーちゃんの代わりにお父さんを追い返してくれると思い込んでるんだろう。自分は家に隠れていればいいと。そんなわきゃないよ。ハンデはこっち側の方がずっと大きいんだ。めーちゃんはそれを甘く見てる。
覚悟の話を切り出す前に、腹がぐうっと鳴った。
「その話をする前に、まず夕食にしようか」
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