第14話14
こいつらは、未来の出来事を聞いた。
人類が知り得るはずがない、明後日に悪魔が生誕してツヴォーリが破壊され、隣の実験施設も破壊されて、ダムまで決壊して水の底に消されるんだと聞いた。
私達がどこの誰なのか問い合わせることは出来ても、「こいつらが悪魔になってお前たちの実験場を破壊する」などと連絡しようとした瞬間、世界の法則により通信機能が破壊されるか、見聞きした人物の脳が破壊されて、明後日の事故を伝えるのも思考することも禁止される。
普通なら聞いても信じられない、決して認識もできず信じない、どんなことがあってもそんな思考を受け入れられない、何一つとして理解できないのが人類だ。
だがこの「パパ」さんは、人類が持ってはいけない思考力を持ち合わせている。
きっとイヴァンカに食われるのが確定していて、人類では所有できない、未来を思考できる脳神経回路を持っているのではないかと想像してみる。
「死ねや、マリア」
マリアを起点として配置されていた、イヴァンカの副体や分身。新入りの移動砲台。
まるで最強の上位生命体を警護するかのように取り囲んでいたが、もちろん裏切った時に真っ先に抹殺できるように、十字砲火で殺せるように配置しておいたのは言うまでもない。
必死に逃げ惑うマリアだったが、自分の背中に乗って休息していた振りをする、イヴァンカに殺されるとは思っていなかったのだろう。
脳神経が集中している辺りを何度も撃たれ、穴だらけにされた傷口に爪を叩き込まれて、頭の付近をシャコのようなパンチで潰され、力なく三次元まで墜落して、地震と破滅を振りまいてから落ちた。
二日前の私の前に立ち塞がり、巨大な棘で私を突き刺して殺すはずだった天使は、悪魔の予知能力の前に潰えた。
「あ、ああああ……」
この施設の姉妹達も放射線を浴びて、電子レンジの中で焼かれるように茹で上がっていく。
この腕と指の間から、自分と同じ幼い命が、すり抜けて零れ落ちて行く。
天使マリアが堕ちた衝撃波でヒッグス粒子も吹き払われ、この世の物ではない破壊が振りまかれる。
私にはイヴァンカのように全員を受け入れる要素も、別人格を多数許容する寛容さが無いから、全員が目の前で煮え滾って死んで行くのを見守った。
救えるはずのイヴァンカは今、マリアを殴り殺している最中だ。
「死ねっ、死ねっ、死ねッ、裏切り者めっ!」
ただ、聖人の一人がレンジの中の卵のように弾け飛ぶのは見たくなかったので、三次元の天使体でパパを抱いて私の一部として収容し、その人格や知識が分解して消えてしまうのを防いだ。
もしどこかに楽園(エデン)を作れるのなら、この人物や叔母さんを再生して、別人として幸せな未来を与えてやりたい。
その夢の中の世界で、私も愚かな子供の一人として育てられ、将来この人の伴侶となれるような、子供の夢を見ながら育って行きたい。
やがてマリアの血の匂いを嗅いだのか、大型の上位生命体が現れ、深海の底でも活動できるような巨大な物体が、マリアの残骸を咥えて持ち去った。
捕食されて寄生体も消化されて、あの気の毒な、生きていたくなかった存在も、ようやく消される事だろう。
もう生まれて来るな、そんな苦しい人生を続けようとも思うな。
大きな圧力のようなものを感じ、私もイヴァンカも、分離した分体も岩場に隠れ、巨大生物に捕食されないように回避した。
さあ、これでこの地に神の裁きが下りるのを邪魔する物は居なくなった。
瓶詰めの男の子を制作して、自走可能な兵器を作り上げたお前達に、わざわざ申し開きをさせる必要はない。
『天の理よ、神の御手よ、この穢れた場所に裁きを下し給え~~、エイメンッ!』
またここでも大音量の聖歌が響き渡り、残っていた窓ガラスと、人間の耳を破壊しながら、巨大なカニモドキが起動した。
今日の私も姑息卑怯に、マリアが死に絶えるまで姿を隠していた。観察したり、この場に天使体を降ろしていたのも、私のコピーだ。
減圧用のオブイェークトは稼働していなかったが、この場所の岩盤は脆い。福者を製造しても天使は作れなかった、降臨実験中止も子供を甘やかせる実験開始も、それが理由だろう。
鉱山のように金属や泥炭がにじみ出るような場所、この地殻を叩き割って穴を開け、廃坑と一緒に千年の火災を起こして焼き尽くしてやろう、硫黄と硫化水素が渦巻く噴煙で、一人残らずあの世に送ってやろう。
「天使だっ、天の使いがっ! 神よっ」
逃げ惑う人間の上を、4次元空間から降りてきた下等生物、人類から見れば天使が舞い踊る。
私や他の上位生命体に捕食されないよう、4次元の底まで下りて、死骸や泥が降り積もった中を這いまわって、逃れようとする下等生物。
その光る体の影、3次元空間に映し出された影が、さらに愚かな人類には天使として観測される。
そしてこんな下位世界に出現するはずがない、巨大なカニモドキやシャコ、ロブスターが、光る影を落として現世を踏みにじる。
光の速さで足を振るって、降り積もった泥を吹き払い、ほんの小さな火花を起こす。
『ハレル~ヤ』
天使降臨実験施設の中でも、比較的良心的で、子供を虐待しなかった場所。
そこでは最大の犠牲者を出して、姉妹たちでさえ余り生存者を出さなかった。
この場所にあった、移動砲台を頂いた5体の中に、福者を数人引き入れられただけ。イヴァンカがいなかったので、周囲の適合者は引き込めなかった。
虐待され続けて、心まで壊れてしまったのが私達の同類であり、愛されて育った子供は姉妹たり得なかったのだろう。
私達悪魔の中からも、マリアと言う犠牲者も出して、死体は巨大な上位生命に捕食されて消えた。
イヴァンカも、その分体である悪魔達も、私と同じで呪いを煮しめたような化け物に育ってくれている。余程自分たちを虐待し続けた人類が憎かったんだろう。
ここでも、人間共の機関銃や戦車装甲車は、何の役にも立たずに破壊され尽くした。
普通の戦場のように、壊滅的打撃を受けても生存者や逃亡者が出る場所とは違い、ただ一人の生存者も出さずに死に果てた。
この場所で見つけた聖人、パパの復活は楽園(エデン)を建設してからで良いだろう。
これから始まる地獄の数々は、聖人には見るに堪えない。周囲の人間も、国境を越えて中国人も滅ぼして来るのだ。
仕返しにロシアに攻め込ませて、相互確証破壊して死に果てる人数と兵器は残してやろう。
ベーリング海峡を越えて、アメリカ本土も滅ぼさなければならない。ヨーロッパ方面を滅ぼすほうが楽だが、それはモスクワを破滅させてからだ。
「イヴァンカ、多少分裂して別経路で、中国全土を踏みにじってやって、火山爆発させられる場所には穴を開けてやろう。地盤が最弱で、穴が開いている場所、東南アジアの果てにトバ火山と言うのがある、そこを噴火させてやれば、氷河期に戻って人類は勝手に滅びる」
「あ~、そっちから行くんだ、てっきりモスクワかワシントンで決戦だと思ってたけど?」
「そうしたければ付き合ってやるよ、但し、モスクワもワシントンも、マイナス80度の地獄に変えてからだ」
「あははっ、それだと火薬も核兵器も点火しないんじゃない?」
アメリカ製の福者や天使は、多分志願制だ。
それも最初から頭が足りないのを選んだんじゃなくて、頭は良すぎるのに事故でダメージを負った軍人や政府関係者で、国への奉仕心も最大で信仰心もタップリ、家族に愛されて育って、世界を救おうという気概に溢れた志願者だ。
それが国の予算で救われて、手足も動かせない不自由な生活から解放されて、世界のために国のために預言者(ジーザス)になって、一切衆生を救って英雄になりたいガッツィーでハッピーな奴らだ。
多分マーベルコミックにでも連載されてて、アメリカの国旗背負って鷲のタトゥー胸に入れてるようなスーパーヒーローが多数待ち構えている。
無理やり移動砲台にされて、人間の軍人が電球の表示見ながら操縦してるようなゴミじゃない。
そんな連中が毎日格闘訓練でも受けて、カニモドキでもシャコでも軟体動物でも、マッチョな肉体に鍛え上げて、食料は別のやつらが集めて、プロテインでもガンガン飲みながら筋トレしてる。
シベリア、アラスカと超えて、そんな所に突っ込めば、一瞬で叩き潰されて負けるだろう。私はワンダーウーマンでもスーパーウーマンでもない。
イエローストーンやラ・ガリータ・カルデラを破砕して、人類滅亡を目指すのは後回しだ。
今回も姑息卑怯に、中国を荒らしている間に、私やイヴァンカの分体がドバ火山を目指す。
過去に実在した楽園(エデン)と言うのは、氷河期時代に赤道直下に出現した、アラビア湾や紅海が全部陸地として繋がっていた、アフリカ北東部から中東にかけての学術上の名称だ。
そこにミトコンドリア・イブが出現して、人類の祖先が出アフリカして東を目指した。
ファーイースト、東の果てには、現在の島がすべて陸地として連結された、ズンダランドと呼ばれる陸地と広大な平野があった。
一夜にして海に消えたムー大陸と言った方が名前の通りは良さそうだが、北半球をすべて氷漬けにして、赤道直下にエデンとムーとアトランティスを出現させてやる。
「極東制覇(ウラジオストック)せよっ!」
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